XXIX アメ横の大統領

 ハドソン川の桜が散るころになると、次は東京の桜が満開となる。

 ニューヨークと比べて東京のいいとこは、何といっても桜の下で、飲んで食って踊っても、逮捕されないことだ。上野の山は今日も酔っぱらいでごった返していた。

 だが原島は 今日もスコップを持って、真っ黒に日に焼けた顔で働いていた。


「原島俺だ、寝てたのか、今日はアメ横の大統領で飲む、出てこい]と、伊地知からの電話で起こされた。

 大統領は店の設えはお世辞にも上等とは言えないが、馬のモツの煮込みで知られた店である。

 疲れもあって寝ていたかったが、馬のモツの誘惑に負けて、大統領に行くことにした。


 大統領に着くと伊地知は「お前真っ黒に焼けてるな、カメルーンの人みたいだな」と言った。

「おい、それをカメルーンの人に言ってみろ、お前んとこの局長がカメルーンの駐日大使に呼び出されて、お前はその場で首だ」と言うと、


「大丈夫だ。俺んとこの局長の榊原は先週、北米局々長からカメルーン大使に飛ばされた。覚えてるだろ、ワールドカップ日韓大会の時、日本人は顔に墨を塗って、カメルーンの選手を一所懸命に応援したので、日本とカメルーンは黒い顔の友人になった。 だからお前の顔が黒いのは、日本とカメルーンの友好の証だ」


「ちょっと待て。カメルーンの人が日本に友好的になったのは、カメルーンチームが直江津村をキャンプ地に選んだとき、親切にしてやったからで、顔に墨を塗ってたのはシャネルズの連中だろ。シャネルズには女の子のスカートを捲り、パンツを盗撮して逮捕された田代まさしっていうスケベなヤツがいるから、カメルーンの人から見たら、顔が黒いのは嬉しくないだろ」


「そうだったかな、俺は北米局だからアフリカのことは勉強してなかった。田代まさしはお前に任せる」

「田代まさしみたいなヤツを任されても困るな。あいつはアフリカの像に踏まれて死ねばいいんだ」


「それもそうだな、今度アフリカ局のヤツに会ったら言っとくな」

「ところでよ、忙しい俺をそれだけで呼んだのか」


「お前が田代まさしのことを言うから、大事なことを忘れてしまうとこだった」

「大事な事って何だ」


「俺の家を爆破させた犯人が捕まったんだ」

「何だ、そんなことか。俺には関係ないな。だけど捕まったヤツは気の毒だな、俺が大統領なら犯人に勲章をやるけどな」


「俺のことかい?」

「あっ、親父さん聞こえてたんですか。この店じゃなくて、アメリカの大統領のことです」

「そうかい。それならいいんだけどね」


「ついでで悪いけど、焼酎をもう一杯お願いします」

「はいよ、うちの店で飲みすぎて死んだヤツはいるけど、像に踏まれて死んだヤツはまだいないから、田代まさしをすぐそこにある、上野動物園に連れてって、踏ませればいいんじゃないかい。国民みんなが喜ぶと思うな」


 と、さすがにアメ横の人気店の親父は世の中を分かっていた。どこかの国の総理大臣に、爪の垢を煎じて飲ませたいと思うくらい、立派な人だった。


「おい伊地知、お前の声がでか過ぎるんだ。もっとちっこい声で喋れよ」

「そうだな、それで捕まったのはトニーというヤツなんだけど、トニーの親玉は中国系の李嗎宇っていう男で、売春宿の経営で儲けた金を中国と、ロシアのために使ってる不届き者だ」


「そうだな、それでその金を貰ってる中国人とロシア人は分かってるのか」

「アメリカは李嗎宇から金を貰っていた留学生を締め出したけど、ロシア人はロシア大使館の中に隠れてるから、捕まえ難いんだ。日本もアメリカと同じで、名前は分かってんだけど、いつも逃げられている」


「名前が分かってるのか」

「イヴァン・シコルスキーっていう名前だけど、ギャルソンクラブのレインから聞いたことがあるだろ、かおたんラーメンでお前が探してたヤツだ」


「そうだったな、あの時も逃げられたな」

「どうだ、イヴァンを捕まえたくないか」


「俺にはもう関係ないな」

「本当か?イヴァンがジョージィを狙ってると言っても関係ないといえるか」


「イヴァンは未だジョージィを狙ってるのか」

「そうだ、あいつはしつこいぞ。ジョージィを見つけてロシアに連れてくつもりだ。ロシア人がジョージィに何をするか言わなくても分かるだろ、お前はそれに耐えられるか」

「ジョージィはスコットに取られたけど、俺は今でもジョージィを愛してる。ジョージィのためなら何でもするぞ」


 イヴァンも一応は大使館員だから、見つけてもすぐには逮捕は出来ない。だから、ジョージィを守るには、イヴァンを見張っていて動きがあったら、CIAに通報して、捕まえるか殺害する必要がある。お前ならそれができる」


「俺に人を殺せというのか」

「そうじゃない、通報するだけだ」


「それは公安の仕事だろ」

「日本の公安は麻薬には熱心だが、スパイの摘発は全くやる気がない。だから期待しても無理だ」


「じゃあ、俺に公安以上のことをやれっていうのか、無理に決まってるだろ」

「ところがお前にぴったりの仕事があるんだ。よく聞け、ロシア大使館の隣に東京アメリカンクラブってのがあるけど知ってるか」


「あぁ、知ってるぞ」

「あの建物が改築されることになって、来週から取り壊し作業に入る。完成するまでは、高輪の元衆院議員宿舎を代替えのクラブにすることが決まってる。

 完成までは二年くらいかかるので、お前には設計事務所の技師ということにして、あのあたりをぶらぶらして、ロシア大使館の動きを監視してもらえないか」


「何もしないでブラブラするのも大変だぞ」

「ロシア大使館の斜め前には外務省飯倉公館というところがあって、俺もしょっちゅう行ってるから、交代で見張ればいいだろ。公館の中には一流の調理師がいて、パーティーのため豪華な飯を毎日作ってるから、食い放題だ。どうだやってみないか」


「よし、ジョージィのためだ、やってみようじゃないか」

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