XXXIX テスピナの誕生
中国は極超音速巡行ミサイルと、その迎撃システムの実験に成功したと、大々的に発表した。中国が本土以外にこのシステムを持ち込んだ国は、ソ連が撤退した後、中国が影響力を強めたアフガニスタンであった。
アフガニスタンは1978年にソ連に侵略され、ムジャズーッスラー・アミーンという人物が革命評議会議長となっていたが、1989年にCIA の支援を受けたハブラク・カーマルという人物が実権を握ることとなった。
ハブラク・カーマルには比較的政情が安定していたパキスタンを通じて、中国も支援していて、アフガニスタンの中にCIA の支援を受けた勢力と、中国の支援を受けた勢力と、復権を狙うソ連の勢力が複雑に絡みあい、出口の見えない紛争へと発展していった。
1991年にソ連が崩壊した後は、中国の影響力が強まり、ロシアから排除されたイスラム原理主義勢力がアフガニスタンに流れ込んで、タリバンという非人道的な集団が生まれることとなった。
しかし中国は国際世論を考慮して、タリバンを支援するとは言わないものの、事実上、タリバンの後ろ盾になっていた。
アフガニスタンに持ち込まれた中国の極超音速巡行ミサイルは実際の性能は疑わしく、西側の先進国は中国が発表することは一切信用していなかった。
実際は「ロシアもアメリカも失敗した高度な技術を中国は成功させた」と、発展途上国に中国製商品の優秀さを宣伝する広告の一つであった。
その年の秋、先進国首脳会議(サミット)が開かれ、日本が議長国となった。
各国の首脳には随行員として、経済界からも実務者クラスが来日した。
メイン会場で各国の首脳による会議が行われている時別室では、経済界各社の個別会談が行われていた。
「日本へようこそ、私は阪神大正輸送機工業の専務の及川と申します」
「始めまして、私はギャリソン&ガリクソンのCFOのジョーンズと申します。
早速ですが、当社のスコットが黒木さんに伝えた情報は役に立ちましたか」
「さて何のことでしょう。うちには黒木という社員はおりませんが」
「そうですか、黒木さんという人は本当にいないのですね」
「ええ、うちにはいません」
「じゃあ、あの黒木という人はどこの誰なのでしょう」
「さあ私には分かりませんがスコットさんはその黒木という人に、何を話したのですか」
「スコットは私に電話を掛けてきて、『阪神大正輸送機工業の黒木という人が来て、極超音速ミサイル迎撃システムについて聞かせて下さい、と言っていますが話してもいいですか』と言いましたので私は、『阪神大正輸送機工業さんとうちは情報を共有することになったので、話してもいいです』と言いました」
「それじゃあ、話というのはミサイルの事なんですね。変ですね、うちは装甲車は作っていますがミサイルは作ってません。ですからミサイルの話を聞くことはないと思います」
「スコットは私に『黒木さんはアジア系の人です』と言ってました」
「アジア系ですか、じゃあ、中国人かも知れませんね。アメリカの人には日本人と中国人の違いが分からないと思いますので」
「そうですか、あの黒木という人は中国のスパイだったのかも知れませんね」
「多分そうだと思います」
「うちは2年前に、中国の留学生に情報を盗まれたことがありますので、注意はしてたのですが、またやられてしまいました」
「そうでしたか、実はうちも装甲車に使う半導体を盗まれたことがあります」
こんなやり取りが続いた後、
「何かあった時はまたお知らせ下さい。それじゃあまたお会いしましょう」とジョーンズとの会談が終わったあと、及川は不安を覚え、人事課の奈津美に電話をかけて、「社内にスパイ活動をする人物の気配を感じたら、厳正な処分で対処して下さい」と改めて管理体制を強化する指示を与えた。
ギャリソン&ガリクソン社は失敗に終わったミサイル迎撃システムの改良に取り組み、ついに完成した二号機の試験をすることになった。初号機のときは砂漠の中に敢えて目標となる仮設の基地を作り、ヒズラーボが発射するミサイルを待っていたが、今回は潜水艦から発射されたポラリスミサイルを駆逐艦に装備した迎撃システムで撃ち落とす方式に改めた。
前回はギャリソン&ガリクソン社とCIAが協力し、国防総省にアピールするために米軍の強力は仰がなかったが、今回は全面的に国防総省の責任で行うこととなった。
結果は潜水艦から発射された20基のポラリスを発射後5秒以内に全基、撃ち落とすことに成功した。この様子はテレビで全世界に公開された。
スコットはこの様子を会社のテレビで見ていた。成功に喜ぶ同僚の顔がアップになって映っていた。彼らが羨ましかった。初号機のときは自分が現場にいて、身の危険を感じながら見守ったのに、今日の試験ではただの傍観者でしかない。
実験の現場に自分もいたかった…………実権に成功はしても、そこに自分はいない。スコットは何ともいえぬ惨めな気持ちに陥った。
新迎撃システムはこの成功を受け、国防総省から正式に採用されることとなった。
アメリカではミサイル関連の名前はギリシャ神話からいただくのが伝統になっていて、14個ある海王星の衛星の中から5番目の「テスピナ」という名前をいただくこととなった。
テスピナは陸上型と海上型が作られ、海上型は海軍の駆逐艦に装備され、陸上型はカタールのアル・ウデイド基地と、ヨルダンのタワー22基地に配備されることとなった。
スコットはテスピナの開発に加わったメンバーの一人として、また実験の場から外された悔しさから、配備後は自分がテスピナを見守りたいという思いが湧いてきて、自ら志願して基地に駐在することを願い出た。
そしてメーカーが派遣する保守要員として、タワー22基地に赴任することなった。
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