LI 開会式を待つ七人
ジョージィはリモコンのボタンを押し、NBC、CBC、ABC とチャンネルを切り替えて、リトルジョージィに見せる番組を探していた。
CNNに切り替わった時、日本のニュースが放映されていた。エンジェルスの大谷選手の活躍ぶりを伝えた後、東京オリンピックを迎える日本の様子に切り替わった。
三日前、勤め先の代表のマーガレット・クロスから「東京オリンピックの開会式と野球のチケットが抽選に当たったので、一緒に東京に行きませんか]と言われてそのつもりでいたのにCNNは、新型コロナ感染症対策として、東京オリンピックは仙台で行われるサッカーの試合以外は全部、無観客で行われることになって、がっかりしている人たちの声を流していた。
ジョージィはクロスマギー社に電話を掛けて、代表のマーガレット・クロスに尋ねた。
「マギーは私に『東京オリンピックのチケットの抽選に当たったので、一緒に東京に行きませんか』と言ったわね。でも今朝CNNを見ていたら、東京オリンピックは無観客で開催されると言ってましたよ」
するとマーガレットは「実はジョージィには言いにくいことがあって、仕方なくオリンピックを見に行きませんか、と言ったのよ」
「言いにくいことってどういうことですか。私は何を言われても大丈夫です。
どうぞ、おっしゃって下さい」
「そうね、いつかは分かることだから、本当のことを言うわ」と言って、真相を明かしてくれた。
マーガレットの夫はギャリソン&ガリクソン社の研究員で、ガラティアを開発しているチームの一員であった。チームリーダーはダイアナ・ミッチャムといい、マーガレットとは夫を介して、お互いによく知る仲であった。
ジョージィがクロスマギーのモデルになった時からマーガレットは、ジョージィの夫のスコットとも交流するようになった。
実はスコットはギャリソン&ガリクソン社に入社した後、財務や経理や業務部など、各部に配属されたが、いずれの部でも満足のできる結果を出せず、無能の烙印を押されていて、人員整理の対象となっていた。
そんな時、ダイアナはテスピナの開発主査に抜擢された。
開発主査にはある程度の人選の権限が与えられていて、10人くらいはダイアナが選出することができた。
マーガレットに頼まれたダイアナは、スコットを開発チームの一員に加えることにした。そして、関連する技術者が約200名と、補佐する管理部門関係の約100名を合わせて、300名近い人員が関わる開発チームが結成された。
しかし、スコットは技術者ではない。かといって、管理部門の能力がある社員ではなかった。
そこでダイアナはCIAが実験をすることになったテスピナに、随行員という名目で、スコットを中東に派遣することにした。
テスピナは国防総省からの開発予算は受けず、ギャリソン&ガリクソン社の自主開発だったので、軍の関与はなく、主導権はCIAが握っていた。
CIAの実験は実際の戦場だったので、人的損失も覚悟しなければならなかった。
つまり、誰でもいいから人数が必要であった。
こうして中東に派遣されたスコットは、テスピナが実験に成功したことで、帰国することとなった。
だが帰国してもスコットが出来る仕事はなかった。そんな時、今度は国防総省から正式な開発予算を与えられた、ガラティアの開発をすることとなった。
ダイアナはスコットに試作品を阪神大正輸送機工業神戸工場に運ばせて、しばらくの間、阪神大正輸送機工業が行う実験の応援をさせることにした。
ところがスコットは中国のスパイに拉致されて、洋上をさ迷った上、三か月後に帰国することとなった。帰国したスコットは場合によっては、解雇されるかも知れない立場に追い込まれていた。
思いあぐねたマーガレットとダイアナは、どんな理由でもいいからとにかく日本に送り込み、その後は阪神大正輸送機工業の臨時社員にしてもらい、雑用係でも食堂の皿洗いでも、何でもいいからやらせて、根性を叩き直してもらった後、ギャリソン&ガリクソン社に返してもらうことにした。
勿論、ジョージィにはこの通リ言ったのではない。ジョージィとスコットを傷つけないように言葉を選び、慎重に説明した。
マーガレットがこれほどまでしてスコットを擁護したのは、リトルジョージィに手がかからなくなったジョージィに、オートクチュールのモデルに復帰してもらうためであった。
ジョージィがモデルをしていたころは、順調だったオートクチュールの売り上げは、ジョージィが出産で事務員になったころから急に落ち始め、ジョージィをモデルに戻すことが急務となった。
しかしスコットがギャリソン&ガリクソン社を解雇された場合、スコットは就職先を求めて、ニューヨークを離れるかも知れない。そこでジョージィがニューヨークに居れるように考えた窮余の一策であった。
果たして、スコットという駑馬は、駿馬になるれるのだろうか。
◇◇◇
串カツ屋のおばちゃんに乗せられて、東京に行くことになった奈津美は、東京オリンピックが無観客であることは当然ながら知っていた。だがもう一度原島と会いたいために、東京に行くことにした。奈津美の心はすでに、原島のプロポーズを待っていた。だが原島は中川家の婿の座と、その後には保科研究社の役員になって、ゆくゆくは社長の椅子を狙っていた。
ジョージィ、スコット、原島、奈津美、千里、マーガレットの七人はそれぞれ、いろいろな思惑を秘めて、東京オリンピックを待つこととなった。
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