XXXVII 弾丸が行き交う中東へ
もしかしたら、これは省三のサインでは…………
インボイスに書かれた S harashima のサインにジョージィは、目が釘づけになった。
「違う、そんなはずはない。これは省三のサインではない」と、自分に言い聞かせ
た。だがまたインボイスを見つめていた。そのうちに段々と、省三のサインであるよううに思えてきた。
忘れたはずなのに………ジョージィの心は揺れた。いつしかジョージィは原島と暮らし、隅田川の流れを一緒に見たあの懐かしい、東京にいたころを思いだしていた。
「いけない、私はスコットの妻だ。私はスコットを愛してる。お腹の子はスコットの子だ。省三を思い出してはいけないのだ」と、原島を忘れられない自分に叫び、そっとインボイスを閉じた。
◇◇◇
ハッサム皇太子のあの国では政府軍と、反政府軍の戦闘が一段と激しくなっていた。反政府軍は自らを「神の代理人ヒズラーボ」と名乗り、宗教的革命思想を世界中に広げる運動を開始して、戦火は隣国にも広がっていた。
ヒズラーボにはロシアから兵器が供給されて、砂漠の戦場はさながら西側諸国の兵器と、ロシア製兵器を実戦で使う実験場となっていた。
悲惨な戦争も兵器メーカーにとっては、自社の技術を各国政府に売り込む絶好の機会である。しかし国防総省はアメリカの最新技術の海外への流出を恐れ、兵器メーカー各社に対し、国外への持ち出しを禁止した
そのころギャリソン&ガリクソン社は、極超音速巡行ミサイル迎撃システムを開発中であった。ロシアはすでに極超音速巡行ミサイルを実用化していて、ヒズラーボに渡されるのは確実であった。
中東の各地に散らばっていたCIAのメンバーは、ヒズラーボの動きを監視し続けた。そして必要なのは、極超音速巡行ミサイルを迎撃するシステムを中東に配備すること、とラングレーのCIA本部に報告した。
そのころアメリカは11月の大統領選挙に向けて、民主党と共和党の両党の候補者は共に、国内の雇用と経済の安定を訴えていた。ことに共和党の候補はアメリカフアーストを掲げ、中東から米軍を撤退させるとも受け取れる発言を繰り返していた。
防衛産業各社は、兵器開発費が削られることが危惧された。
ことにギャリソン&ガリクソン社は、極超音速巡行ミサイル迎撃システムに社運をかけていて、もしこのシステムが採用されなければ、膨大な開発費が水の泡となってしまう。ギャリソン&ガリクソン社は最高幹部会議を開き、対応策を検討した。
「わが社の極超音速巡行ミサイルを撃墜するシステムはすでに出来上がっています。あとはテストをして、国防総省に買い上げてもらうだけです」
「そのテストはいつするのですか」
「政府は中東から兵士を撤退させるつもりです。そうなったらテストは出来ません。今のうちにテストをして、その効果を国防総省に認めさせないとなりません」
「じゃあ君は、戦争が長引けばいいというのですか」
「それはここにいる皆さんが思っていることではないのですか」
「うーん、それはそうだけどな」
「それなら一日でも早く中東に、うちのシステムを送るべきと思います」
「中東に行かないで、来年度の予算を貰う方法はないでしょうか」
「いや、そうはいかないと思います。国防総省としても大統領が決まるまでは、来年度の予算には手を付けれないと思います」
「それじゃあ我社のあのシステムはテストも出来ません。どうすればいいと思いますか」
「CIAを抱き込んで、中東でテストは出来ないでしょうか」
「うちがやると言ってもCIAは大統領が決まるまで、様子を見るのではないでしょうか」
「私 はやると思います。ヒズラーボを潰すためなら、大統領が何を言っても、そんなことはお構いなしにやるのがCIAです。問題はうちから誰を派遣するかです」
「それならスコットはどうでしょう」
「スコットは入社したばかりの素人です。使い物になるかどうか分かりません」
「スコットの親父は元CIAの工作員です。スコットも親父のようになりたいと思ってんじゃないかと思います」
「だけど命が掛かってるんですよ。それでもやると思いますか」
「スコットは親父だけでなく、姉のミチコもCIAの工作員です。スコットには工作員の血が流れています。絶対引き受けると思います」
「じゃあ、君はどうやって、スコットを納得させるつもりですか」
「スコット一人に任すのではありません。スコットを一時的にCIAの職員として、実際の仕事はCIAにやってもらいます」
「CIAはスコットを受け入れてくれると思いますか」
「私の前任だったCFOのジム・ホワイトは、スコットを一時的にCIA の工作員にして、東京に送り込んだことがあります。スコットは経験者です。この任務はスコット以外に考えられません」
一週間後スコットはCIAの工作員となって、弾丸が行き交う中東へ行くこととなった。
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