XXXII 新店のオープンと新任の辞令
7月、梅雨も明け、晴れ渡った青空に恵まれた大安の日、並木通リ商店会などから贈られた花束に彩られ、セレクトショップ「クロディーヌ」がオープンした。
「私の店の名前を引き継いでくれたのね。BARクロディーヌのオープンの日を思い出すわ。ありがとう奈津美さん」
「黒田さんが作ったクロディーヌの名を汚さないように、努力いたします」
「がんばって下さいね」
「ありがとうございます」
「うわぁ、素敵な店じゃない。奈津美ちゃん、あんたって凄いわね」
「私だけの力じゃないんですよ。皆さんのおかげです」
「これ、いいわね。こんなのが欲しかったのよ、試着室は何処」と、ギャルソンクラブのレインさんは黒貂と、リンクス(ロシア産の大山猫)のコートを持って試着室に入って行った。
すると中から「うわぁ~どっちも気に入っちゃっわ、どうしよう」と、大きな声が聞こえてきた。
レインは試着室から出てくると「両方とも貰っちゃうわ、支払いはこれでね」とハッサム皇太子の家族会員のカードを出した。
二着合わせると五百万円以上になる。奈津美はかねてからレインさんを気っぷのいい男のような人だと思っていたがいつの間にか、ハッサム皇太子の妻となっていたことに驚いた。
「まぁ、結婚したのですか、おめでとうございます」と、おめでとうの応酬となった。レインが待たせてあったリムジンで帰ったあとも次々と、クロディーヌには来賓が訪れた。
「奈津美君おめでとう。よくここまで漕ぎ着けたね、頑張って下さい」
「ありがとうございます。寺田部長も新しい会社でご活躍下さい」
寺田という人は元、港南中央物産第三事業部の営業部長であった。だが実際の仕事のほとんどは、部長代理の松野が仕切っていた。そんなお飾りの部長だった寺田だが、保科研究社という会社の営業課々長として採用された。
保科研究社は「hoshina」というブランドのアパレル製品の製造と、200店舗ほどの直営店を全国に展開していた。
事業の多角化を計っていた保科研究社は、倒産した港南中央物産第三事業部のうち、原島が担当していた化学薬品販売事業を買い取って、保科研究社第三事業部を立ち上げた。
密輸がバレて倒産した会社を一部ではあるが買い取って、仕事の出来ない飾り物の人を採用し、何をする気か知らないが、hoshinaのブランドに傷が付かないのだろうか。奈津美はちょっと心配になった。何しろ、クロディーヌの上の階には来月から、保科研究社の直営店が入居することになっている。
それはともかく、クロディーヌのオープンの日は沢山の人が来店して、レインのコート二着の他、ロシアのヤクーチャ産のダイヤと、マリィンスキー産のエメラルドのリングが売れ、上々の滑り出しであった。
◇◇◇
ニューヨークではスコットが大学を卒業し、ギャリクソン&ガリクソン社の正式な社員となり、資材管理部の中の、特殊機材調達課という部署に配属された。資材管理部は地味な部署であるが、ギャリクソン&ガリクソン社の主力商品のミサイルや、レーザー兵器などの材料を調達する部で、大変重要な部である。
ことにスコットが配属された特殊機材調達課とは、次世代の兵器を開発するために必要な技術を調達するために作られた課で、単なる資材管理ではない。
そこで必要なのは新技術の自社開発と、協力企業の獲得である。
次世代兵器の開発にはアメリカの他、ロシアと中国が熱心で、ことに中国は各国の優れた技術を持つ企業の買収に力を入れていた。
その優れた技術を持つ企業の多くは日本と、イスラエルにあった。
イスラエルはアメリカとの絆が深く、中国に買収される心配はなかった。
心配なのは日本の中小企業であった。日本の中小企業は優れた技術を持っているが、多くの会社は資金難に陥っていた。しかし、日本政府の援助がなく、会社ごと乗っ取られるか、技術者を引き抜かれていた。
こうした日本の企業との交渉に、日本語が堪能なスコットは適材であった。
スコットに与えられた任務は中国という巨大な国家と渡り合う、いわば民間企業のギャリクソン&ガリクソン社の中にあって、工作員としての側面を持っていた。
かって、ジム・ホワイトが「日本語ができる人がギャリクソン&ガリクソン社に必要なので、君に入社して欲しい」と言ったことが現実のものとなった。
スコットは身震いする思いで、辞令を受け取った。
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