XXVI 東京ミッション

 ニューヨーク市警にファミレスのCOCOSから「駐車場に一か月以上前から無断駐車しているトラックがあって、大変困っています。持ち主を探して処理をお願いできないでしょうか」という要望があった。


 市警の警官がトラックを調べると、女子大の寮で盗まれたボイラーの一部が積まれていた。金になる本体はどこかに売り払い、残った部分を置いて行ったようだ。

 トラックにはハンドルやレバーなど、あちこちに指紋が残っていた。

 指紋の主は三人いて、いずれも最近までライカーズ刑務所に服役していた獄友と判明した。


 翌日、盗難届が出ていた乗用車がマンハッタンの北部、ハーレムで発見された。

 車の中にはバーガージョイントの紙袋とペプシコーラの空き瓶が散らばっていて、コーラの空き瓶には二人の指紋が残っていた。

 その中の一人の指紋が実際には存在しない、FBIハドソン支部という事務所から電話を使い、川崎の伊地知邸を爆発させた、スコット・シンプソンと名乗った男の指紋と一致した。

 また、「部屋の中の冷蔵庫を触っていました」と、事務所で留守番をしていた殿田希恵の証言で、冷蔵庫を調べた時の指紋とも一致した。


 この指紋の人物は一年前にライカーズ刑務所を出所して現在は、ジョン・リー・ウイリアムこと、李嗎宇の部下で、李嗎宇が経営するニューヨークの売春宿の支配人をしているトニーという男であった。


 もう一人の指紋の主はスコット・シンプソンであった。

 ニューヨーク市警はこれらの状況から、スコットとトニーは仲間で、何等かの理由で川崎の伊地知邸を爆発させたと推理した。


 しかし、爆発事件の捜査はすでに、ニューヨーク市警からFBIの手に移管されていた。FBI がさらに調べると、トニーが支配人をしている売春宿には全室、盗聴器とカメラが設置されていた。多分ここで行われていたことは、SDカードなどに記録されて、その方面のマニアに売られていると考えられた。


 この報告を聞いたFBIニューヨーク支局次長のジェイコブは「マズイことになった、何とか捜査を中止させねば」と必死になった。


 実はジェイコブはトニーが支配人をしている売春宿の常連であった。このままでは自分の品性が疑われる。だが捜査の中止を命令することは出来ない。

 焦ったジェイコブは、トニーとスコットを拉致して、口封じをしようと考えた。

 トニーは何処にいるか分からないが、スコットが日本にいるのは分かっている。

 だがFBIの活動は国内に制限されている。

 そこで東京で諜報活動をしている誰かを利用しようと考えた。

 そこで浮かんだのがミチコであった。


 相談を受けたミチコはシメシメとほくそ笑んだ。ジェイコブはミチコとスコットが姉弟であることを知らないようだ。

 ジェイコブにスコットとジョージィの帰国手続きを全部させ、無事に帰国したあと「ホテルの件は黙っていてやるよ」と言えば、それだけで全部解決する。


 ◇◇◇

 十二月になって東京ではどの道路も、渋滞の列が長く続いていた。青梅街道では特に激しい渋滞が起きていた。上り新宿方面行きの三車線は一車線に絞られ、警察官が赤色灯を持って誘導していた。

 それでも渋滞の列は長くなる一方で、最後尾は1キロくらい後方の杉山公園前交差点付近まで達していた。


 渋滞の先頭は宝仙寺前交差点付近で、そこを通リ過ぎた車はガラガラの道をスイスイと走って行った。

 渋滞の原因は宝仙寺前交差点の角にある、牛丼のすき家の前に停めた、大型のキャリアカーと軽ワンボックス車であった。


 10分くらい前にキャリアカーがここまで来て、積んでいた乗用車を降ろし終わった時、軽ワンボックス車が10キロくらいの低速で走ってきて、コツンと軽くキャリアカーに接触した。だがキヤリアカーの右テールランプが破損して、テールランプがが点灯しなくなった。


