XVI 歌舞伎町の焼き鳥屋

「今日は折り入ってお願いにまいりました。聞いてもらえますか」

「お願いですか…………さて、私にできることがあるのでしょうか」


「私は北米局内で起きている問題を率直に申し上げます」

 と、外務省北米局の伊地知は原島に、極秘の話を切り出した。


「先週DOS(アメリカ国務省)からある件について問い合わせがあリました。

 それは、中東のあの国に関することです。あの国で内乱が起きていることはご存知ですね」

「そのようですね。新聞で読みました」」


「新聞よりも先に知ってたんじゃないですか。原島さんはあの国のハッサム皇太子とお会いになりましたね」

「ええ、会いました。よくご存知ですね」


「言ったじゃないですか、外務省というのは結構付き合いが多い商売だって」

「そうでしたね。じゃあ伊地知さんも接待があれば、ギャルソンクラブにも行くんですか」


「とんでもない。私は接待はお断りしています。接待とか付き合いじゃなくて自腹で何回も行ってますよ」

「それはよかった、伊地知さんはそういう遊びはしない人だと勝手に思い込んでましたので」


「人間は 「食欲、睡眠欲、性欲」の三大欲で生きていると言われています。

男も女もニューハーフも同じ三つの欲で生きています。一皮向けば一億人みな同じです」


「それじゃあ、一億人の欲望のために乾杯でもしましょうか」

 「いいですね」ということで、原島と伊地知は欲望が渦巻く街、新宿歌舞伎町で、一億人の欲望と幸せを祈念して、焼き鳥屋で焼酎を飲むこととなった。


「おい伊地知、さっきお前が言ってた外務省の極秘って何のことだ」

「そんなこと言ったかな」


「俺は酔っぱらったって、大事なことはちゃんと覚えてるぞ、全部言っちまえ」

「じゃあ、言うけどよ、俺んとこの局長は綺麗な姉ちゃんに弱くて、何でも言っちまうんだ」


「困った局長だな、具体的には何があったんだ」

「お前の彼女も関係してるからな、怒るなよ」


「愛子のことか、愛子が何に関係があるんだ。言ってみろ」

「愛子はボスロフの秘書だろ」


「そうみたいだな」

「じゃあ、ボスロフミートボールは知ってるな」


「ああ、いろんな情報を詰めて団子にしたものだろ」

「そうだ、いい情報が入って味のいいミートボールは高く売れるけど、安く売ってるのはほとんど偽情報だ。

 ボスロフは高く売るために、通産省とか文部科学省の局長クラスを接待して、情報を集めてるけど、愛子がいるとポロッと、喋ってしまう局長がいるので、必ず愛子を同席させてるんだ。

 ボスロフが屋形船に俺んとこの局長を招いたとき、局長は愛子にメロメロになって、大事なことを喋ってしまったんだ」


「大事なことってどんなことだ」

「それはロシアが中東のあの国の反政府軍に無償で武器を送り、クーデターを起こさせようとしてるのをCIAが察知して、大統領に報告したことをクレムリンが知ってたんだ。

 CIAとホワイトハウスの通信は絶対に漏れることはないので、漏れたとすれば情報を共有してる友好国しかないと睨んだCIAは、イギリスとカナダと日本に、それぞれ違う偽の情報を流したんだ。

 そしたら日本に送った偽の情報がその日のうちに、駐日中国大使館から北京の中国共産党本部に流れてたのが確認されたので、星条旗新聞社の中にあるCIAの高官が、俺と課長の熊倉を呼びつけて「情報が漏れた原因を調べて報告して下さい」と、申し付けがあったんだ。

 そこで俺が調べたら、ホワイトハウスから偽の情報の提供があった日に、俺んとこの局長の榊原が駐日中国大使と会ってるのが分かったんだ]


「じゃあ榊原が犯人で間違いないな」

「そうだと思うな」


「これを知ってるのはお前と課長の熊倉だけか」

「今のところ二人だけだ。ただちょっとな」


「ただ、どうしたんだ」

「星条旗新聞社から外務省に帰る時に乗ったタクシーの運転手がロシア人だったので、わざと、ロシアとか、CIAとか言って、俺と課長の熊倉が外務省の北米局の所属であることを匂わせたら、その運転手は『かおたんラーメンの前にいるからまた乗って下さい』と言ったので次の日俺一人で乗って、中東の国の話をしたらヤツは『ニタッ』と不敵な笑みを浮かべて、ハッサム皇太子とレイン、という名前を口にしたので俺は『レインってなんですか?』と聞いたら『レインとは皇太子のこれですよ』といって小指を立てやがった。レインなんて新聞にもどこにも書いてないし、ハッサム皇太子が同性愛者だなんてことは国家機密だろ、分かったら死刑もある国だからな。

 それで俺はこの運転手は只のネズミじゃないな。ひょっとしたらKGBかもしれないな、と思って泳がしてるとこだ」


「その運転手の車にはまだ乗ってないけど、俺も探してたとこだ。レインもヤツがKGBだと睨んでんるんじゃないかな、女の感は鋭いからな、ヤツは間違いなくKGBだ」


「レインはニューハーフだぞ」

「男も女もニューハーフも一皮むけば、三つの欲で出来た同じ人間だ、と言ったのはお前じゃなかったかな」


「まあいいじゃないか」

「ごまかすな、この野郎。ところでよ、俺へのお願いってヤツをまだ聞いてないぞ」


「あのな、お前は漁船を使ってロシアに禁輸品を運んだだろ。幾ら儲かったんだ」

「俺はそんなことはしてないぞ」


「しらばっくれるな、俺は全部知ってるぞ。いいのか公安が動いてんだぞ。お前の逮捕はもうすぐだ、覚悟しとけよ」

「おい俺を脅かす気か」


「俺は脅しなんかしねぇけど、公安は許さねえだろな。だけどよ話し次第では公安に手を回して許してやってもいいぞ」

「一応念のため、聞いておこうか、言ってみろ」


「アメリかは中東のあの国の政府軍に武器を供与して、ロシアと中国が中東に進出するのを阻止したいけど、世論がうるさくて、実行できないでいる。だからお前がアメリカの代わりに上手い手を考えて、あの国に武器を送ってくれないか」


「俺がアメリカの代わりにやるのか」

「そうだ、でかい仕事だろ。成功したら金はどっさり入るし、お前は西側の英雄だ」


「失敗したらどうなるんだ」

「ロシアと中国から狙われるだろうな」


「武器ってのはどんなものだ」

「ヘリコプターとか、地対空ミサイルなど、武器なら何でもOK だ」


「じゃあ、でっかい船が要るな」

「お前が北方四島で使った漁船に積めないのは確かだな」


「面白そうだな……………」

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