XLX 命の恩人の勧め
奈津美と原島がタクシーを降りると通天閣のネオンサインが、新世界の空を照らしていた。
「原島さんが言ってたのはここだったのね」
「そうだよ、俺はこの店のおばちゃんとおじちゃんに、助けてもらったんだよ」
「原島さんもなの、実は私もそうなのよ。この店のおばちゃんとおじちゃんと出会わなかったら、今ごろ私はこの世にいなかったわ」
「お互いにいろいろあったと思うけど、まあ中に入って話そうよ」
「いらっしゃい…ああ、奈津美ちゃんやったんか。空いてるとこに座っといてや」
「いらっしゃい………おや、あんときの兄ちゃんやないの、久しぶりやな。けど困ったな、席が空いとらんわ」
「おばちゃん、いいのよ、私たちは空くまで2階で待ってるわ」
「なんや、あんたら一緒に来はったんか?」
「はい、そうです。」
「そうやったんか、あんたらが知り合いやったとは知らんかったな。ほんまにたまげたなぁ」と、死にそうな顔で寝て行った女と、死ぬほど飲んで寝て行った男が一緒に現れて、串カツ屋のおばちゃんは、目を丸くして驚いた。
「それやったら、二階の方がええな、布団もあるよって、泊まってたってええんやで」
「私たちはそんな仲ではないですよ」
「何でもええやない、ゆっくりしたってぇな」
☆☆☆
おばちゃんが降りていって、二人はお互いの五年間を語り合った。
「奈津美さんと大阪で会えるとは、考えてもみなかったな」
「クロディーヌの倒産がなかったら、あのまま東京にいたと思うわ」
「クロディーヌって法律事務所じゃないの、奈津美さんとどんな関係があるの」
「法律事務所になる前は、あそこはクロディーヌというセレクトショップで、私の店だったのよ。
「奈津美さんは経営者だったんだ。すごいね」
「でも倒産してしまったんだから、すごくなんかないわ。松野さんと橋本さんにも出資してもらってたのに迷惑をかけたわ」
「松野ってあの松野かい」
「そうよ、あの松野さんよ」
「松野は今、どうしてるのかな」
「私が売っていた毛皮のコートをロシアから輸入してたんだけど、密輸だったらしくて起訴されたのよ。でも執行猶予がついたからどこかで元気でいると思うわ」
「松野のことだから、またどこかでうまくやってると思うな。それで橋本というのは誰のこと?」
「港南中央物産の札幌支店長から、タカラトーイ産業に行った橋本さんよ」
「ああ、あの橋本か、知ってるよ。タカラトーイ産業には俺と同期の狩野がいて、
狩野のおかげで俺はスコットを助けることになって、ジョージィとの約束を果たせたよ」
「私が今いる会社にガラティアという品の、試作品を持ってくる途中で行方不明になった人もスコットっていうんだけど、同じ人かしら。フルネームはなんていうの」
「スコット・シンプソンだよ」
「じゃあ同じ人ね。そのスコットとジョージィはどんな関係なの」
「ジョージィは俺と付き合ってたけど、実はスコットと結婚しててね、ジョージィは俺と日本で暮らしたいといったけど、結局はニューヨークに行ってしまった」
「まあそうだったの。辛かったでしょ」
「俺はジョージィを愛してた。だけどジョージィはスコットの妻だ。仕方なく俺は諦めたけど、そしたらスコットは行方不明になってしまっただろ。そんなとき俺が出張でニューヨークに行ったとき、運が良かったのか悪かったのか知らないが、ジョージィと再会してしまったんだ。
そのとき俺はジョージィに『俺がスコットを探してやる』と約束しちゃったんだ。
だけど探すといってもどうすればいいのか分からなくて困ってたとき、狩野から電話があって陳清波という男と会ったら、そいつは中国のスパイで、スコットはヤツらに捕まって、船に乗せられているのが分かったので公安に通報したら、公安がFBIと連絡をとって、スコットは解放されて、中国のスパイは逮捕された。だから俺はスコットを救う手助けをしたってわけだ」
「そうだったの、でも奇遇ね、私がいる会社と、原島さんの会社が、スコットとジョージィで繋がってたなんて」
「そうだね、俺もハッサム皇太子の装甲車を見た時、まさかこの会社に奈津美さんがいるとは思わなかったよ」
「本当ね。私も『純弥のB級グルメ紀行』を見なかったら、原島さんが保科研究社にいることを知ることはできなかったわ」
「そうだね、淳弥のB級グルメ紀行を書いた、館野淳弥という男にも感謝しないとならないね。それにその淳弥の息子の淳平がクロディーヌ法律事務所にいたことも、クロディーヌという名前で奈津美さんと繋がってるね」
「本当に偶然がこんなに続くなんて信じられないわ。もっと何かが起きるかも知れないわね」
「例えばどんなこと」
「分かんないわ、だから何かよ、ひょっとしたらあれかもね」
「あれってまさか、俺たちの………」
と、言ってたときおばちゃんが二階に上がってきて「席が空いたで、下で串カツを食うてかんか」と言い、二人はカウンターに座った。するとおばちゃんは「うちはな、奈津美ちゃんに誰かええ人はいてへんのかと思おとったんやけど、こないな男前がいてたなんて知らんかったわ。あんたら早よう一緒になったらええんとちゃうか」
「まあおばちゃんたら、原島さんは迷惑よ」
「なあ兄ちゃん、あんた東京の人やったな」
「ええ、東京の会社に努めています」
「それやったら、奈津美ちゃんを東京に連れてっちまったらどうや、奈津美ちゃんはええ子やで」
「ええ、そうですね」
「なあ兄ちゃん、生返事はあかんで『結婚してくれへんか」といえばええんや簡単やろ」
「そうですね」
「生返事はあかん言うとるやろ。そうや、来月から東京でオリンピックが始まるな、奈津美ちゃんあんた、東京へはしばらく行っとらんやろ、オリンピックを見に行ったらどうや」
「オリンピックは新型コロナのせいで、無観客で開催するんですよ」」
「大丈夫や、マラソンは見れるで。競歩も見れるな。他になんかなかったかな」
と、おばちゃんのペースで事は進み、奈津美は東京へ行くこととなった。
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