Ⅺ 星条旗通リのラーメン店

 東京のど真ん中にアメリカ軍の基地がある。場所は港区赤坂で星条旗新聞社という。新聞社となってはいるが運営しているのはアメリカ国防総省で、ここはアジア各地に展開するアメリカ軍の指令部と、情報を収集分析するCIAのアジア支部である。これほど重要な施設であるが、ほとんどの日本人にはその存在を知られていない。


 正面ゲートがある通リは星条旗通リといい、この施設の名前が付いている。

 星条旗通リは外苑西通りと外苑東通リを結ぶS字型の道路で、車の通行はあるものの、五行というラーメン店以外はほとんど店もなく、やや薄暗い道である。

 外苑西通りを挟んだ向かい側は青山墓地で、墓地の南側の入り口には「かおたんラーメン」という店がある。


 かおたんラーメンの外観は終戦直後のバラックというか、東南アジアのどこかの国の貧民街にある家のように見える。だが美味しいという評判で、客足が絶えることはない、


「殿下、ここよ。ここでラーメンを食べようよ、味は私が保証するから大丈夫だよ」

「本当か、こんな汚い店は俺の国にもないぞ、俺も一応は皇太子だからな、胃袋は大切にしてるんだ」


「分かんない人だね、大丈夫だってば」


 住友ビル49階のギャルソンクラブが跳ねたあと、ハッサム皇太子とニューハーフのレインはホテルに入る前に、かおたんラーメンを食べて、精力を補充した。


 ロシアの諜報員イヴァンはこの様子を見届けて、自分は星条旗通リの五行ラーメンを食べ、精力を補充して西麻布のアパホテルに向かった。

 アパホテルにはロシア大使館職員のナターリアが待っていた。


「あんた遅いわね。何をやってたの」

「悪いな、これで機嫌を直せよ」と、イヴァンは包を取り出した。


 ナターリアが開くと、包の中には下着の上下セットが入っていた。

「何よ、これは中国製じゃないの、こんな物要らないわ」

「変だな、これはバーニーズニューヨーク新宿店で買ったんだけどな」


「嘘をおっしゃい、私が今着けてるのがバーニーズヨークの下着だよ」


「悪かった、本当は SHEIN で買ったんだよ」

「そうだったのごめんね、本当は私が付けてるのはTEMUなのよ」


 * SHEINとTAMUはどっちも中国の通販会社で。値段の安さで売り上げを伸ば  

 し、愛用者は世界中にいて、売り上げはアマゾンを凌ぐほどである。


 港南中央物産のオフィスにニューヨークのデパートから、原島宛の小包が送られてきた。 

 開けてみると、女性用の下着セットが入っていた。

 送り主はメリーランド州ベセスダ市 ヴォルター・ハルシュタインとなっていた。


「あのクソ野郎め、俺にこんな物を送りやがって、どういうつもりだ」

「原島さん何をモソモソ言ってるの。あら、素敵な下着じゃない。彼女に贈るつもりなの?」


「冗談じゃない、こんなど派手な下着を彼女に着せられるわけがないだろ」

「でもニューヨークのデパートの品よ、捨てるのは勿体ないわ」


「じゃあ奈津美さん、君にあげるよ」

「でもそのサイズは私には大きすぎるわ、巨乳の人向きよ」


「じゃあ誰にやればいいんだ」

「あの人にあげたら?」


「あの人って誰のことかな?」

「この前みたわよ、カフェのテラスで原島さんにオッパイを見せてた人よ」


「えっ、奈津美さん、君はあそこにいたの?」

「いたわよ、全部見てたわ。あの人は巨乳だったから、ピッタリよ」


「じゃあリムジンに乗ってた人も見えた?俺は見えなかったけど」」

「見えたわよ、あの人はアラブの国の皇太子よ、女性週刊誌に載ってたわ」


「よし、俺もギャルソンクラブに行って、あのニューハーフにこれをプレゼントしようかな」


「ギャルソンクラブって、住友ビルにあるニューハーフパブでしょ、うちのビルの近くね、行ってみたいと思ってたとこよ。私をギャルソンクラブに連れてって」

「どっかで聞いたような気がするな……私をスキーに連れてって、じゃなかったかな」という訳でスキーはともかく、原島と奈津美はギャルソンクラブに行くことになった。


◇◇◇◇


 かおたんラーメンにハッサム皇太子が来ることを確認したロシアの諜報員イヴァンは、皇太子が来日する度に見張ることにした。

外苑西通リの青山墓地周辺は「タクシー待機調整場」といい、一般車両は駐車禁止であるが、タクシーだけは何時間でも駐車できる。


 タクシーはメーターを回送にしておけば二種免許がなくて運転できるので、イヴァンはあるタクシー会社から廃車寸前のタクシーを借りて、自分で運転してかおたんラーメンを見張ることにした。


 ある日、外苑西通リに向かっていると、星条旗新聞社から出てきた二人の日本人がイヴァンのタクシーに、回送であることに気付かずに手を上げた。


 イヴァンは咄嗟に考えた、この二人の日本人は、国防総省の誰かと会っていたに違いない。何かうまい話しが聞けるかも知れないと思い、メーターは回送のまま二人を乗せることにした。


案の定「外務省までお願いします」と言った後、仕事の話を始めた。


「うちの局長はボス ロフに一体何を話したんでしょうね」

「あれかも知れないな」


「ロシアが欲しがってるあれのことですか」

「そう、あれだと思うな」


「じゃあ、どこの会社が引き受けると思いますか」

「俺は港南中央物産だと思うな、あそこはロシアとの取引が多いからな」


「そうですね、局長はまたボスロフと会うんでしょうか」

「俺はこれからも会うと思うな、何しろうちの局長は菊池愛子の前ではメロメロで、何でもしゃべっちまうからな」


「大佐もそれに気付いたんでしょうか」

「そうだと思う、だから俺たちに『気を付けるように』と、言ったんだと思うな」


「じゃあ港南中央物産の原島の動きには要注意ですね」

「そうなんだ、原島は公安の話ではこの前、西麻布の権八で外人と会ったらしい」


「公安も目を付けてるんですか。じゃあ間違いないですね。その外人というのは分かってるんですか」


「ヴォルター・ハルシュタインという名前だからきっとドイツ人だな」

「ドイツ人ならこの前まで駐日ドイツ大使館にいた駐在武官のハインリッヒが今、ベルリンにいますよ。何か知ってるかも知れませんね、聞いてみましょうか」


「それもそうだけど、そうしたらうちの局長のことが全部分かっちまうだろ。そうしたら俺たちも巻き添えだ」

「じゃあ知らんぷりをしときましょうか」


「うんそうだな」」と言ったところでタクシー外務省に到着した。


「運転手さん料金はいくらですか」


「しまった、メーターを入れるのを忘れてました」

「じゃあどうしましょう。千円くらい払っておきましょうか」


「いいえ大丈夫です。もしよかったら私はいつもかおたんラーメンの前にいますので、また乗って下さい」


「分かりました。次は運転手さんの車を探しますのでよろしくお願いします。

 ところで運転手さんは日本に来て何年になるんですか」


「はい私は日本に来て10年になります」

「そうですか、どうりで日本語も上手だし、道もよく知っているんですね。ご苦労様でした」


官僚の二人は外務省の中に入っていった。







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