XXIII 再会の予感

 11月 のある日、ニューヨークに例年より一か月も早い雪が降った。その日ある女子大の寮のスチームが故障して寒い一日となった。

 窓の外を見ると、白い雪の上にタイヤの筋が2本残っていた。何者かが深夜に車で侵入したようだ。


 メンテナンス会社の人がボイラー室に入るとボイラー本体が、そっくり無くなっていた。  

 重さが1トン以上あるボイラーを盗むとは、よほど金に困っていたに違いない。

 新しいボイラーを取り付けるまで一週間かかると言われ、金持ちの親を持つ女子大生はホテルに避難した。彼氏がいる女子大生は彼氏の部屋に避難した。どっちも持たない女子大生は、ブルブル震えて一週間耐えることとなった。


 ところがよく見ると、犯人がボイラーを外すのに使ったモンキーレンチが1本残っていた。

 ニューヨーク市警が調べると、そのレンチはロシアの「Tomaky instument」という工具メーカーの製品であることが分かった。このメーカーの製品はアメリカには輸入されてなく、アメリカでは自動車会社も大工もほとんどが「スナップ オンツールズ 」というメーカーの工具を使っているので、犯人はロシア人ではないかと推定された。


 大きなボイラーを持ち出すにはモンキーレンチ1本では無理なので、もっと大きな工具も使われたに違いない。一般の人がでっかい鉄の工具を飛行機で持ち込むと、必ずセキュリティチェックで引っ掛かる。とすれば、持ち込めるのは大使館員ではないかと考えてみると、ロシアの大使館員はほぼ間違いなくスパイなので、犯行はKGBの仕業と断定された。


 では何故この建物が狙われたのか、ニューヨーク市警が調べると、この建物は10年くらい前までは、低所得者が住むアパートであった。更に詳しく調べてみると、このアパートに住んでいた女性が裕福な日本人と結婚して出ていったと、当時、アパートの住人の間で話題になっていた。


 これを突き止めたニューヨーク市警がさらに調べると、女性の名はマリアといい、結婚した相手は三星大洋商事という日本の総合商社のニューヨーク支店長で、菊池章一郎という男であった。

 この菊池章一郎は過去にロシアと不正な取引を繰り返し、何度も検挙された札付きの男であった。

 だがこの男は日本に帰国してから子会社の三星精密機械製作所の社長になったが、二年前に脳梗塞で亡くなっていた。マリアはその後も菊池章一郎が残した代々木上原の邸宅で、優雅に暮らしていた。


 マリアにはジョージィという娘がいた。ジョージィは大学に進学したが、スコット・シンプソンという学生と結婚した後、中退して行方は分からなくなっていた。


 一方スコットの方は、FBIハドソン支部という存在しない事務所に連行されたことと、翌日にはスコット・シンプソンと名乗る男がハドソン支部にやってきて、事務員に電話を掛けさせると、太平洋の彼方にある日本で、外務省の官僚の家が爆発した。


 もうこれ以上スコットを放置しておくわけにはいかなくなった。

 ニューヨーク市警はボイラー盗難事件より、スコットを救助するという名目で、身柄を確保して徹底的に取り調べることにした。


 そのころミチコには、数々の功績を残したジム・ホワイトの妻という肩書が幸いして、CIA内部の情報が得られる立場になっていた。

 そして、ニューヨーク市警がスコットを狙っていることを知った。放っておけば逮捕されるかもしれない。逮捕されたら例え無実でも、どんな罪でも作り上げられる。ここは特権を生かしてスコットを日本に脱出させることにした。


 ミチコの緊急要請でスコットは翌日「ヴォルター・ハルシュタイン空軍少尉」という架空の人物となって、C5ギャラクシー輸送機に貨物と一緒に積み込まれ、横田基地に到着した。そこからヘリで、赤坂の星条旗新聞社に運ばれた。


