XLV 涙の再会

 スコットがニューヨークを発った翌日、ギャリソン&ガリクソン社から阪神大正輸送機工業神戸工場に、待ちに待った地雷除去装置の試作機が航空便で送られて来た。

 神戸工場でドローンの開発を担当することになったのは、神戸工場技術部主査の吉野以下、五人のメンバーであった。


 梱包を開くとギャリソン&ガリクソン社の開発チームから「私たちはこの装置に『ガラティア』(海王星の六番目の衛星)と名付けました。今後ともよろしく。

ダイアナ」と書かれたメッセージが入っていた。


 主査の吉野はダイアナとはどんな女性なのか知りたくなった。きっとブロンドの美しい人だろうと妄想を働かせ、せめて声だけでも聞こうと思い、ベセスダが朝9時になるまで待って、日本時間で午後10時きっちりに、ギャリソン&ガリクソン社に電話を掛けてみた。

 すると吉野が掛けた番号はダイアナのデスクの直通番号で、本人とすぐに繋がった。

 そして「スコットにガラティアと一緒に、スタッフ全員のビデオメッセージを持たせました。受け取ってもらえましたか?」と、聞かれた。


「スコットさんという人は来ていません。でもガラティアは今日届きました」と吉野が言うと「今日届いたのは一週間前に、航空便で送ったものだと思います。

 でも念のため同じものを昨日、スコットに持たせました。スコットはもうすぐ到着すると思います」と、ダイアナの美しい声を聞いて、妄想はますます膨らんだ。


 だがスコットは翌日も現れなかった。念のため関西国際空港に問い合わせ、ビデオを見せてもらうと、バゲッジクレームでガラティアをピックアップして、空港の外に出ていくスコットが写っていた。


 スコットが関西国際空港に到着したのは間違いない。だがその先の足取りは不明であった。警察には届けたが、日本の警察は大人の行方不明者など、探しはしない。

 それも無理のないことで、日本では捜索願いが年間で、八万件以上ある。

 その中でも二十歳代と十代で半分近くを占め、警察官は「スコットさんは死に場所を求めて日本に来たのではないですか」と言った。


 だがやる気満々で日本に来たスコットが、自から死を選ぶはずがない。

 ギャリソン&ガリクソン社は妻のジョージィに事の次第を報告した。

「えっ!スコットが行方不明ですって!」と、ジョージィは半狂乱になって泣き崩れた。


 吉野は、神戸工場の工場長と、梅田の本社に連絡した。

 事態を知った奈津美はスコットという名前に覚えがあった。

 港南中央物産時代、スコット・シンプソンと名乗る男が原島を訪ねてきた。


 もしかしたら、あのスコット・シンプソンが行方不明になったスコットでは………

 同姓同名かも知れないが、原島に会ったら分るのに、と思ったが原島の所在も分からない。

 だが、原島はつい先日、装甲車の展示場に来ていた。二人の間に何か関係があるのでは、と思ったが原島を探すのも、スコットを探すのと同じくらい難しかった。


 そして三か月が過ぎ、リトルジョージィは四歳の誕生日を迎えた。この日、ニューヨークではイースターパレードが行われていた。イースターパレードは鶏の帽子などを被って、仮装をした人たちが5番街を練り歩く、ニューヨークの春の大イベントである。


 何と、その仮装行列の中に原島がいた。

 原島はドローン計画が幻想に終わり、本業の洋服の販促のため、提携しているクロスマギー社にやってきた。

 イースターパレードの四月一日は「四月バカ」の日である。


 原島はドローンで失敗した憂さ晴らしに、仮装の鶏の帽子も投げ捨てて、バカ丸出しで踊り狂った。

 運良くか、悪くか知らないが、踊り狂う原島をCNNのカメラが捉えていた。

 その日の夜「踊り狂う愉快な日本人」として、全米に放送された。


「あっ、省三がいる!」と、ジョージィは驚愕した。保科研究社からのインボイスの中に S harashima のサインを発見したのは一年前だった。

 あの時は半信半疑だったが、テレビの中にいるのは間違いなく原島省三だ。

 ニューヨークにいるとすれば、クロスマギー社に来たのは間違いない。


 ジョージィはリトルジョージィの手を引いて、一年ぶりにクロスマギー社に出社した。

「君はジョージィ………!」と、ジョージィを見た原島は、あまりにも突然の出来事に、続く言葉をみつけることが出来なかった。

 あの中野坂上の宝仙寺前で別れて以来五年間、他人の妻とは知りつつも、忘れることができなかったジョージィがここにいる。原島は胸の中に,稲妻のような閃光が飛び散るのを感じた。


 ジョージィはスコットを探している自分を忘れ、リトルジョージィも忘れ、原島の胸に飛び込んだ。

 しかし、理性という無情の念が湧いてきて「省三、スコットが行方不明なのよ、助けてちょうだい!」と、叫んでいた。


 ジョージィの願いとはいえ、あの憎たらしいスコットを助けることになるとは、運命の皮肉さを感じずにはいられなかった。

 だが愛するジョージィの願いだ。原島は本心とは裏腹に「心配だろうけど、必ず探してみせるよ。もう少し待っていて」と言って自分を宥めた。

 だが原島にしても、スコットの行方を知る訳がない。助けたい気持ちと、放っておきたい気持ちが入り混じった複雑な気持ちのまま帰国の途についた。


 数日後、「原島か、お前ニューヨークに行ってたな、今度会わないか」と狩野という男から電話があった。

 狩野という男は港南中央物産時代、第二事業部というコンピュータ―のプログラムを開発する部署にいた。原島と狩野は部は違ったが同期の入社で、お互いに電話番号を知っていた。


 狩野がいた第二事業部は港南中央物産が倒産した時、タカラトーイ産業という玩具会社に吸収されて、今は世界一のゲーム機メーカーになっていた。


 狩野は「俺は今、ロボットを研究してるんだがこの前、黄来有限公司という会社の男から『ドローンを共同開発しませんか』と言われて会ってみたら『うちは新型の地雷除去装置の開発に成功しました』と言って写真を見せ、これを乗せるドローンを御社が作れば、世界中に売れます』と言われたので、調べてみたら、ギャリソン&ガリクソン社と、阪神大正輸送機工業が、男が見せた写真と全く同じものを開発中だと新聞に載ってたので、ひょっとしたら、黄来有限公司は中国の産業スパイじゃないか思って、わざと『いいですね、ぜひお願いします』と言ってやったらヤツは乗り気で『今度うちの技術部長とも会って下さい』と言うので、会うことにした」


「そいつとはいつ会うんだ」

「明後日、パレスホテルのロビーで会うことになっている」


「じゃあ、俺も同席させてくれないか」

「いいだろう」

 と言うことで原島は、黄来有限公司の陳清波男という男と会うこととなった。

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