Ⅹ 住友ビル49 階のニューハーフパブ

 7時を回り今日の仕事もひと段落付いた。原島はツインタワーのオフィスを出ると、ジョージィと待ち合わせの場所となっているコーヒーショップに向かった。

 九月になっても残暑は続いていた。少し涼しい風が吹くテラスの席は全部埋まっていた。ジョージィは後からくることになっていたので中で待とうと思い、ガラスのドアーを引くと「どうも」と言って、一人の女性がスッと中に入っていった。


 原島本人が意識したわけではないが傍からみると、カップルの男性がドアーを開け、恰好よく女性をエスコートしているような感じであった。

 すると「素敵だわ、あそこがキュンとしちゃった」と誰かから言われた。

 振り向くと、テラス席にいた女性が「ここに座りなさいよ」と言って、置いてあったバッグを持ち上げ、椅子を空けてくれた。


 さて、この人は誰だったろうと考えていると「私よ、レインよ」と言ったが思い出せなかった。

 するとその人は回りの目を気にするふうもなく、洋服の胸元を開き、乳首が見えるほど胸の膨らみを出して「これを忘れたの、薄情な人ね、全く」と言った。そこには蠍のタツゥが彫ってあった。


 さてな、誰だったかな、と、考えてみたがそれでも思い出せなかった。

 すると店の前に大使館の旗が付いた黒いリムジンがやって来て、運転手がドアーを開けた。そこにはアラブ人らしき風貌の男が座っていた。

 すると女性は「迎えが来たから行くわね、今度来てちょうだいね、約束よ」と言って名刺を置いて行った。


 名刺には「ギャルソンクラブ レイン」と書かれていた。

 ギャルソンクラブとは、新宿西口にそびえる住友ビルの49階にあるショーパブで、ニューハーフショーを見て、豪華な食事が楽しめる人気の店であった。


 原島はギャルソンクラブという店の存在は知っていたが、ニューハーフの趣味はなく、行ったことは勿論、行く気もなかった。

 誰かと間違えたのだろうと思っていると、店員がその人の口紅が付いたグラスを下げて、席を作ってくれた。


 するとタイミングよくジョージィがやって来て、原島の横に座ると「今の人は誰なの?綺麗な人ね」と言って、窺うように原島の横顔を見た。

「おい誤解するなよ、知らない人だよ」

「ほんと?知らない人が胸を見せるの?」とまだ信用していないようなので「触ってないから分からないけど、あれはシリコンで膨らました偽物だ」と、疑いを晴らすのに躍起になった。


 店の中にはロシアの諜報員、イヴァンがいて、その様子をじっと見ていた。諜報員はここで菊池愛子(ジョージィ)が現れるのを待っていたのであった。


 諜報員はその様子から、菊池愛子(ジョージィ)と、ここにいる男とニューハーフは仲間でここを連絡場所にして、リムジンに乗った男と取引きをしているのだ、と踏んだ。


 イヴァンはリムジンに乗った男に記憶があった。中近東のある国のパーティーに出席したとき、大使から「我が国のハッサム皇太子殿下と、グレース妃殿下です」と紹介された。グレース妃殿下は元ハリウッドの女優で、ハッサムがアメリカの大学に留学中に結婚した。


 だがその結婚はアメリカは中間選挙のため、アサンマハ国王はアメリカから武器調達のため、ハッサム皇太子は同性愛者であることを隠すため、落ち目になったグレースは話題作りのためで、四者みんなにとって都合がいい結婚であった。


 その後ハッサム皇太子はグレースには一切手を触れず、同性愛者であることがばれるとグレースはどっさり金をもらい、サッサとアメリカに帰ってしまった。


 あのパーティーの時はイヴァンもロシアの大使館員の女性を「妻のナターリアです」と言って場を繕った。あのパーティーには婦人同伴でなければ、参加を拒否された。皇太子はきっと今日はどこかの国のパーティーがあって、シリコンでも何でもいいから詰め込んで、胸が膨らんでさえいればよかったのだろう。


 だがアメリカは元はロシアの顧客だった中近東のあの国を味方にするために、ハリウッド女優を出汁にして、武器を売っている憎いロシアの敵だ。許してはならないと、一層決意を固くした。


◇◇◇◇


 スコットがベセスダに住みだしてから三か月経った。最初のうちは何とか我慢をしていたが、段々とアレが溜って来て、新聞スタンドに行って雑誌プレイボーイを手に取った。だがプレイボーイは西麻布の権八の前で、原島が目印に使った雑誌だ。


 原島という男には散々コケにされた。あのクソ野郎め、お前になんか負けないぞ、とムラムラと対抗心が沸いてきて、プレイボーイよりハードが売り物の雑誌「ペントハウス」を買って意気揚々と引き上げた。   

 だがペントハウスで満足できたのも一週間であった。


 ついにスコットはよりハードで話題の雑誌「ハスラー」を手に入れた。

 どうだ原島、この雑誌が手に入るのはアメリカだけだ。お前が買えるのは大事な所をマジックで消したヤツだろ。俺のあれで汚れた中古品でよかったら、一部$100で送ってやるぞと、ペプシコーラを飲んで気勢を上げた。


 プレイボーイもペントハウスもそうだが、この手の雑誌には日本の男には買いにくい女性の下着やらなにやらを、注文するハガキが織り込まれていて、投函すると、ニューヨークの高級デパートから直送してくれた。

スコットは一番セクシーなランジェリーのハガキを切り取って、送り先は新宿のツインタワーの港南中央物産の原島にして、送り主は、メリーランド州ベセスダ市 ヴォルター・ハルシュタイン、と書いて投函した…………















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