XLVII ロオジエで見た二人 

 原島は名刺を作ってもらったお礼に、千里を根室食堂でサンマの塩焼きと焼酎をご馳走して済まそうと思った。


 だが、ある考えが湧いてきて、清水の舞台から飛び降りる気持ちで、銀座の高級レストラン「ロオジエ」を予約した。ロオジエは豪華で気品のある料理と、グランメゾンの名に相応しい空間で、四年連続三つ星の評価を受ける高級フレンチレストランであった。


「この店には一度でいいから入ってみたいと思ってたのよ。でもこの店は資生堂さんの経営でしょ、だからうちの会社では使っていないのよ」

 と、千里に言われて気が付いた。千里の家はカネボウの創業家の流れを汲む家系で、祖父で保科研究社の前社長だった中川弥一は元、カネボウ化粧品とカネボウ薬品の役員を歴任した人物であった。また現社長の三田園と専務の後藤はともに、中川弥一の部下であった。

 つまり保科研究社はカネボウと深い関係を持っていて、ライバル関係だった資生堂が経営する店を、保科研究社の経営陣は敬遠していたのであった。


 しまった、もっと深く考えるべきだったと後悔したが、千里は「カネボウも倒産したことですし、そんなことにいつまでもこだわることはないと思いますけどね」

 と千里に言われて気は少し楽になったが、原島は考えていた計画を封印することにした。


 ロオジエは銀座7丁目にあり、hoshina 並木通リ店とは目と鼻の距離であった。

 hoshina の下の階は元、奈津美が経営していた毛皮のコートを淳也するセレクトショップ「クロディーヌ」で、クロディーヌが閉店した後は、クロディーヌという名前を気に入った入江孝子と言う弁護士が、クロディーヌの名前をいただいて、法律事務所を開設した。

 クロディーヌ法律事務所には所長の入江孝子の他に、二人の弁護士と、司法研修生がいた。この司法研修生は舘野淳平といい、淳平の父の淳弥は外務省の官僚を退官した後、いくつかの団体を天下り、現在は「淳弥のB級グルメ紀行」というブログを公開する旅行作家を気取る男であった。


 原島と千里がロオジエで食事をしていた時、隣の席に淳弥と愛人がいて、原島を見た淳弥は「この男はどこかで見たことがあるな」と思った。

 自宅に帰りパソコンで過去に写した写真を見ると、住友ビル49階のショーパブ「ギャルソンクラブ」でハッサム皇太子と同じ席でショーを見ていた。同じ席にはもう一人若い女性がいて、この女性にも見覚えがあった。


 そして思いだした。この人は息子の淳平がいるクロディーヌ法律事務者がセレクトショップだったころ、ロオジエでランチを食べたあと、冷やかしで入ったときに対応してくれた人であった。

 確か名刺を貰っていたと思い、探してみると「株式会社 クロディーヌ 代表 篠原 奈津美 」と書かれていた。


 中東の国のハッサム皇太子と付き合いがあるとなれば、篠原奈津美という人は旧華族の一員か、あるいは相当な資産家の娘かもしれないと思い、日本紳士年鑑を調べてみた。

日本紳士年鑑とは福沢諭吉の提案で造られた交詢社が発行する、著名な人物の生年月日、出身校、趣味、家族構成などが網羅されている、究極の個人情報誌である。

 しかし、個人情報の漏洩が社会問題となり、2007年に廃刊となった。


 淳弥は2007年の最終刊で先ず、自分のページを開いてみた。

 すると当時は気にしていなかったが、自分の役職や年収に至るまで余すことなく網羅されていて、所有していたカネボウの株券を2005年に売却したことも書かれていた。あのときはカネボウの倒産が確実となったころで、淳弥は大損することとなった。


 あのカネボウのクソ役員共め、俺に大損させやがって、と怒りが湧いてきて、当時のカネボウの役員のページを調べてみた。するとその中に中川弥一という男がいて、カネボウを退職した後、保科研究社の代表となっていることが分かった。

 保科研究社の直販店のhoshina は息子の淳平がいるクロディーヌ法律事務所の上にあり、のうのうと商売を続けていた。多分今は代表は変わっただろうが、保科研究社にも怒りが湧いてきた。


 そこで官僚時代の顔を効かせ、公安の連中に命じて保科研究社を徹底的に調べさせた。すると、ロオジエで見たあの男は原島省三といい、港南中央物産にいたころは密輸の常習犯で、ロシア向けの化学薬品は、ミサイルの燃料となっていた。これは証拠不十分で送検されなかったが、根室港から四隻の漁船に積んだ貨物は、漁船をわざと座礁させて、北方四島に陸揚げした。しかしその時の漁船の四人の船長は北方四島に取り残されて、未だに帰国していない。

 「これは人命を軽んじるとんでもない行為だ!原島をとっ捕まえて、小菅留置所にぶっ込めろ!」と、「淳弥のB級グルメ紀行」に書きこんだ。


 

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