XXXV 日本とアメリカの春
四月、日本列島はまた桜の季節となった。大阪で奈津美が阪神大正輸送機工業に入社したころ、東京では保科研究社に原島が入社した。
保科研究社は旧港南物産が倒産した後、第三事業部の一部を買い取って、事業の拡大を図った。
そのとき第三事業部の部長だった寺田を営業課長として採用したが、全く業績を上げられず、業を煮やした専務の後藤は寺田を首にしようと思った。しかし後藤は見かけによらず気が弱く、「お前は首だ」と、自分の口では言えないでいた。
だが寺田は後藤の顔付きを見て、後藤の真意を悟った。寺田は何としても売り上げを伸ばそうと思い、港南央物産が健在だったころ、不法なやり方とはいえ、松野と組んで年間五百億円以上売り上げていた原島に目を付けた。
そして建設現場などで肉体を酷使して、必至で生きていた原島をリクルートして、自分の部下にした。
原島としても決して楽ではない肉体労働よりも、大手町に自社ビルを持ち、女性の間で高い人気を誇るhoshinaのブランドを展開する保科研究社に入社した方が、あらゆる面で具合が良かった。
原島は職務の内容など聞かないままに、寺田の誘いに飛びついた。
しかし寺田が自分の上にいる限り、何やかんやと言ってきて、邪魔な存在になるのは明らかであった。そもそも港南中央物産時代、部長だった寺田は何もせず、実際の仕事は部長代理の松野が仕切っていて、寺田はハンコを押すだけの存在だった。
寺田は指揮能力はほとんどないので、原島は寺田を無視して、専務の後藤の方針に従うことにした。
後藤は「君の前歴は問いません。何でもいいから思う存分にやって下さい。責任は私が取ります」と、言った。
「何でもいい」ということは、会社のためになることなら何をやってもいいわけで、
先ずは無用の寺田に会社を辞めてもらうことにした。
その日、寺島は後藤専務と事務員の美紀子と里美にある提案をした。
「課長、私今日あれの日なので早退させて下さい」
「あれって何のことですか」
「課長喜んでくれないのですか。あれがあったから大丈夫だったってことよ」
「えっ、美紀子もなの、私だけじゃなかったのね、課長、ひどいじゃないですか」
と里美が言うと原島が、
「課長、そんなことをしたんですか、もし外部に漏れたらどうなると思ってるんですか」と大きな声で言った。するとそこに後藤専務がやってきて、
「寺田君、君は大変なことをしてくれましたね。嘆かわしいことです」
と、言って部屋を出て行った。
結局寺田は退職願いを出すこととなり、受理された。
美紀子と里美の二人には後藤から、お礼のぶ厚い封筒が渡された。
原島はhoshinaの商品の無料購入券を受け取った。原島はそれを定食屋のおばちゃんに贈って、一件落着となった。
◇◇◇
そのころニューヨークでも動きがあった。ジョージィがスコットと暮らし始めて数か月後、ジョージィは医師から妊娠を告げられた。子どもを授かるのは嬉しいが、東京で暮らした原島と、永久に会えなくなるような寂しさを感じた。
オートクチュールのモデルとなって、仕事を始めたばかりだったが、同じ系列のブティックの事務員となって、仕事を続けることとなった。
同居していた母のマリアはロシア語の教師の収入が予想より多く、小さなアパートに住むこととなった。もっとも奔放なマリアのことだから、すぐに誰かと住むことになるのだろう。
ギャリソン&ガリクソン社の社員となったスコットは、ベセスダに住み、週末だけニューヨークに帰っていた。
残されたジョージィには、寝室が七部屋もある豪邸は広過ぎて、妊娠中の身には掃除も大変だった。
またこの家は大変豪華なので、妬みを買い暴徒に襲われる心配があった。この家があるクィーンズ地区はヒスパニック系などの移民が多いところで、過去にはこの家も銃撃されたことがあった。
そうしたことからジョージィは、同じクィーンズ地区のアパートに移転することにした。クイーンズ地区から離れなかったのは、この地区には国際線のジョンFケネディ空港と、国内線のラガーディアン空港があり、ギャリソン&ガリクソン社の社員となったスコットが今後、各地を飛び回ることが予想されるためであった。
こうして大阪、東京、ニューヨークの春は、それぞれの人たちの胸に悲喜こもごもの思いを乗せて過ぎて行った。
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