XLVIII 再会そして新世界

「淳弥のB級グルメ紀行」に書かれたことで、原島の顔と名前は瞬く間に全国に知れ渡った。しかし読者の反応は冷静であった。

「淳弥のB級グルメ紀行」はその名の通リ、ラーメンや、焼きそばなど、各地のB級グルメの紹介かと思っていた人は、舘野淳也という人は本当は、ロオジエのような銀座の高級レストランで、豪華な食事をしていたと知って、「がっかりしました」とか「もう二度と見ません」といった批判的なコメントが来るようになった。


 なにしろロオジエのメニューには、一万円以下の料理は一品もない。コース料理は五万円以上して、ワインを注文したら、最低でも一本三万円以上請求される。


 また、舘野淳弥は元はエリート官僚で、天下りを繰り返し、その都度何億円もの退職金を貰っていたことに、反発の声が広がって、SNSは「舘野淳弥をとっ捕まえて小菅留置所にぶっ込めろ」と、淳弥が書いた文がそのまま、ブーメランのように帰ってきた。


 まさかこんなことになるとは思っていなかった淳弥は、「淳弥のB級グルメ紀行」に、「この度は私の浅はかな行いの結果、原島省三さまと関係者の皆様に大変ご迷惑をおかけしました。心よりお詫びいたします」と、謝罪文を発表することとなった。


 翌日、淳弥には追い打ちを掛けるようなニュースが飛び込んできた。

 淳弥がかって理事長として天下っていた「日中特別友好記念協議会」という団体が実は中国のスパイ組織で、幹部が公安によって拘束され、「前理事長の舘野淳弥は習近平国家主席から勲章が授与される予定です」と証言した。


 これによって、審議未了で廃案となっていたスパイ防止法が、再び国会に上程されることとなった

「淳弥のB級グルメ紀行」が貢献したものは、このスパイ防止法の復活審議くらいであった。


 一方原島には朗報が飛び込んで来た。北方四島で座礁したように見せかけて、化学薬品を密輸したと思われていたが、実は漁船が積んでいたのは、難病患者のための医薬品であることが判明した。

 また、まだ帰国していないとされていた三人の船長は、廃船にする予定の漁船に金を払ってもらい、座礁したことで廃船処分料をロシアに払わせることになって、一挙両得であった。さらに未だ帰国できていないと言われていたが、こっそりと帰国して、優雅に暮らしていた。


 親父の失敗で立場がなくなった息子の淳平は、クロディーヌ法律事務所に辞職願いを提出した。

 しかし所長の入江孝子は「あなたはお父さんが亡くなるまでこの事務所で無給で働いて、お父さん亡くなったらその遺産は全部匿名で、政府に送りなさい」と言い、「立派な弁護士になりなさい」とは一言も言わなかった。多分淳平の能力を十分把握していたのだろう。   

 SNS界では「淳弥のB級グルメ紀行」をもじった「痔悪弥のB級愚女奇行」という投稿があって、「いいね」が一万件以上あった。

 いたたまれなくなった淳弥一家は、レストランが一軒もない地を探すこととなった。


 この一連の出来事はニューヨークにも伝わって、ジョージィとスコットも知ることとなった。スコットにとって原島は命の恩人である。だがジョージィを巡って争った憎いヤツでもある。何もなければこっそりと、知らぬふりをして、一生過ごそうと思っていたが、これほど世間が騒がしくなってくると、そうもしていられない。


「電話の一本くらい掛けないとまずいな」と思っていたら、ジョージィが勤務する

 クロスマギー社の代表のマーガレット・クロスから「東京オリンピックの開会式と、野球のチケットが四枚当たったのよ。ジョージィとスコットは日本語ができるわね。一緒に行きましょうよ」と言われ、ジョージィとリトルジョージィとスコットはマーガレット・クロスと一緒に、一か月後に迫った東京オリンピックを見に、日本に行くことになった。


 大阪では奈津美が原島の話題を知ることとなった。ハッサム皇太子の装甲車を見ている原島がモニターに写っているのを見たときは、自分でも分からないがなぜか、胸がドキドキした。


 港南中央物産を辞めてから電話を掛けてみたが、解約されていて繋がらなかった。

 それでも繋がらないと知りつつも、何度も掛けていた。

 だが今日は勤め先を知っている。震える指でスマホのキーを押した。

「保科研究社でございます」とオペレーターに言われたが、咄嗟には声が出なかった。


「もしもし」ともう一度言われ「原島さんをお願いします」と言うと「原島は外出しております。ことづてはありますか」と言われて、名前とスマホの番号をいうと、切ってから10分も経たないうちに「奈津美さん、久しぶりだね元気だった?」と懐かしい原島の声が聞こえてきた。

「俺は今仕事で大阪に来てるんだけど、東京に帰ったら会いたいね」

「原島さんは大阪に出張で来たのですか、私は大阪に住んでるんですよ」


「へーえ、そうなんだ。じゃあ、今日でも会えるね。どこがいいだろう」

「原島さんはどこに泊まってるんですか」


「梅田のアパホテルだけど」

「そうなの、私も会社は梅田よ、じゃあ会社の前の広場で待ってるわ」


「やーあ、奈津美さん」と手を上げて原島はやってきた。

「奈津美さんと会うのは何年ぶりだろう」


「港南中央物産が解散したのは五年前よ、あれ以来ね」

「奈津美さんは覚えてる?奈津美さんが最後に電話を掛けてくれたことを、俺は今でもはっきり覚えているよ」


「最後に掛けたって何だったかしら」

「俺は会社が解散する前に首になったから、退職金もボーナスも貰えなかったけど、奈津美さんが三井住友銀行に百万円振り込んでくれたから、俺は生き延びることができた。奈津美さんは俺の命の恩人だよ」


「そんなこともあったかしら、もう忘れたわ」

「俺は忘れないよ」


「それよりもどこかで何か食べませんか」

「そうだね、じゃあ俺の希望を言ってもいい?」


「いいわよ、言って」

「じゃあ、新世界の串カツ屋にしようよ、あの店のおばちゃんと、おじちゃんにお世話になったことがあってね」


「そうなの?私もお世話になった店があるわ。まさか同じ店じゃないでしょうね」

「さあ、どうかな、酔っぱらってたので店の名前は憶えてないんだけど、行けば分かるよ」と二人は腕を組み、新世界へ向かって歩いた。





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