XXVII クィーンズの豪邸
会社を解雇された原島はついに、ジョージィも奪われた。ジョージィと見た隅田川の流れが、幸せだった日々の思い出を乗せて流れていった。
一所懸命働いて、ジョージィを心から愛していた。だが今は仕事もジョージィも、もうここにはいない。師走の冷たい風が原島の胸の奥を撫でていった。
ジョージィの面影を抱いて日々は虚しく過ぎ、新しい年を迎えた。
仕事をみつけ、なにもかも忘れて少しでも前向きに頑張ろうとしたが、世間の風は
温かくはなかった。
年明け早々に、港南中央物産として残っていた第三事業部が三月末を持って、解散
すると発表した。
元よりまともな事業はしていなかった第三事業部だが、港南中央物産の存続会社となっていた。だがその役割もすでに終わっていた。会社として存続させる理由は何処にもなかった
港南中央物産が消滅することになった最大の原因は、外ならぬ原島であった。
実名こそ出ないものの、港南中央物産の解散は、第三事業部の過去の黒い商売が原因であるという記事が業界紙のみならず、一般経済紙にも載せられていた。
原島に出張旅費という名目で、三井住友銀行に100万円振り込んでくれた奈津美も失業することとなった。
港南中央物産の解散は、世間の厳しい目に耐えながら生きていた、旧第三事業部の従業員の職も奪った。
そんな黒い過去が付き纏う原島を、受け入れてくれる会社はもう、どこにもなかった。
原島は生きていくためであればどんな仕事でも、ありがたく受け入れることにした。
そして、貨物の積み下ろしなどの荷役業務や工事現場の作業など、肉体を酷使する仕事で食いつなぐこととなった。
疲労で爆睡していた原島を一本の電話が起こした。
「奈津美です。元気ですか?」と、お世話になった奈津美の声が聞こえてきた。
会社にいたころは気にもしなかったが、誰にも相手にされなくなった今、奈津美の声はまるで天使のように感じた。「何とかやってるよ、奈津美さんはどうなの」
「私はセレクトショップをやることになったわ。慣れない仕事だけど、頑張って何とかやってみるわ。原島さんもがんばってね」
聞くと奈津美は上司だった松野と、札幌支店長だった橋本という男と共同で、銀座にセレクトショップを開くという。
僅か二十人で年商500億を維持していたあの第三事業部を、陰で支えてくれた奈津美のことだ、きっと成功するだろう。
「お互いに頑張ってまた会おうよ」と言って、電話を切った。だが原島は自分の将来に希望など少しも持てなかった。
そしてまたヘルメットを被り、汗を流す日が続いた。
◇◇◇
ニューヨークに戻ったジョージィと、スコットと、マリアの三人は、クイーンズ地区の一角に寝室が七部屋もあり、家具もそろった豪華な一戸建ての住宅に住むこととなった。
この家を貸してくれたのは、ミチコにスコットの拉致を依頼した結果、ミチコに弱みを握られて、スコットを拉致するどころか、ヘリとC5ギャラクシー輸送機を用意させられた、FBIニューヨーク支局次長のジェイコブであった。おまけにジェイコブはこの家を無償で貸すことをミチコに約束させられた。
この家は五十年くらい前までは、ロシア系の富豪が住んでいた。噂ではその富豪の先祖はロシア革命の際、ドサクサに紛れてロマノフ王朝の財宝を盗み出し、アメリカに逃亡後、闇の金融業で大儲けした、と言われていた。
孫の代となったある暑い夏の夜、黒人の暴動が起きて、当主夫婦は殺害されてしまった。パリで優雅に暮らしていた息子夫婦が帰国してみると、そこには中国系マフィアの親分が住み付いていた。息子は明け渡しを求めたが埒が明かず、裁判で決着を付けることとなった。しかし、この両者の評判は芳しくなく、陪審員は両者に権利の放棄を求めた。結果渋々ながら両者とも受諾して、この家は競売に掛けられることとなった。
そして手に入れたのが禁酒法時代、ウイスキーの密造で儲けた先々代のジェイコブの息子で、酒類販売業を営むジェイコブの父、ジェイコブシニアであった。ジェイコブシニアが亡くなった後、ジェイコブが相続した。と、いろいろな歴史を持つ家であった。
スコットは大学の寮を出て、家賃も掛からないので経済的には相当、楽になった。
後は残された六か月間をしっかリ勉強して卒業し、ギャリソン&ガリクソン社の正社員になることに全力を尽くすこととなった。
ジョージィは五番街のオートクチュールのモデルとして働くこととなった。
オートクチュールのモデルとは、店の専属デザイナーの作品を纏い、裕福なマダム連中の買い気をそそるもので、店の売り上げを左右する重要な仕事である。他にも季節ごとに発表会が開かれ、ここで評判の良かったデザインはレデイメイド、いわゆる既製品として生産されることもあって、モデルの役割はとても大きい。
マリアはロシア語の教師として、外国語教室で働くこととなった。
だがマリアは外に出れば血が騒ぎ、男に吸い寄せられて行く。こんなマリアがいつまで我慢ができるのか、甚だ疑問ではあるが。
まあともかく三人は、ニューヨークでの第一歩を踏み出した。
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