XXV ジム・ホワイトと治武歩輪居戸

 港南中央物産を解雇された原島は、ジョージィに解雇された理由をどう言おうかと、そればかり考えていた。ジョージィがスコットと結婚していたことを打ち明けた時、ジョージィはもっと苦しんでいたに違いない。そう思うと、本当のことを言うのは勇気が要ることなのだと知った。


 よーし、ジョージィに全部打ち明けて、明日から仕事探しだ、と決め、ジョー

 ジィが待っているカフェに向かっていると「タンタタ、タタタタ、タンタタタ」と、「どんぐり、ころころ、どんぶりこ」のメロディーで、携帯の着信音が聞こえた。

「あ、俺に電話だ」と思いポケットに手を入れた時、すぐ近くから「もしもし…あ、お母さん、何か用?」と小学生くらいの女の子が携帯で話し出した。


 なんだ俺じゃなかったのか。俺と同じ着信にしちゃって、このガキめ、と思ったが、自分が小学生の女の子みたいな着信にしていたことが、照れくさくなってしまった。


 明日からは一から出直しだ。この着信音も大人らしく「どんぐり、ころころ」から普通の「リリーン、リリーン」に変更だ、と思っていると、自分のポケットの中から、どんぐり、ころころの音がした。


「モシモシ」と出てみると「奈津美です。今日中に旅費を全部引き出して下さい。

 明日になったら原島さんの口座は解約されます。じゃあお元気で…」と奈津美は少し寂しげに言った。


 港南中央物産では営業部員の出張旅費などの活動経費は、三井住友銀行に会社が契約した個人口座に一定額が振り込まれ、二か月に一度精算して、使用した額が振り込まれるシステムであった。

 原島は二か月分はほとんど使い果たし、残額はゼロに近かった。

 大急ぎで三井住友銀行のATMにカードを差し込んで、4桁の暗証番号を押すと、満額の100万円が入金されていた。


 奈津美が気を利かせてくれたおかげで原島は、貰えなかった年末ボーナスを、経費の形で貰うことが出来た。

 奈津美さんありがとう、と泣きそうになるくらい嬉しかった。


 カフェに行くとジョージィに「今日はこのまま代々木上原に行きましょうよ、マリアが待ってると思うわ」と言われ、ジョージィの実家に行くことになった。

 原島はジョージィと知り合ってから一年経つが、まだ母親のマリアには会っていなかった。

 今日マリアと会っておけば一週間後の三回忌に、ジョージィの婚約者として出席できると思い、代々木上原に行くことにした。


 代々木上原の家にはさっきまで誰かが来ていたのだろうか、コーヒーカップが一個、テーブルの上に置かれていた。


 原島が「ジョージィと交際させてもらっています」と言うとマリアは、原島の仕事とか、家族とか、普通なら根掘り葉掘り聞くであろうことは一切口にしなかった。

 多分、ジョージィが選んだ人なら聞かなくても大丈夫だ、と思ったのだろう。


 マリアという人はジョージィから聞いてはいたが、世の中に起きたことは素直に受け入れて疑うことはしない、天真爛漫というか、無邪気というか、邪悪なものに汚されることはない、名前の通リ、聖母マリアのような人だと思った。


 この人なら自分とジョージィが結婚した後、何かが起きたとしても、悔やんだり、悩んだりはしないだろう、安心して結婚できると思い、ホッとした。


 解雇されるという精神的打撃も、奈津美の気遣いと、マリアの人柄で救われたような気がした。

 だがジョージィは違った。原島は気が付かなかったが、マリアのことは子どものときからずーっと見てきた。

 さっきまでテーブルの上に有ったコーヒーカップは一体、誰だったのだろう。

 原島とジョージィは全く違う感じを抱いたまま、代々木上原を後にした。


 ◇◇◇


 ミチコは天現寺の僧侶からジム・ホワイトに「治武歩輪居戸諜報院士」という戒名を貰っていた。

「戒名とは何のことですか」とスコットが尋ねると、ミチコは「本当は生きてる時に俗世を捨てて、聖人になる人に付ける名前だけど、世の中に本当に聖人になりたいと思ってる人なんか、東大寺の坊さんにも、法隆寺の坊さんにだっていないから、仕方なく死んだときに付けるんだよ」と教えてくれた。


「じゃあ、坊さんにも本当の聖人はいないんですね」

「当然だよ、聖人になってしまったら、ハスラーでヌードなんか見れないし、あれもできなくなるんだよ。あんたはそんなのに耐えられるかい」


「ダメです。耐えられません」

「それが普通だよ、耐えられるのは死んだ人だけだからね、葬式という儀式をやって、あれを出来なくなった人を慰めるんだよ」


「じゃあ、三回忌とは何の儀式ですか」

「それはね、死んでから二年も経ったのに、土の下で未だあれをしたいと思ってたら困るので『生き返えっても娑婆は地獄だよ』と、教える日のことだよ」


「はぁ、そうですか。でも二年前に死んだ人が生き返りたくなった時、どうやって

 土の下から、叫ぶのですか」


「そん時は生き残った遺族が生きてる親しい人に「○○が亡くなって二年経ちました。三回忌を行いますので出席をお願いします」という案内状を出すんだよ。

 案内状を貰った人は香典というお金を払い、死んだ人に納得してもらうんだよ。

 本当は坊さんが全部、取ってしまうんだけどね」」


「でも僕には未だ、三回忌の案内状は来てませんよ、どうすればいいですか」

 大丈夫だよ、案内状がなくたって、ジョージィを取り返すことはできるよ。

 いい方法を考えてあるから今から言うね、よく覚えておくんだよ」



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