第4話

しばらくして、みおさんがコーヒーを持ってきてくれた。

「どうぞ。」

「ありがとうございます。」

とてもいい香りがする。

「いい香りでしょう?」

「はい。」

「コーヒーも、飲むだけが嗜みではないの。これはね、ミルを使って一から淹れているから私のオリジナルブレンドなの。」

「ミルってクルクル回すやつですよね?」

「うん。香りを楽しみながら待つのも最高の時間なんだよ。」

「澪さんって大人ですね。」

「そんなことないよ。コーヒーは淹れられるけど料理はさっぱり。」

「料理できないのは意外です。」

「ま、そこが弱点ということで。」

「それなら私が今日の昼食を作りましょうか?」

「いいの!?」

「はい!今度は私が手作りで御馳走しますよ!澪さんは何が食べたいですか?」

「私はね、オムライスが好きなの!」

「任せてください。」

私はフンと鼻を鳴らす。

「これは楽しみだね。早速食材を買いに行こうか?」

「そうしましょう!」

「その前に、コーヒー、召し上がれ。」

「はい、頂きます。」

澪さんのオリジナルブレンドを他愛ない会話と共に楽しんだ後買い出しへと向かった。



―――



近くのスーパーで必要食材と調味料を買い、再びマンションに戻ってきた。

「澪さんって普段は食事どうしてるんですか?」

冷蔵庫を開けた私は愕然とする。

中にはミネラルウォーター、ゼリー飲料、マーガリン、お酒がちょっと入っているくらいで生活感がほとんどない。

よく見ると、この部屋もそこまで生活感があまり無いような気がする。

「配達でご飯注文してるか外食かな。」

「不健康とは言いませんけど、食べているだけで偉いです。」

「あれ?あれれ?急にお姉さん面になったね?」

「料理では私がお姉さんです!」

陽菜乃ひなのちゃんって料理をすると性格変わるタイプ?」

「車じゃないんですから……。」

そんなやり取りをしながら支度を整える。

「澪さんはリビングで待っててください。」

「ありがとう。怪我だけはしないようにね?」

「はい。」

オムライスを作るには、まずはチキンライスを作っておく必要がある。私は人参と玉ねぎを取り出し処理を始める。

「あ。」

しまった。バターを買い忘れた。

「どうしたの?陽菜乃ちゃん?」

「バターを買い忘れてました。」

「それなら冷蔵庫に入ってるよ?」

「え?買いましたっけ?」

「いや、買いに行く前から私が持ってたやつ。」

「……。」

「陽菜乃ちゃん……そのジト目やめてよ。エアハラだよ。」

「エアハラってなんですか。」

「雰囲気で圧をかける暴力。」

「なんですか、それ。あと、これ、バターじゃなくてマーガリンですから。」

「バターとマーガリン、何が違うのよ?」

「いいですか、バターはミルク脂肪分を塊状にしたもので、所謂いわゆる生乳が原料なんです。マーガリンは食用油脂の原料を主とした加工食品なんですよ。」

「うわぁ、陽菜乃ちゃんママみたい。陽菜乃ママァ~。」

「私、まだ現役の学生なんですけど。」

「自分より年上の子供がいるって世界初だろう?喜びたまえよ。」

「生命の理屈を覆す事実ですね……。」

「親より年が上の子供がいない。それって社会一般的なの考え方でしょう?でも、世界のどこかにはそれは存在するかもしれないよ?」

「そうでしょうか?」

「固定概念は怖いよ。新しいものを無意識に否定してしまう。」

「思い込みみたいな感じですか?」

「そう。例えば、災害が起きて水分を三日取れていないとしよう。目の前に通電していない自動販売機がある。どうする?」

「鍵が無いと開かないので無理ですよね?電気も通っていないので買えないわけですし。」

「それが固定概念だよ。自動販売機って災害用ベンダーというものがあって、災害時に停電していても飲み物が取り出せるようになっているんだよ。」

「知らなかったです。」

「これで陽菜乃ちゃんは自動販売機を諦めて違う場所へと向かうだろう?その間に私はそのベンダーから飲み物を頂くとするよ。」

「教えてくださいよ。」

「あはは。例え話だよ。まあ、思い込みは自分の新しい視野を奪ってしまうってことだね。」

「勉強になりました。」

「もし陽菜乃ちゃんが困ったときは家に来るといいよ。管理人さんに話を通しておくから。」

「そういう時がこないことを祈りますけどね。」

「……そうだね。」

とりあえずチキンライスの材料はどうしよう?

「ところで、バター、どうしましょう?」

「無いとできないの?」

「チキンライスを作る為にはバターが必要で。無くてもできますけど……。」

「無くてもいいよ。バターの代わりに陽菜乃ちゃんの愛を入れておくれよ。」

「はいはい。」

バターは無しで、次の工程へ移る。

「陽菜乃ちゃん、段々私の扱いに慣れてきてるね?」

「そこまで長い付き合いじゃないですけどね。」

私はふと思いつく。VTuberブイチューバーの話題を振ってみるなら今なのではないかと。

「澪さんってすごくお話慣れしてますね?」

「そう?」

「何か、配信者さんみたい。」

「へぇ。陽菜乃ちゃん、普段配信見るんだ?」

「見ますよ。私はVTuberの澪一筋なんです。知ってます?」

心臓の高鳴りを感じながら冷静を装う。

「……知らないなぁ。どんな子?」

「雑談がメインなんですけど、他愛ないお話でも聞き入ってしまうというか、元気が貰えて明日も頑張ろうってなれる存在です。私には無くてはならない存在なんです。」

「どのくらい配信を見続けてるの?」

「最初からです。チャンネル登録者数が一桁の時からずっと。でも、コメントをする勇気がなくていつもスタンプを贈ってるくらいです。」

最古参さいこさんなんだね、陽菜乃ちゃんは。」

「古参を気取るつもりはないですけど、一緒に駆け抜けてきたっていう感じはありますね。」

「その澪って子も、こんなに好いてくれる人が居てくれるのは心の支えになっているだろうね。」

「そうだといいですね。」

澪さんは澪を知らなかった。単に名前が同じ偶然だったのだろうか?これ以上深く入り込みすぎると意図に気付かれてしまう。やめておこう。

「陽菜乃ちゃんは現実世界でその子に会いたいと思ったことはある?」

「それは無いと言えば嘘になりますけど、現実世界の所謂いわゆるに触れるのは推しとしては禁忌みたいな暗黙なルールがあると思っています。」

「あえて探らないってこと?」

「そうですね。配信者も配信が終われば私たちと同じ社会を生きる現代人なわけですし。」

「陽菜乃ちゃん、高校生と思えないくらいしっかりしてるね?」

「どういう意味ですか。」

「好きな子のすべてを知りたいと思う人だっていると思うよ。自分の欲望のままに。」

「そういうの、度を超えるとアンチって言われますよね。」

「そうだね。現実社会でいうみたいなイメージはあるね。」

「だから私は今のまま、澪の配信で元気を貰えて、澪自身も活動を続けていってくれればそれでいいんです。会いたいとか友達になりたいとかそんな恐れ多い事は望んでいません。」

「本音は?」

「え?本音ですか?」

「社会の建前を取り除いた、陽菜乃ちゃんの本当の本心は?」

「う~ん。会いたいし仲良くなりたいですね。」

「素直だね。」

「澪さんが聞いたんじゃないですか!!」

お互い笑い合いながら、私はオムライス作りを進めていく。

澪さんの正体は分からないけど、話してて楽しいし、これはこれでもういいのではないかと思い始める自分が居た。

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