XXIV その日は一週間後 

 ニューヨークに雪が降った日、東京のツインタワーで、重大な記者発表が行われていた。それは港南中央物産が、第一事業部は新坂上商事に、第二事業部は富野(株)に譲渡して、第三事業部が事業を継続する、というものであった。


 残すこととなった第三事業部とは、事業部とは呼ばれているものの、実態は事業内容がはっきりしない、一種の「何でも屋」であった。


 儲かると見たら何にでも手を出して、絞り取った後はポイと捨て、泣く人がいても見向きもしない、世間が騒いだらサッと引く、よく言えば優れた経営であるが、一般的な目で見れば、狡くて汚い悪どい商売をやっていた。


 こんなクソみたいな、事業部を残し、一応は世間に知られた港南中央物産という会社の主力部門を売却するとは、誰の目から見ても異常である。だが港南中央物産にはそうせざるを得ない事情があった。


 それはやはり、原島が行ったあの件であった。あの件とは漁船が座礁したように見せかけて、ロシアに絶対に売ってはならない、ミサイルの燃料となる化学薬品を、秘密裏に輸出した。これが無ければロシアはミサイルを作れず、ロシアの脅威は大幅に低減するはずであった。ところが原島がロシアに売った結果、ロシアは強力な兵器を作ることとなった。このままでは西側諸国が脅威に晒される。


 当然、警視庁捜査部の密輸対策課が動くと思ったが、密輸対策課は何もしなかった。

 理由は簡単である。日本の警察は具体的な被害が確認されない限り、決して動かない。今回の漁船の遭難見せかけ事件も、沈没したと報告してきたのもロシアであって、沈没したことを日本の警察は確認していない。船に乗っていた船長もロシアは怪我の治療中と通知してきたが、日本の警察はそれを確認出来ていない。とすればロシアの言うことを信用せざるを得ない訳で、犯罪ではないということになる。


 だが港南中央物産は、もし、この事実を外国の政府、とりわけロシアに厳しい目を向けているCIAが知ったら、どんな手を打ってくるかという恐怖を感じた。


 そこで、第三事業部という無くなっても、痛くも痒くもない、クソみたいな事業部を残し、CIAの出方を見た上で、まずいことになりそうな時は解散して、ウヤムヤにしてしまおう、という計画であった。だがそのときに犯行を立案し、実行した人物、原島がいたら、会社としての責任は免れない。そのためには原島はいて貰っては困る人物であった。


 そして記者発表を行った日の午後、港南中央物産は原島省三に、懲戒解雇を命じた。

 解雇の理由などどうでもいいが、一応は「禁煙の決まりがある事務所で喫煙した」

 となっていた。

 年末のボーナス直前で、退職金も貰えずに原島は、木枯らしが吹く街に放り出された。

「スコットと対決し、俺は君と結婚するよ」と言ったジョージィとの約束は、夢のまた夢となった。


 ◇◇◇

 

 代々木上原ではマリアを取り囲んで、ある議論が行われていた。

 マリアは日本の風習など無関係に、章一郎の亡き後も自由気ままに優雅な暮らしを満喫していた。だが章一郎の縁者たちは、そんなマリアを容認はしなかった。


 信仰など持たない縁者たちも日本のしきたりに従って、マリアに章一郎の三回忌を執り行うことを要求した。だがマリアには日本のしきたりも、ましてや仏教の教えなど、意にも介さない、ある意味で稚拙な面を持つ人であった。


 ことに縁者たちの勘気に触れたのは、マリアの奔放な生き方であった。

 章一郎の亡き後も次々と男が現れて、章一郎が残した蓄えは使い果たしていた。

 今住んでいる代々木上原の邸宅は、章一郎が代表を務めていた三星精密機器製作所の所有財産で、無償で貸与されていたが、三回忌を区切りとして、明け渡しを要求された。


 マリアにはもう頼れるのは、娘のジョージィしかいなかった。

 だがジョージィは生活苦からスコットの許を去った人であり、頼っていた恋人の原島は失業した。勤めているボスロフ商会はKGBに目を付けられて、ジョージィ自身もKGBのイヴァンに追われている身である。

 原島もマリアもジョージィも、三者そろって窮地に立たされた。


 ◇◇◇


 CIAの諜報員は横の繋がりを持たない。街で諜報員どうしがすれ違っても、お互いに相手が誰だか分からない。誰が何をやっているのか一切分からない。

 CIA諜報員のミチコも知らないリチャードという諜報員が、菊池章一郎に関する件を、章一郎亡き今も調べ続けていた。


 そしてリチャードは、未亡人のマリアでは無理と見た三星精密機器製作所は、中野坂上の宝仙寺で会社が前代表の三回忌を執り行い、それを最後にマリアと縁を切る計画であることを知った。

 その三回忌には章一郎と親しかった者たちが集まるに違いない。その中にはロシアとの仲立ちをしているヤツが必ずいる。そいつを洗いだす絶好のチャンスだ。

 その日は一週間後と迫ってきた。



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