XV 胸に押し込んだジョージィの写真 

 9月。スコットの大学生活最後の9か月が始まった、これから6月の卒業まで何もかも忘れて努力して、東京にジョージィを連れ戻す旅に出る。障害は何もない。

 ところがギャリソン&ガリクソンからの振り込みがピタッと、止ってしまった。

 三井住友銀行のATMは、ボタンを押すだけで金が出て来る打ち出の小槌のような存在だった。


 ただ座っているだけで金が入って来ることが、異常だとは分かっていても、やっぱり金は欲しい。


 ミチコに電話を掛けて、何とかお願いしてみようと思ったが、ミチコからは掛かってくるが、ミチコは電話番号を教えてくれなかった。そもそも、ミチコは何処にいるのかさえも分からない。それなのにハスラーを愛読していることはちゃんと知っていた。ミチコはまるで「くノ一」だ。


 三か月前、ミチコに言われて掛けたギャリソン&ガリクソンの人事部から「あなたは今日からギャリソン&ガリクソンの社員です。手続きは要りません」と言われた。

 それなら俺はギャリソン&ガリクソンから、給料をもらう権利があるはずだ。

 よし、こっちから掛けてやろう。スコットは寮の電話を使い、212 ・・・・・・・とボタンを押した。


 そこでふと思った。確かベセスダの市外局番は301のはずなのに、ミチコから貰ったこのメモには 212 ・・・・と書いてある。

 212はベセスダではなく、ニューヨークの市外局番だ。ギャリソン&ガリクソンの人事部はニューヨークにあるのだろうか?


 ちょっと妙な気がしたが、そのまま 212 ・・・ ・・・・ と10桁のボタンを押した。するとどこかに繋がったのは確かなのに、何も言わず無言であった。

 いつまでもそのまま待っていられなくなって切ろうとしたとき「名前をどうぞ」と、女性の声がした。

 ここで少し迷った。本名のスコット・シンプソンというべきか、ミチコに言われてベセスダで使っていたヴォルター・ハルシュタインにすべきか、少し間があったので相手の女性は怒ったのだろうか「切りますよ」とややきつい口調で言った。


「ヴォルター・ハルシュタインです」と言うと「本当ですね、間違いないですね」と念を押すように聞かれた。

「はい、間違いありません」というと「ちょっと待って下さい」と言い、また待たされた後、男の声がして「今一人ですか」と聞かれた「はい一人です」と言うと「今から迎えに行きます」と言って切れてしまった。


 迎えに来てくれなくたって呼べば行くのにと思った。それにどこにいるのかも聞かないで、居場所が分かるのだろうか。


 すると30分くらい経った時、黒い大型のバンがやってきて、寮の前に止めると三人の男がドカドカと上がり込み、ノックもせずにドアーを開けると二人の男が両脇を押さえ、後ろには銃を持った男が立って、強制的にバンの後部席に押し込められた。どこを走っているのかも分からないまま30分くらい走ると、バンはビルの地下に下りていった。地下は駐車場になっていて、一番下と思われる階で止めると、エレベーターに乗せられて、今度は20階まで昇ったところで降ろされた。


 20階のフロアには沢山部屋があって、その中のBRSSと書かれた部屋に入れられて、ようやく二人の男から両腕を解放された。

 窓を背に男がいて、真向いに座らされた。窓からの光が逆光で男の顔はよく見えなかった


 男は「お前がヴォルター・ハルシュタインか、間違いないか」と言ったので「はい僕がヴォルター・ハルシュタインです」と言うと男は写真を取り出して「これがヴォルター・ハルシュタインだ、お前は誰なんだ」と言った。


 その写真には見たこともない男が写っていて「ヴォルターは爆発事故で死んでいる。お前は誰に頼まれてヴォルターになりすましてるのだ、こいつか」と言ってもう一枚の写真を取り出した。

 そこには60歳くらいの女性が写っていて「この女はミチコ・ホワイトといい、ロシアの諜報員だ。俺たちはこの女を探してる。居所を知ってたら、ここで言え!それともお前もこうなりたいか」と言ってベセスダの新聞と、もう一枚の写真を見せられた。


 新聞には一週間前の爆発事故のニュースと、全壊した家の写真が載っていた。

 もう一枚の写真には目を背けたくなるような、焼死体が写っていた。

 男は「これが死んだヴォルター・ハルシュタインだ。もう一度聞く。お前はミチコに頼まれてヴォルターになりすましてるのだろ、違うのか!」と聞かれたが、本当のことは自分でも分からなくなってしまった。

 もう分かっているだけのことは全部言ってしまおうと、これまに起きたことは全部話すことにした。


「はいミチコという人から頼まれました。だけどミチコという人はこの写真の人ではありません。もっと若い人です」

「具体的に言え。何歳くらいだ」


「30歳くらいと思います」

「ミチコの他に誰かと会ったか」


「ジム・ホワイトという人に会いました」

「これがジム・ホワイトだ。これで間違いないか」と言ってまた写真を見せられた。

 スコットが会ったジム・ホワイトとは、歳も若く全く違う顔であった。


「いいえこの人ではありません、僕が会ったジム・ホワイトという人は、プロレスラーみたいな大きい人でした。でもその人はもう死んでいます」


「お前の話が本当だとすれば、お前が会ったジム・ホトとはここれだろ」と言って、今度はパソコンの画面を開き、パタパタと名簿のような画面の中から一枚を大きく開いた。

 そこには顔写真と経歴のようなものが写っていて、それは確かにスコットが会ったジム・ホワイトであった。

「そうです。この人です」


「そうか、分かった。お前の話を信用しよう。俺たちはお前が会ったミチコではなく、本物のミチコを探してる。本物のミチコは60歳のロシアの諜報員だ、夫のジム・ホワイトもロシアの諜報員で、確認はしていないが死んでいると思う。お前にはまだまだ聞きたいことがあるからニューヨークを離れるな。以上だ何か質問はあるか」と言ったので質問してみることにした。


「すみません、ここは何をするところですか」と言うと「お前には協力してもらうから特別に教えてやる。ここはFBIのハドソン支部で、お前が会ったミチコはFBIの捜査員だ。内部ではMJと呼んでいる。

 夫のジム・ホワイトと言っていたのもFBIの捜査員で、MSと呼んでいる。

 以上で質問は終わりだ」」と言って、椅子をくるりと回して背を向けてしまった。


 スコットはまた車に乗せられて寮に帰された。車の中で右脇に座っていた男が「いいか今日のことは誰にも言うな、言ったら何が起こるか分かるだろ」と言って、写真を見せた。


 そこにはジョージィが写っていた。顔はよく見えないが、男が横に並んでいた。

 隠し撮りのような写真だったが、ジョージーは幸せそうな顔で微笑んでいた。


 その男に無性に怒りが湧いてきた。今ここにいたら、殴り殺してやりたいと思った。

 男は「俺たちにできないことは何もない。ジョージィを取り戻すことができるのは俺たちだけだ。ただし、俺たちに協力すればだけどな」と言って、ジョージィの写真をスコットの胸のポケットに押し込んだ。

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