 ヘリを降りると、僅か300メートルくらいの道を銃を持った兵隊に護衛され、ハマーというでっかい車に乗せられて、西麻布のアパホテルに到着した。

 途中にはあの憎くたらしい原島にコケにされた権八があった。「お前に送ったランジェリーセットに、ガーターベルトの利子を付けて返せ!」と叫んだ。

 ともかく、一か月前に泊まった懐かしいアパホテルに帰って来た。


 前に泊まった時は4階だったが今回は6階の部屋であった。「見たか原島、俺は二階級特進だ!」と一人で気勢を上げた。


 すると「ルルル、ルルル」と、部屋の電話が鳴った。まさか、あの時のように原島では?」と、一瞬緊張した。

受話器を取ると「何を驚いてんの、ミチコだよ」と言われてホッとした。ミチコは「今行くから待ってんだよ」と言うと、いつもの通リ返事も聞かず、ガチャンと切った。


 5分もしないうちに迎えのハマーが来た。今度は銃を持った兵隊はいなくて、ミチコ一人だった。後部座席にミチコと並んで座った。どこへ向かっているのか分からないが、ネオンがピカピカする道路を走っているとミチコが「そこに青山書店六本木店があるけど、ハスラーは売ってないからね、諦めるんだよ」と言われた。


 そうか、ここが有名な六本木か、降りてみたいな、と思っていると車が止まり、ミチコが「ここは飯倉片町っていうとこだけど、昔、菊池章一郎とボスロフが遊んでたとこだよ。すぐそこにロシア大使館があるけど、イヴァンっていう諜報員があんたとジョージィを狙ってるからね。気ぃ付けるんだよ」


「えっ、ロシアの諜報員がジョージィを狙ってる?」とスコットが驚いていると「まあ、入んなよ」と言われ、飯倉片町交差点の角の「中国飯店」という店に入った。


 二階に上がり席に付くと「ここにはペプシコーラはないからね、コカコーラで我慢するんだよ」とミチコに言われた。ハスラーといい、コーラといい、ミチコには何もかも、お見通しのようだ。


 するともっとびっくりすることを言われた。

「スコット、驚くんじゃないよ。あんたと私は姉弟なんだよ。腹は違うけどね」

「えっ!そうなんですか」と、今度は本当に驚いた。


「あんたはモロアメリカ人だけど、私は半分は日本人だから似てないけど、種は同じだからね、あんたのことは心配してたよ。ジョージィのこともね」

 ジョージィのことは一番聞きたいことだった。


「前に来た時にジョージィはツインタワーにいるって、言ってましたね。でも会えませんでした。今は何処にいるか分かりませんか」

「ジョージィは今もツインタワーにいると思うよ。ボスロフ商会があるうちはね」

 ボスロフ商会はスコットが前に行ったとき、キリル文字の看板は見たけど、ロシア人のような大男に追い帰されたところだ。


「あるうちにってどういう意味ですか」

「ボスロフ商会はKGBと公安に目を付けられてるからね、捕まる前に逃げるかも知れないよ」

「ジョージィもですか」

「ジョージィもボスロフも悪いことはしてないけどね。日本の公安はバカだからね。

 CIA が『ジョージィを捕まえろ』と言ったら本当に捕まえるかもね」


「自分もCIAじゃないですか」

「CIAっていうとこは、横の繋がりがないんだよ。街ですれ違ったって、分かんないよ。CIAと分かっても、殺すことだってあるからね。CIAってのはそんなとこだよ」


「じゃあ、ジョージィを連れ戻すには、どうしたらいいと思いますか」

「代々木上原にジョージィの母のマリアがいるから、来るかもね」


「ジョージィが来るまで待つんですか」

「来月は菊池章一郎の三回忌だから、その日にはきっと来るよ」


「三回忌って何ですか」

「仏教では亡くなった二年目の命日に親族が集まって、坊さんにお経をあげてもらい、供養する日だよ」


「じゃあ僕も出席した方がいいですね」

「あんたはジョージィの夫だからね、出席するのは当然だね」


 義父、章一郎の命日は、ジョージィとスコットの再会の日になる予感がした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る