XLII ドローンの登場

「専務、お時間をいただいてよろしいでしょうか」

「大丈夫ですよ、おっしゃって下さい」


「専務に仰せつかった件について、ご報告いたします」

「スパイ対策の件ですね」


「はい、そうです」

「それで何かありましたか」


「いろいろと調べて見ましたが、社内には何も問題はありませんでした。ただ一つだけ気になることがあります」

「気になることとは一体何ですか」


「これは昨日まで展示していた装甲車の様子です」と言って奈津美は、ハッサム皇太子の装甲車を撮影した映像を専務の及川に見せ、「ここに落書きがあります」

「そうですね、小さくて読めないですが何か文字が書いてありますね」


「拡大して見るとアラビア語のようでしたので、ハマスかタリバンの仕業じゃないかと思います」

「ハマスかタリバンの、どっちかがやったとしたら、ハッサム皇太子に何かをする気かも知れませんね。君、この文字の意味が分かりますか」


「私にはアラビア語はさっぱり分かりません」

「じゃあ、中東と取引をしている三課の誰かに翻訳させましょう」


 及川に呼ばれた中東営業三課の上川は『我々は必ず聖戦に勝利する』と書いてあります」と訳した

 聖戦とはイスラム原理主義集団がよく使う常套句なので、これだけではどの派の仕業か特定はできなかった。

 だがハッサム皇太子の専用車を狙ったのは、殺害予告ともとれる。

「今、装甲車はどこにあるのですか」

「生駒工場に輸送中です。私はこれから生駒工場に行ってみようと思います」


「重大な事になるかも知れませんので私も行きます。」と言って、奈津美と及川は生駒工場に向かった。装甲車にも外と中に5台のカメラが付いていて、奈津美がまだ見ていない映像の中に犯人がいるかも知れない。


 奈津美と及川は生駒工場に着くと早速、装甲車に取り組けてあったカメラからSDカードを取り出して、パソコンにセットしたが見物客が多すぎて、犯人の特定はできなかった。

 ところがそこに以外な人物が映っていた。


 そこにはコンパニオンからパンフレットを貰う、原島が映っていた。

 まさかと思って何度も繰り替えし見たが、間違いなく原島であった。


「奈津美君どうしたのですか対策を練りましょう」と言われて我に返った。

 原島の事は気になるものの、今はそんな時ではない。

「専務、もしこの装甲車が至近距離から25ミリ機関砲で撃たれたら、弾丸は鉄板の厚さが10ミリくらいでは、貫通してしまいます。20ミリくらいにしてはどうでしょう」と進言した。


 この皇太子の専用車には搭乗者のドアーと周辺に厚さ20ミリの鋼板を追加して、次の量産車からは、外装のパネルの厚さを30ミリの鋼板を標準とすることにした。


 ◇◇◇


 原島は中川千里を近寄りにくい人と思っていたが、根室食堂で飲んで以来、考えを改めることにした。千里は気さくな話しやすい人だった。それにあの日は女の素顔を見せた。その気になれば、落とせたはずだ。だがそれはまだ早い。


 何よりも千里は重役連中の全てを知っている。これを利用しない手はない。

 原島はかねてから抱いていたある考えに行きついた」

 後藤は今、事業の拡大に燃えている。成功させれば次期社長の椅子が見えてくる。「鉄は熱いうちに打て」の例えの通リ、後藤の熱が冷めないうちに手柄を上げさせて、あわよくば自分が後藤にとって代わる絶好のチャンスの訪れだ。


 ドテ焼きなどと、なんてチッポケで他愛のないことを考えていたのか。

 どうせやるならもっと大きくて、尚且つ世の中のためになることをすれば、いいだけだ。


 幸か不幸か去年の二月、ロシアがウクライナに侵攻して、国際世論は圧倒的にロシアを非難した。しかし、兵力にまさるロシアはルハンスク州、ドネツク州、へルソン州、を手中に収め、領土を拡大していた。


 EU諸国もウクライナに兵器を提供したが、戦火の拡大を恐れ、ウクライナ軍のロシア本土への攻撃は認めなかった。

 結果、戦の中心は極地戦となり、両軍ともに兵士の死傷が増え、ドローンの実戦配備を促すこととなった.

 ロシア軍はドローンの生産量で圧倒的なシェアを持つ中国から供給を受け、ウクライナ軍はドローンの面でも劣勢に立たされることとなった。

  

 悲惨な戦争も裏を返せば商機である。

 顧みれば東側も西側も戦争で、どれほどの利益を上げてきたことか。


 この機会に日本も兵器の輸出を認めるべきだ、との意見が増えていた。

 しかし、法の改正には時間がかかる。

 原島はある結論を導いた。


 それは民生のドローンを輸出して、輸入した国が軍用に使用しても、それは武器の輸出には当たらない。

 原島はそうした事例がないか調べてみた。すると阪神大正輸送機工業という会社が装甲車を作っていて、タイプAは警察用、タイプBは自衛隊用で、タイプCというのが輸出専用であることが分かった。


 しかもタイプCは紛争真っただ中の、中東のあの輸出されているではないか。

 原島は一週間前、御堂筋のビルの前でコンパニオンから貰ったパンフレットを広げてみた。あそこに展示してた装甲車はハッサム皇太子と、レインの専用車だった。

 あの装甲車にはパレード用の椅子が付いていたが、あの国の正規軍の装甲車には機関銃が取り付けられている立派な兵器だ。


 あの会社なら、兵器に転用可能な民生品を作るかも知れない。

 更に調べてみると阪神大正輸送機工業は、神戸工場で生産した飛行機の翼を、ボーイング社と、エアバス社に納入する航空産業であった。


 この会社ならドローンの製造など朝飯前で、アッという間に中国製より何十倍も優れたドローンを作るだろう。

 阪神大正輸送機工業という大企業との提携なら、後藤も嫌とはい言わないだろう。

 もし難色を示したら、その時は千里が持っている保科研究社の株にものを言わせればいいだけだ。

 原島は計画の提案書の作成に取り掛かった。





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