 運転手がすき家で電話を借りて110番に掛けて戻ってみると、軽ワンボックス車はそのままで、ドライバーはいなくなっていた。駆け付けた警察官は「テールランプが壊れた車を運転したら、整備不良車運転で切符を切ります」と、警察官らしい頭の硬いところを遺憾なく発揮して、渋滞は解消するメドが立たなくなった。

 やがて下り車線も混みだして、青梅街道は大渋滞となった。


 そのころ青梅街道から、すき家の横の道の奥にある宝仙寺では、菊池章一郎を悼む僧侶の読経が始まっていた。


 読経が続く中、参列者の焼香が始まって、マリアを先頭にジョージィ、章一郎の縁者、大洋精密機器製作所の社長と焼香が続き、涙が出るほどありがたい僧侶の法話

 も無事終わり、会食の時間となった。寿司と酒が運ばれてきて、程よく酔いが回ってきたころでお開きとなり、マリアとジョージィは参列者を見送り二人だけになった。するとお寺の人がマリアに「菊池さんという外国人が三重の塔の下で待ってます」と言った。


 マリアもジョージィも章一郎の縁者をほとんど知らないので、章一郎の縁者の中に外国人と結婚した人がいるのかと思い、三重の塔に行くと、そこにはスコットが待っていた。


 スコットを見たジョージィは原島のことをどう言おうかと、言葉に詰まった。するとスコットは「マリアさん初めまして、スコットと言います。ジョージィを幸せにして見せます」と言った。スコットとジョージィは正式に結婚していたが、スコットとマリアは初対面であった。


 マリアにしてみれば、スコットも初対面なら、原島も一週間前に一度会っただけで、どっちがジョージィの夫になろうが、たいした違いは無かった。マリアという人は元々こだわりを持たない、なんでも素直に受け入れる人だと、先週、原島も思ったくらいだ。

 マリアは「いい息子を持ったわ」と言い、スコットにハグをした。

 もうジョージィはマリアに反論できなかった。すると原島からジョージィのスマホに電話が掛かってきた。

「道が渋滞して遅れたけど、あと5分くらいで着くから待っていて」と言った。

 

 どうすればいいのだろうと考えていると、キャリアカーから降ろした乗用車のドアーが開き、中から出てきた人に、ジョージィとマリアとスコットの三人は、車の中に押し込められた。

 その人は「ジョージィさん、マリアさん始めまして。スコットの姉のミチコといいます。突然ですが驚かないで下さい。これからニューヨークへ帰ってもらいます。あとのことは全部私がやりますので、安心して東京を発って下さい」と言ったとき、「ハーハー」と息をしながら原島が走って来た。


 ジョージィが口を開く前にスコットは、

「原島、ジョージィを盗んだのはお前だったのか!」と赤鬼のように真っ赤な怖い顔になった。

「お前がスコットだったのか!、ヴォルター・ハルシュタインなどと言って、俺を騙してたんだな」と原島は、スコット以上の形相で睨み返した。


 ジョージィを奪いあっている相手が過去に会っていて、酒を酌み交わしていたことで怒りは倍増した。居たたまれなくなったジョージィを労わるように、ミチコは「早く車を出して」というと「はい」と運転手は応え、キャリアカーの後ろとは正反対に車がほとんどいないガラガラの青梅街道を突っ走り、赤坂の星条旗新聞社に向かった。そこにはヘリが待っていた。


 星条旗新聞社を飛び立ったヘリは四人を乗せ、福生の横田基地に到着した。

 正門で衛兵に敬礼で迎えられ、数歩歩くと大型の装甲車が待っていた。

 四人は乗機手続きもなく、待ち構えていたC5ギャラクシー輸送機に、装甲車ごと吸い込まれ「じゃあ気を付けて」と言ってミチコが降りた後、5分も経たないうちにC5ギャラクシーはニューヨークへ向かって飛び立った。


 見下ろすと、東京の街の灯が輝いていた。

 自分はどうしてここにいるのだろう。今自分は何処に向かっているのだろう。

 原島との思い出は全て夢だったのだろうか。

 そしてジョージィの目から段々と、東京の街の灯が思い出と一緒に消えて行った。

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