XXVIII ハドソン川の桜並木 

 ハドソン川の桜が咲く季節となった。FBIニューヨーク支局では、捜査官たちが色めき立っていた。FBIハドソンという偽の事務所から電話を使ってベセスダの家と、川崎の伊地知邸を爆破した偽のFBI捜査官のトニーが逮捕されたのだ。


 この日、満開の桜の様子がテレビで放映されていた。

 これを見ていたスコットが、ペプシコーラを飲みながらのんびりと、桜を見ているトニーを発見した。爆破事件に自分の名前を使われて共犯にされたスコットにとって、トニーは許せないヤツであった。スコットがFBIに知らせると、50人の捜査官が僅か5分でポトマック川に集結した。捜査官はペプシコーラを飲んでいる男を発見して、職務質問をすると、自分がトニーであることを認め、FBIニューヨーク支局に連行された。


「トニー、お前は何でここに連れて来られたか分かってるな」

「はい、爆破事件のことですね」


「そうだ、あれは誰が作ったんだ」

「李嗎宇先生が中国人留学生に金を出し、電話器を利用した爆破装置を作らせました。装置の原理はある特定の番号に掛けた時、音声以外の人の耳には聞き取れない、20キロHz以上の信号が送信されるようになっていました。この電話器から信号を受けた電話機は20キロHz以上の信号によって、ニトログリセリンの容器に共振を発生させ、揺すられたニトログリセリンが爆発する仕組みでした」


「中国の留学生によくそんな装置が作れたな」

「きっと日本の『無線と実験』と『身近な化学』という雑誌を参考にしたのだと思います」


「そうだろうな、そうでなきゃ中国人にそんな難しいものが作れるわけがないよな。それをお前が使ったのか」


「はい、この受信側の電話機をベセスダのジム・ホワイトの家に置いたのは、「スコットの親父のトーマスがロシアのスパイ活動をしていたを知った李嗎宇先生が『トーマスがどこかに隠した情報を収めたSDカードを探し出せ』と命令したので、電話機を爆破させ、隠してると思われた冷蔵庫を探したけど無くなっていたので、行方を探していたら、スコットの話から偽のFBI事務に運ばれたことを知り、FBIの捜査官になりすまして、偽のFBI事務所に行ったけどSDカードは発見できませんでした」


「つまり偽のFBI捜査官のふりをしたお前が、偽のFBI事務所に行ったって訳だな」

「はい、そうです」


「事務所にいてFBIになりすましたヤツは一体誰なんだ」

「はい、ライカーズ刑務所を出所した三人が『李嗎宇先生の子分にして下さい』と言ってきました。そこで入社試験のつもりで『なにかでっかい物を盗んで来い』と言ったら女子大の寮のボイラーを盗んできました。それでこいつらは使えると思ったので、李嗎宇先生に紹介しました。ところがあいつらは俺と李嗎宇先生を裏切って、電話機を盗み、ロシア人の所に持って行きました。事務所に居た三人は全部ロシア人の子分です」


「ロシア人とは誰のことだ」

「はい、スコットが住んでる家の本当の持ち主です」


「あの家の持ち主はうちの支局次長だぞ」

「いいえ違います。あの家は禁酒法時代にウイスキーの密造で稼いだ金で買ったものです」


「バカ野郎、それは100年前の話だ、俺が聞いてるのはこの前のことだ」

「すみません、そうでした。ロシア人は俺のアイデアを盗んで、偽のFBI事務所を作りました。ヤツらは盗んだ電話機を爆破装置が仕組まれているとも知らないで、毎日使っていました。それで俺は本当の使い方を教えるため、わざと殿田希恵という事務員に番号を言い電話を掛けさせました」


「伊地知の家を選んだのはどうしてだ」

「はい、伊地知は本当は北米局の官僚なのに、ロシアのことを一所懸命に調べていました。それで嫌がらせのつもりで爆破させました。ところが日本の外務省は都市ガスの事故として処理しました。日本の外務省って本当にバカですね」


「そうだな俺もそう思う………バカ野郎!日本は一応は友好国だ。口を慎め!」

「はい、そうします」


「ところでよ、伊地知の家の電話機をニトログリセリンが入った電話機と入れ替えたのは誰なんだ」

「李嗎宇先生の友人のイヴァン・シコルスキーという男です。イヴァンは駐日ロシア大使館の駐在武官ですが、本当はKGBの諜報員です」


 ということで事件の全容はほぼ解明された。

女子大の寮のボイラーを盗んだ三人組は、早晩逮捕されるだろう。


トニーは裁判の結果次第だが多分、ライカーズ刑務所送りになるのは間違いないと思う。残った問題は李嗎宇の逮捕と、イヴァン・シコルスキーの確保に絞られた。





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