XXX 爆破事件日米露決着の違い

 飯倉片町交差点を東京タワーに向かって100メートルほど進むと右側に、コンクリートの塀で囲まれたロシア大使館が現れる。正面に向かって左側の塀の横に細い路地があり、その奥に東京アメリカンクラブがある。更に奥に進むと、アフガニスタン大使館があり、その先は行き止まりになっている。


 東京アメリカンクラブに出入りする人は、この細い路地を通る以外方法がない。

 もし設計事務所の技師になりすました原島と、ロシア大使館の間でトラブルが発生したとしたら、もう逃げ場はない。


 原島は図面を入れる筒を持ち、建設作業現場に行ってみた。するとそこには建設会社のマークがついたジャンパーを着た現場監督がいて、作業員に指示を与えていた。

 設計事務所の技師というからには、建設会社の現場監督と話さないわけにはいかない。


 だがそんなことをしてしまったら、偽者であることはすぐに分かってしまう。

 それに本物の設計事務所の技師らしき人は見当たらなかった。

 どうやら設計事務所の技師という人は、施工現場に毎日来るものではないらしい。


「設計事務所の技師になりすませば、ロシア大使館を見張れるなどと、子どもみたいな計画を立てやがって、あの伊地知のクソ野郎め、アフガニスタン大使館に行っちまえ」と思ったが、引き受けてしまったからには仕方がない。それにこれはジョージィのためだ。

 そこで原島は、ロシア大使館の向かいにある麻布郵便局前に車を止めて、大使館から出てくる男を監視することにした。


 だがこのあたりには、尋常じゃない人数の警察官が配置されていて、24日時間ロシア大使館の警備にあたっている。

 東京にある大使館は約140か国あるが、そのうち日本の警察官が一人もいない大使館が100か国以上ある。それに比べると、ロシア大使館と中国大使館と韓国大使館は別格で、10メートル置きに警察官が立っている。


 多分警察官の人数は、中国大使館と、ロシア大使館と、韓国大使館、の三者で、金、銀、銅を争うのは間違いない。

 案の定、警察官がやってきて「すぐに移動しなさい」と警告を受けた。


 普通、警察官が来た時は免許の提示を求められ、場合によっては違反切符を切られる。だがこのあたりの警察官は、交通違反など気にしない。

 目的はただ一つ、大使館を狙う怪しいヤツを見つけることである。


 原島は相当に、怪しい男とうつったようだ。それもそうだろう。あの右翼の街宣車でさえ、遠くからマイクで「北方四島を返せ」と叫ぶだけで、ロシア大使館の真ん前に止めて、中を覗いたりはしない。


 そこでやむを得ず、ロシア大使館に直接電話を掛けて、諜報員を呼び出すことにした。ロシア大使館にはロシア人子女のための学校があり、常に子どもが出入りしている。そこで原島は、03-3583-4445 と、携帯のボタンを押した。これは何本かあるロシア大使館の電話番号の一つであるが、応答がなかった。仕方がない伊地知から教えられた番号を一つづつ、3505-4224、3505-0593、3583-4297、と押し続けると03-5982を押したとき応答があった。


 そこで原島は一世一代の勝負に打って出た。

「モシモシ、こちらはローソン三田店ですが、お宅の生徒さんが万引きをしたので事務所に来てもらっています。その子は『イヴァン・シコルスキーさんに迎えに来て欲しい』と言っています。もし来てもらわなければ、交番に行くことになりますがいいでしょうか」と言ってみた。


 すると「イヴァンは外出中ですが、連絡を取ってみます」と言った。

「この子が可哀そうですのでなるべく早く来てください」というと、3時間くらい経ったとき、ローソン三田店の前に止ったタクシーから、イヴァン・シコルスキーが降りてきた。


 イヴァンはたちまち待ち構えていたCIAの諜報員10人に取り囲まれ、星条旗新聞社からヘリに乗せられて、横田基地からニューヨークに運ばれた。

 外交官特権も相手がCIAとなると、クソの役にも立たない。ましてや日本のように外人に弱い日本人と違い、人を殺すくらい朝飯前のCIAの連中に囲まれて、白状しないヤツはいない。


 イヴァンは伊地知邸の電話機を、爆破装置が付いた電話機にすり替えたことも、その他の諜報活動の一切を白状し、ライカーズ刑務所に収監されることとなった。


 当然のごとくロシア政府はイヴァンのイの字も出さず、イヴァンという人物はロシアに生まれたことも、存在したこともなく、アメリカから何かを言われたら「イヴァンとはアメリカが作った架空の人物だ」と主張することにした。


 イヴァンに限らずロシアでは、行方不明となった諜報員は、ロシアによって探しだされ、逆スパイとみなされて、処刑されるのが普通であり、ライカーズ刑務所で生き長らえることとなったイヴァンは、幸運な男というべきである。


 ◇◇◇


「伊地知、お前が立てた計画は全く役に立たなかった。イヴァンを捕まえたのは全部、俺の力だ、なんぼ払ってくれるつもりだ」

「何を言う、ロシア大使館の電話番号を教えたのはこの俺だ。お前はローソン三田店の名前を無断で使った罪で訴えることも出来るんだぞ。それでもいいか」


「お前って本当に汚ねえヤツだな、KGBも真っ青だ」

「まあそう言うな、謝礼として飯倉公館でランチを奢るからそれでどうだ」ということで、爆破関連事件は、日本はランチ。アメリカは刑務所送り。ロシアは処刑と、それぞれの決着の違いを見ることとなった。

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