XIX 幻に終わった密輸計画 

「伊地知、お前の家が爆破されたんだってな。気の毒に」

「何を言ってんだ。気の毒そうな顔なんかしてねぇじゃないか」


「これは地顔だ、レインみたいに直す訳にはいかないんだ」

「レインは地がいいから直せば映えるんだ。お前は直したって映えやしねぇ」


「それはお互いさまだ。それよっか、住むとこは決まったのか」

「公務員住宅に住むことになったけど、金が掛かってしょうがねぇや」


「何を言ってんだ。公務員住宅ってのは安くて有名じゃねぇか。知ってんだぞ」

「民間のマンションよりちよっとは安いけどな」


「何がちょっとだ。国家公務員は一般公務員よりもっと安くて、平均2万5千円だろ、俺のマンションなんか15万も払ってるのに広さは半分だ」


「2万5千円じゃねぇぞ。2万7千円だ。さっきの発言は撤回しろ」

「予算委員会で質問してんじゃねぇからな、撤回も訂正もする気はねぇな」


「しょうがない今日だけは許してやる、ありがたく思え」

「お見舞いの代わりに今日はこれだけにしとくか」


「見舞いは現金以外は要らないぞ」

「なんだ、今日は焼酎じゃなくてワインを奢ろうと思ったけど、やっぱり焼酎だな」


「嘘いえ。この前だって割り勘だったじゃないか」

「まあいいから飲めよ」


伊地知の家が爆破されたことで、外務省は衝撃を受けた。だが、事件はガス漏れによる事故とされ、アメリカからの電話で遠隔操作されて爆発したことは、政治的判断で極秘とされた。

それは諸外国が、CIAが関与していると判断するのを避けるためで、やむを得ない措置であった。


CIAは大統領直属の機関で、議会にも計らずに行動する権限を与えられている反面、

成り行きによっては大統領の立場にも影響することがあり、日本政府は神奈川県警に捜査の中止を指令した。


だがこれで、伊地知が原島に提案した、中東の国への武器輸送計画は不可能となった。

「伊地知、お前のせいで俺が立てた計画はオジャンになっちまったぞ。責任とれよ。

「俺の責任じゃねえって言ってるだろ、榊原の責任だ」


「榊原はボスロフにしゃべったことがバレなくて得したけど、俺は大損だ。せっかく作った計画が無駄になっちまったじゃねぇか」


「じゃあ何か?計画はできてたのか」

「もちろん出来てるわ」


「ちょっと見せてみろよ」

「冗談じゃねぇ、実現してたら億の金になる計画だ、簡単には見せられねぇな」


「俺が言ったから出来たんだろ。権利はあると思うけどな」

「じゃあ、口で言うから聞いてろよ」


「よしいいだろ」

「先ず、横浜港から自動車運搬船に、日産のスカイラインを積んで、ロングビーチを目指す」


「どうして日産スカイラインなんだ」

「名古屋港からトヨタランドクルーザーを積んでもいいぞ」


「ランドクルーザーはアメリカで現地生産してるから、名古屋港からは運んでないぞ」

「じゃあ広島港からマツダカペラだな」

「マツダカペラはズーット昔に生産中止になってるぞ」


「黙って聞け。要するに車なら何でもいいんだ。とにかく船にいっぱい積んで、アメリカの港で下ろしたら、空になった船にアメリカの農機具を積んだことにして、実際はコンテナに隠したミサイルをいっぱい積んで、今度はインド洋を通ってサウジアラビアに向かう。サウジアラビアへ行くには、ソマリアの沖を通るだろ」


「おい、原島、そこは危ない海域だろ」


「そこが狙い目だ。インド洋にはソマリアの海賊がウロウロしてるから、海賊に扮したアメリカの海軍の兵隊が船に乗り移り、乗組員5人くらいを人質にして、船に発煙機から煙を出してボートに乗り移る。つまり船に火をつけて人質を確保したように見せるって訳だ。この様子は衛星写真に写るから、世界中が信用する。


今度は残った乗組員を救助する名目で、カタールのアル・ウディ基地からC130輸送機を飛ばし、先ず大型のゴムボートを海に落とし、次に落下傘で降りた兵隊がボートに乗って、船に乗り移る。そして消火活動のふりをして、煙が消えたら船の方は成功だ。


今度は人質となった乗り組み員と、海賊役の兵隊はオンボロのボートで未だ陸に向かってるから、それを海上自衛隊の機雷掃海艇が救助する。


するとミサイルを積んだ船は無事、オマーン湾を通って、クウエートのシュワイフ港に入港して、コンテナに積んだミサイルは日本と友好的なクウエートの通関を難なく通過して、あとは陸路、中東のあの国へ向かう」


海上自衛隊の掃海艇に救助された乗組員はほとんどがフィリピン人だから、日本はフィリピン政府からも感謝され良いことずくめだ」


」お前が立てた計画にしてはまあまあだけど、成功の確率は低いな、俺ならもっと上手い方法を考えるな」


「これ以上に上手い方法があると思うか、実行できなくなったからそんなことを言えるんだ。この計画をボスロフに持って行ったらどうする。ボスロフなら外務省がダメだと言っても必ず実行するぞ、さあ決断しろ」

「何を決断するんだ、こんなクソみたいな計画は、ボスロフミートボールの中でも一番安い廉価品だ。売れたって儲けなんか出やしない。さっさと引っ込めろ」


「あのな、安い品と廉価品は同じ意味だ。よくそれで国家公務員試験に受かったな」

と詰り合いもひと段落付いて、原島は自分のマンションと愛子が心配になってきた。

もしあのマンションが伊地知のように爆発したら…………と考えると、電話もできなくなった。

「おい伊地知、俺は家に帰る。ここはお前が払っておけ、じゃあな」

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