XL ドテ焼きの味
アル・ウデイド基地と、タワー22基地に配備されたテスピナは、中東各地の情勢に大きな変化をもたらした。
仮にイラクがアメリカと友好的な国をミサイルで攻撃しても、発射後5秒以内に撃墜されてしまい、自国の市民の上に落ちて来る。一体何のための攻撃なのか。
自殺行為という他はない。
テスピナは使わずともそこにあるだけで、ミサイルによる攻撃を抑止する効果をもたらした。
一方、「実験に成功した」と発表した中国は本当は完成にはほど遠く、未解決の問題を沢山抱えていた。
そこで国防総省とCIAは必ず「中国のスパイが技術を盗みに来る」と確信し、ギャリソン&ガリクソン社ほか、防衛産業各社に厳重な警戒態勢をとるようにと、指令を出した。
そこで問題となったのは、テスピナの開発に携わった者が中国に拉致されて、協力させられるのではないか、ということであった。
事実、過去にもそうした事件は起きていて、行方不明になっている民間人は沢山いた。ギャリソン&ガリクソン社はタワー22基地に派遣したスコットが危ないと判断し、帰国させることにした。
元々スコットは技術者ではなく実験に立ち会っただけであって、保守要員として派遣されたものの、実際の作業のほとんどは軍の技官が行っていて、テスピナの運用には何ら問題はなかった。
スコットは自ら志願してやってきたヨルダンのタワー22基地であったが、一か月でヨルダンを去ることとなった。だがそのおかげで、ジョージィの出産に立ち会えることになった。
一か月後、ジョージィは無事に女の子を出産し、母ジョージィと同じ「ジョージィ」と名付けられた。
ジョージィという名は100年以上前に、エストニアで生まれた初代から続く、ジョージィの一族にとっては由緒ある名で、今日誕生したジョージィは七代目にあたる。
以後、母は「ジョージィ」女児は「リトルジョージィ」と呼ぶこととする。
◇◇◇
ジョージィは出産により、休職することとなって、「S harashima」のサインが書かれたインボイスを見ることもなくなった。
心の底のどこかには「この子が原島の子なら良かったのに………」と、思う自分がいた。
「ダメよ、そんなことを考えちゃ、自分はなんていうことを考えているのだろう」
と、慌てて自分の気持ちを打ち消した。
そしてジョージィは、スコットにも、生まれたばかりのリトルジョージィにも、原島にも何か、裏切ったような罪悪感を覚えた。
◇◇◇
「原島君、クロスマギー社とのコラボは上手くいきました。君のおかげでアメリカの女性にも、hoshina の名が知られるようになってきました。次は何をやったらいいと思いますか」
「もう少しお待ちください、今考えているところです」
専務の後藤と原島は、洋服の次の戦略を模索中であった。
元々、後藤が原島を保科研究社に入社させたのは、アパレル製品の製造販売以外の業種を立ち上げて、事業を拡大することであった。
とはいっても新しい事業を立ち上げるのは容易ではない。
いろいろと考えたが名案は浮かばず、一杯飲んで考えることにして、会社の帰りに向島のマンションの近くに新しく出来た「串カツの田村」という店に入ってみた。
田村の窓の外には隅田川の水もの上に、ビール会社の「心の炎」というい金色に輝くオブジェが映っていた。
「早いものだなあ、この流れをジョージィと一緒に見てからもう、二年も経ったのか」と、いつしか原島はジョージィと暮らしたころを思いだしていた。
すると、そんな感傷的な想いを打ち破るように、隣の席にいた女性のグループがガヤガヤと話しだした。
「うちな大阪の出なんやけど、ほんまもんの串カツは、こんな味やあれへんで、なんていうかな、もっとさっぱりして、それでいてコクがあってな、ビールが旨うなるんや。あんたらに新世界の店の串カツを食わしてやりたいな、それとなドテ焼きいうのがあってな、これがごっつ旨いんや」
「あらあんた、知らないの、東京にもドテ焼きはあるわよ、先週たべたわよ」
「東京にあるのは知ってるけど、味がちゃうと言うてるやろ」
「何よ、蒲田の満マルいう店のドテ焼きを食うてみぃ。胃がとろけるで」
「何よ、うちの真似しよって、あんた東京人やろ、東京弁で言わんかいな」
