第3話
「おまたせ」
しらばくして、澪さんは大きい紙袋を抱えて戻ってきた。
「
「いえ、ないです。」
「そう?それなら、この荷物、ちょっと自宅に持って帰っていい?」
「配送してもらえばいいじゃないですか?」
「家、すぐそこなんだ。」
意外と近場らしい。
「私はどこで待っていればいいですか?」
さすがに澪さんの家まで着いて行くのもまずいだろう。
「陽菜乃ちゃんだったら、自宅を知られても大丈夫だよ。おいで?」
「いいんですか?」
「いいって言ってるじゃん。どうするの?」
「それじゃ、行きます。」
「よし!行こうか。」
澪さんは足早に店頭を後にする。
―――
しばらく歩くと大きいマンションに到着した。
「結構お家大きいですね……。」
高層30階はあるだろうか?高級っぽいマンションを私は見上げる。
「お金さえ払えば、誰でも住めるよ。」
ちょっと寂しそうな顔を浮かべたように見えたが、すぐにいつもの表情に戻る。
澪さんはカードキーを取り出しエントランスの鍵を開錠する。
「どうぞ。」
開いた両面開閉式の自動ドアを先に勧められる。
「お、お邪魔します。」
雰囲気に圧倒された私は言われるがまま入場する。
「お疲れ様です~。」
澪さんは受付けにいる管理人さんらしき60代の男性に手を振る。
「
「ふっふっふ。可愛いだろう?ボクの彼女だよ。」
「え!?ち、違いますから!!」
突然何を言い出すんだろう。不意すぎて顔が熱くなる。
「あははは。お幸せにね!」
管理人さんも、冗談と分かっているようだ。
「あ~。さ、行こうか陽菜乃ちゃん。」
「はい。」
更に自動ドアが開きエレベーターホールへと向かう。
「澪さんって何階に住んでるんですか?」
「私は最上階だよ。すごいだろう?」
自慢げにドヤ顔をしているが、普通に考えて最上階ってすごくお高い部屋なのではないだろうか。
「澪さんって本当何者なんですか?」
「ただの夢をみんなに与える人だよ。」
エレベーターはまだ降りてこない。ほんの少しの静寂。
ふと、澪さんは真剣な顔で私を見る。
「陽菜乃ちゃん、ここの場所、みんなには秘密だよ?」
「え?はい。」
「ありがとう。」
「あの、ひとつ聞いていいですか?」
「何?」
「本当は、普段何をしている人なんですか?」
私が考えている事は一つだけ。
「内緒。」
「分かりました。」
知られたくないことを追求し続けるのも失礼だと思い、私はこれ以上追求することをやめた。
しばらくの沈黙の後、エレベーターが到着した。
「どうぞ、お姫様。」
貴族みたいにエレベーター内に案内する澪さん。
「澪さんって面白い人ですね。」
「それは誉め言葉として受け取っておくよ。」
お茶らけたり真面目になったり、感情が忙しい人だけど嫌悪感はなかった。むしろ好感すら覚える。
景色がどんどん下降し、空へと上がっていく。
「圧巻ですね。」
エレベーターの窓を覗き外の景色を眺める。
「夜になるともっと綺麗だよ。」
「でしょうね。一度見たいです。」
「いつか、見においでよ。」
「はい。」
――
澪さんの部屋の前に着いた。
「澪さん、ご家族の方は今いるんですか?」
「私、一人暮らしだから。」
一人暮らしでこの規模は本当にすごい。
「どうぞ。」
部屋に案内される。
「よいしょ。」
リビングに先ほど買ったゲーミングキーボードを置いた。
「せっかくだからコーヒーでも飲んでく?」
澪さんはもう歓迎ムードだ。
「迷惑じゃないですか?」
「遠慮しなくていいよ。砂糖とミルクは?」
「あ、お願いします。」
「そこらへんに適当に座ってて。」
ソファに座らせてもらって正面を見る。これ、防音室だよね?
部屋の奥に四方を壁で囲んで扉一枚の空間がある。防音室とは、中の音を外に逃がさないように設計された専用室。音漏れはほとんどしない。
「澪さん、あれ、防音室ですよね?」
「うん、そうだよ。」
「何に……使っているんですか?」
もしかして、澪さんって澪なのではないかと本当に思ってしまう。
「……そんなに珍しいものじゃないでしょ?」
「欲しくて作れる代物じゃないですよ?」
「まぁ、いいじゃない。」
頑なに教えてくれない。
私は立ち上がり防音室へと向かう。
「あっ!!」
澪さんが急いで駆け寄り扉の前に立つ。
「陽菜乃ちゃん、何するつもり?」
「ちょっと中が気になって。」
「他人のお家は漁るなって教えられなかった?」
「でも、中がどうなっているのか気になって。」
「内緒。ダメ。無理。」
そう言われると気になってしまう。
「澪さん、お湯沸いてますよ?」
私はキッチンを指さす。
「今だ!」
私は防音室のドアノブに手をかける。
「ダメ!!」
一歩遅れて澪さんが再び駆け寄るが、バランスを崩し足がもつれる。
「あっ!!」
「きゃっ!」
澪さんが私に覆いかぶさるように床に倒れる。
「痛たた。」
「!」
澪さんに押し倒された形になってしまっていた。でも、澪さんはどこうとしない。
「いけない子だね。ダメだと分からないのかい?」
注意はしているけど本気で怒っていない。表情は慈愛に満ちている。
「ご、ごめんなさい。」
急に大人っぽくなった澪さんから視線を離せない。澪さんの長くて綺麗な髪が頬まで届く。
そして更に澪さんは私の顔へと近づく。もう目と鼻の先。ちょっとでも動くと唇が触れてしまいそうだ。
「陽菜乃ちゃん、大人は誰にも知られたくない秘密のひとつやふたつ、あるものなんだよ?いいね?」
「は……はい。」
恥ずかしさが勝る。私の思考は完全に停止していた。
「怪我はしてない?」
「はい。平気です。」
「よし。大人しくソファで待ってなさい。」
そう言うとようやく澪さんは起き上がりキッチンへと戻って行った。
「……。」
私は高鳴る鼓動を抑えようと胸を押さえながらソファへと戻る。
「陽菜乃ちゃん。」
「え!?は、はい!」
「……いつか、いつか陽菜乃ちゃんには私の事を教えてあげようと思っているから、今は、ごめんね。秘密にさせて。」
「はい。私の方こそ、勝手に覗こうとしてすみませんでした。」
「もう少しでお湯が沸くから待っててね。」
「はい。」
コーヒー豆の香りが漂いはじめたリビングで、私は再び胸を押さえた。
まだ知り合って間もないけど、澪さんは私との長い付き合いを見通している。
そんな気がした。
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