XXII 架空の二人 

 ギャリクソン&ガリクソン社の機密漏洩問題は、元研究員だったマイケルの逮捕で一応の終結を迎えた。留学生という名目でスパイ活動をしていた中国人たちは、ワシントンDCのランジェリーショップが摘発されたことで、資金源を断たれた。中国政府からの送金は依然として続いているものの、彼らを受け入れていた大学と研究機関は中国人に注意をはらうようになり、活動は制限されることとなった。


 指揮を執ったジム・ホワイトの任務はほぼ終了し、CIAに復帰することとなった。

 だがギャリクソン&ガリクソン社はホワイトの残留を望み、CIAからは業績を認められ、本人の意思で自由に任地を選べる特権を与えられた。

 そしてジム・ホワイトが選んだのは、ギャリクソン&ガリクソン社のCFOのまま、東京に居住することであった。


 実はこのときホワイトは病に冒されていて、医師から死期が近いことを告げられていた。

 最後の任地に東京を選んだのは、CIAに入局後、最初に派遣されたのが東京の星条旗新聞社であった。その後沖縄に転属となり、以来キャンプ知念が廃止になるまでの三十年間、日本という国を調べ尽くした。そして骨を埋めるのは、日本しかないと決めていた。


 日本という国はほとんどの日本人は気付いていないが、警備が甘いことが知られていて、世界中で最も各国の諜報員が活動しやすい国であった。特に東京という街には、世界中の諜報員が地下に潜んでいて、あらゆる情報が入り乱れ、各国の諜報員たちは自国の威信と名誉をかけて死闘を繰り広げていた。東京とは正に諜報員の真価が問われる街であった。


 そしてジム・ホワイトが最後の部下として指名したのがミチコであった。

 ジム・ホワイトに諜報員の全てを学んだミチコとしても、東京は、やりがいのある街であった。


 ジム・ホワイトはミチコに、本当に人生最後のお願いをした。

 それはミチコに自分の骨を拾ってもらい、日本の土に帰してもらうことであった。

 CIA諜報員というものはその秘密性ゆえに、例え死んでも名も残らず、悼む人もなく、弔われることもなく、報われない人たちである。


 ミチコはホワイトと最後の数か月を共に過ごすことに、人として存在する意義を見つけ「私をあなたの妻にして下さい」と願い出た。

 そして二人は広尾ガーデンヒルズというマンションに居住することとなった。


 広尾ガーデンヒルズはCIA東京支部がある星条旗新聞社とは約500メートルで、歩いて行けた。また優れた医療技術を持つ日赤病院が目の前に会った。

 病の体を労わりながら暮らす身にとって、広尾ガーデンヒルズは最適な場所であった。


 だがジム・ホワイトがここに住めたのはわずか三日であった。病状が悪化したホワイトは日赤病院に入院することとなった。


 ここでホワイトはミチコに、自身が未だ終えていない仕事の継続を委ねた。

 それは10年前、今はボストンにいるが、キャンプ知念時代に部下だったトーマス・シンプソンから、段ボールが送られてきた。

 そしてその三日後にトーマスは行方不明となった。

 その段ボールを開いてみると、大部分はロシアに関係するものであったが、一部にミチコと弟のトーマスにも関連することが書かれていた。


 それは、トーマス家の隣に住むマリアという女性と、自分が不倫関係になったことで、マリアはジョージィという娘を連れて、ニューヨークに移転することとなった。

 その後マリアは菊池章一郎という日本人と結婚したが、その菊池章一郎が支店長を務める三星大洋商事は、ロシアとの関係が深く、この会社を調査中であると書かれていた。

 その他にも沢山の調査情報が入っていたが多分、自分の身に何等かの危険を感じ、調査の過程ではあるが、出来上がった分をホワイトに送ったものと思われた。

 そしてトーマスは行方不明となった。トーマスはミチコの父である。スコットは腹違いの弟である。二人は父が行方不明となった真相を知りたいに違いない。


 そしてホワイトはベセスダに出向することとなった。ベセスダとニューヨークとは、バスで日帰りができる距離である。

 そこでホワイトはベゼスダに家を借り、そこでスコットと会うことにした。

 電話を掛けて「トーマスから預かった資料を君に帰したい」と言い、ベゼスダでスコットと会った。


 父が書いた報告書を読んでスコットは、ジョージィが東京にいるかも知れないと思った。何とかして東京に行きたいと思い、ホワイトがいる東京に電話を掛けると、ミチコという人が出て、「私はホワイトの妻です。ホワイトは入院しました。あなたと話したいことがあると言ってます」と言われた。


 金をかき集めて東京に行き、入院中にホワイトと会った。だがホワイトはミチコに看取られて亡くなった。


 スコットはミチコの言う通リ、ヴォルター・ハルシュタインという名前でホワイトが借りたベセスダの家に住むこととなった。

 だがこの家は爆破された。実はヴォルター・ハルシュタインという名前は、CIAがよく使う手で、架空の人間が必要になった時に使う名前であった。


 ホワイトがギャリクソン&ガリクソン社の内部のスパイを焙り出すときに使った、首「切りアドルフと、ヴォルター・ハルシュタインという秘書が来ます」

 と社内報に書いたあの、アドルフ・シュタイナーも、ヴォルター・ハルシュタインも、どっちも架空であった。


 ただ、ホワイトが借りた家が爆破された前日、ヴォルター・ハルシュタインという人の家が爆破され、焼死体が発見された。

 これはたまたま実在するヴォルター・ハルシュタインさんが被害に合った。

運悪く、間違われて死んだヴォルターさんには、気の毒という他はない。

 だが犯人は間違いに気づき、翌日には架空のヴォルター・ハルシュタインの家を爆破した。

だが架空のヴォルター・ハルシュタインこと、スコットはすでに、ニューヨークの寮にいた。二度も間違って爆破した犯人にはお疲れ様という他はない。


 だが翌日には川崎で、外務省の伊地知邸が爆破された。ギャリクソン&ガリクソン社のスパイは逮捕されたが、三件の爆破事件の犯人は未だ捕まっていない。

 ミチコは行方不明の父と関連があると睨み、調査を開始した。しかしそれはFBIの領域である。川崎の事件は日本政府がもみ消しを計っていた。

ミチコは味方も敵にして、敵も懐に引きずり込むCIA流のやり方で、本当の犯人探しに乗り出した。


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