と、東京と大阪の味で収拾が付かなくなってしまった。
原島は串カツとドテ焼きの味はともかく、休みも取らずに頑張ってきた自分へのご褒美として、有給を取って串カツとドテ焼きの本場、大阪へ行ってみることにした。
新大阪で新幹線を降り、地下鉄に乗り、梅田駅で降りると、保科研究社がある大手町よりも背の高いビルが林立していた。ここに来たのは港南中央物産にいたころ、ロシアに送る薬品を買い付けに、堂島のある油脂メーカー行った時以来であった。
懐かしいというにはまだ二年しか経っていないが、回りの高層ビルを眺めながら、御堂筋を南に向かって歩いた。すると阪神デパートを過ぎたところに四棟の高層ビルがあって、ビルの前の広場で何かのイベントだろうか、日本では見ることがないどでかい装甲車が飾られていて、チアリーダーのような恰好をした女性がパンフレットを配っていた。
彼女が可愛かったので一枚貰い、見てみると、この装甲車は阪神大正輸送機工業という会社が製造した装甲車で、中東のある国に輸出して、反政府軍をコテンパンにやっつけた後、ハッサム皇太子の専用車となり、皇太子の結婚パレードに使われ、その後日本と彼の国との友好のシンボルとして、生まれ故郷の大阪で展示した後、また彼の国へ帰るらしい。
ハッサム皇太子といえば新宿の住友ビル49階の、ギャルソンクラブのレインの旦那ではないか。そういえば、レインのダンスを見るために、ギャルソンクラブに一緒に行った奈津美はどうしているだろう。
奈津美には自分が港南中央物産を首になった日に、旅費の仮払いという形で三井住友銀行に100万円振り込んでもらったことがあった。あの金のおかげで土方をしていた時も、何とか食いつなぐことが出来た。奈津美は本当に気が利く恩人だった。
そんなことを思い出しながらブラブラと歩いているうちに、通天閣まで来ていた。
通天閣の近くは向島の店で女性の客が言っていた、新世界という街であった。
そこには沢山の店があったが、ある一軒の串カツの店に入ってみた。
大坂の串カツは「二度付けはあかんで」が有名なので、注意しながら先ず定番の豚と、玉ねぎと、鶉の卵とハモを食べてみた」
すると店のおばちゃんが「兄ちゃん、あんたどこから来はったか知れへんけど、飲みすぎてもうた時は、二階に誰もおれへん部屋があるよって、寝て行ってもええんやで」と、親切に言ってくれた。
「大丈夫です」というと、
「兄ちゃんあんた強いんやな、焼酎にはこれも合うで、食うてみるか」
と言ってドテ焼きを出してくれた。
気のせいか、東京で食べたドテ焼きよりも美味しく感じた。
おばちゃんと話しながら焼酎を飲んでいると、すっかり酔ってしまい、気が付くと店の二階で寝ていた。
よろけながら下りてみると、もう看板の時間は過ぎていて、他の客は誰もいなかった。
するとおばちゃんは「一年前にもここで寝て行った姉ちゃんがいたんやけど、その子はビリケンさんにお参りしたら、梅田のごっつ大きい会社の人事課に入って活躍しとるで、兄ちゃんも頑張るんやで」と言って、おにぎりを作ってくれた。
朝、天王寺のホテルの窓から外を見ると日本一高い高層ビル、あべのハルカスが白く輝いていた
おばちゃんが作ってくれたおにぎりを頬張りながら、昨夜の出来事を振り返って見た。ドテ焼きが旨くて焼酎を飲み過ぎてしまい、店の二階で寝てしまった。
ビリケンさんにお参りした人は今は、梅田の大きい会社の人事課で活躍してると言った。
原島は通天閣に昇りおばちゃんが言った通リ、ビリケンさんの足の裏を撫で「どうか新しい事業は何をやったらいいかご教授下さい」とお祈りした。
するとどからともなく、昨夜食べたドテ焼きの臭いがしてきた。
すると、鼻の神経が脳を刺激して、ある考えが湧いてきた。
寿司とかラーメンなどは有名になって、今や世界の各地に店が出来てるが、まだドテ焼きの店はない。それならば、ドテ焼きのチエーン店を作れば人気になるのではないか。
原島は東京に飛んで帰り、後藤とドテ焼きチエーン作りの相談をすることにした。
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