Ⅵ スコットは東京へ ジムは天国へ

これより先は5年前に遡ることとする。 

ギャリソン&ガリクソンのCFO、ジム・ホワイトに入社を勧められたスコットは、本当に自分を採用してくれるのか確かめるため、ギャリクソン&ガリクソン本社の電話番号を調べてプッシュボタンを押した。すると聞こえてきたのは自動音声であった。

 機械が作った無機質な音に「アナタハダレデスカ ヨヤクハアリマスカ」と問われた。

 人間である自分が機械に答えなければならないのか、と思っているともう一度、

「アナタハダレデスカ ヨヤクハアリマスカ」と言われた。

 そこで自分は何課の誰に繋いでほしいのか一瞬戸惑った。

 すると5秒ほどすると電話は無言のまま、プツンと切れてしまった。

 改めてもう一度かけてみると今度は、ツーともカーとも応答しなかった。


 スコットは電話を掛ければ優しい声のオペレーターが出て「毎度ありがとうございます。こちらはギャリクソン&ガリクソンでございます。誰にお繋ぎしましょう?」と、言ってくれるものと思っていた。

 しかし、その考えは甘かった。


 じっくり考えれば分ることだが、ギャリクソン&ガリクソンは機密情報がいっぱいある防衛産業だ。

 何処の誰かも分からない電話に一々丁寧に応対していたら、いつのまにかアメリカの機密情報は、ロシアや中国やイランなどに盗まれてしまうに違いない。、

 とにかくギャリクソン&ガリクソンはしっかりした会社のようなので、電話が繋がらなかったことで逆にほっとした。


 だが採用してもらえるかどうかは分からないままだ。

 そこでジム・ホワイトに貰ったメモの番号に掛けてみた。すると時差の関係だろうか、寝ていたのを起こされたのを怒っているような女の声がして「どなたですか」と、ややぶっきらぼうに言われた。


 思わず「ソリィ」と言ってしまった。

 すると「あなたはアメリカの人ですか?」と今度は英語で聞かれた。

「はい、ニューヨークのスコット・シンプソンといいます。ジム・ホワイトさんと話したいのですが」


「あなたはジムとどのような関係ですか?」

「僕の父は沖縄でジム・ホワイトさんの部下でした」

「お父さんが沖縄にいたのですね。間違いないですね?」と念を押された。


「はい、間違いありません」

「そうですか、それならお話します。私はジムの家内のミチコといいます、ジムは先週入院しました。いろいろ話したいことがあると思いますので、できれば東京に来てジムの話を聞いてくれませんか」


「えっ、ジム・ホワイトさんは病気なんですか?」

「そうです、長くないかも知れません」


 スコットは驚いた。ジム・ホワイトと会ったのはつい一か月前で、元気そうだった。

 それにプロレスラーみたいに頑丈そうな体だった。

 そのジム・ホワイトが病気だとは信じられなかった。


「東京のどこへ行けばいいですか」

「広尾という所です。もし来てくれるなら、羽田まで迎えにまいります」


 父が沖縄でお世話になり、遺品を預かっていてくれた人がもう長くないといわれ、絶対に行かなければ、と思った。スコットは金になるものは全部売り払い、東京行きの飛行機に乗った。


 ニューヨークから偏西風に逆らって、東に向かった飛行機は、約15時間かけて羽田に到着した。

 迎えに来てくれたミチコという人は意外と若い人であった。せいぜい30才くらいに見えた。

 ジム・ホワイトの奥さんということで勝手にもっと、高齢の人かと思っていた。

 広尾に向かう車の中で彼女は「あなたはジョージィのことを知りたいでしょ」と言った。


 突然ジョージィのことを言われて驚いていると「あなたがジョージィを探していることはジムから聞いています。ジムと話しが終わったら、新宿のツインタワーというビルへ行くといいと思うわ。ジョージィを知ってる人がいるわよ」と教えてくれた。


 父がCIA 本部宛に書いた報告書の中に、ツインタワーというビルのことが書いてあった。

 ツインタワーには港南中央物産と、ボスロフ商会があって、ロシアとの関係について書いてあった。

 父がCIA に報告書を書いたのは25年前のことで、自分もジョージィも生まれていない。

 だがツインタワーは自分とジョージィに深い関係を持っていた。

 とすれば、父は25年後まだ生まれていない自分とジョージィが、結ばれることを

 まるで予見していたかのようだ。


 ◇◇◇◇


 ジム・ホワイトは広尾の日赤病院に入院していた。スコットを見ると「実は君と会ったベセスダの家で25年前まで、私は君のお父さんと仕事をしていました。

 あの家はCIA の持ち物で、いずれは君があの家で仕事をすることになると思います。ですがその前に頼みたいことがあります」


 CIAの持ち物と聞いて合点がいった。あの家には家具とかは何もなく、人が住んでいるようには見えなかった。ただのCIAの連絡場所だったのだろう。


「頼みたいこととは何ですか」

「私はCIAの職員のまま、ギャリクソン&ガリクソンのCFOを務めていました。

 しかし、ギャリクソン&ガリクソンの後任は決まりましたが、CIAの方は後任はいません、もし後任を作ればその人はきっと、私のことをロシアに売るでしょう。

CIA とはそういう組織です。そうすれば、喜ぶのはロシアです。だから私は死んだと知られたらまずいのです。

 そこで君はジョージィを連れてニューヨークへ帰った後、六か月間だけあの家に身を潜め、私が生きているように見せて欲しいのです。   


「何故六か月なのですか」

「六か月後の11月には中間選挙があります。ロシアのプーチンは選挙を利用して、トランプゲートを画策しています。私がいなくなったら本当にトランプゲートが行われ、アメリカの民主主義は大きな打撃を受けます。私は生きているように見せなければならないのです」


 *トランプゲートに付いては後述する


「CIAには後任はいないのですか」

「CIA本部にも本当のことは言えません。あの家に置いてあったものは全て処分しました。最後に残っていたのが君に渡したあの報告書です」


「ホワイトさんと僕では顔も体も全然違います、それでも替わりになるのですか

 」

「大丈夫です、CIAはお互いに誰のことも知りません。君はただあの家にいて、普通に暮らしていればそれでいいのです。CIA職員はみんなそうやって、普通の顔をしているのが仕事です」


「ジョージィのことはどうして知ったのですか」

「私はボスロフ商会のボスロフは、ロシアのKGBの諜報員だと睨んでいました。

 ところがロシア大使館の駐在武官がボスロフと、その秘書の女性をCIAの諜報員だと思っていることに気が付きました。

 そこで、その女性を調べてみると…………」と言いかけたところでホワイトは胸を抑え目を閉じ、息を引き取った。


 日赤病院のすぐ裏にある広尾ガーデンヒルズというマンションがジム・ホワイトとミチコの住居であった。

 日赤病院の近くにある天現寺という臨済宗のお寺で、ジム・ホワイトの妻ミチコとスコットの二人だけで、日本式の葬儀を行った。


 天現寺の隣には山王ホテルという米軍のホテルがあって、常にアメリカの軍人とその家族がいた。また広尾はアメリカ人が多い街で、その中の誰かはきっと来てくれると思ったが、誰も来てくれなかった。

 スコットはCIA職員の哀れな末路を見たような気がした。父のトーマスもきっと、こうして旅立って行ったのだろう。改めてジョージィと幸せな家庭を築きたいと思った。

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