Ⅴ 特殊車両工場に潜入せよ

 阪神大正輸送機工業の総務部人事課の主任に抜擢された奈津美に、初任務が与えられた。

 それは特殊車両工場のすす払いであった。

 この会社では人員整理のことをすす払いといい、規模によって、大仏のすす払い、

 金剛力士像のすす払い、阿修羅像のすす払い、と呼んでいた。


 今回は対象者が何名になるか不明だったので、仮に「如来菩薩像のすす払い」と呼ぶことになった。

 今回問題となったのは生駒山の麓にある第三特殊車両工場であった。


 この工場で生産していたのは軍用の装甲車であった。

 装甲車にもいくつかのタイプがあって、警察用のタイプA、自衛隊のタイプBと、海外向けのタイプCがあり、タイプCは鉄板の厚さが1センチ以上あって、戦車といってもいいような代物であった。


 このタイプCは中近東のある国に輸出されていた。ただ武器輸出三原則に抵触しないように銃座は取り外されて、替わりに放水ポンプが取り付けられていた。

 もっとも現地の組織がその気になれば機関銃でも、対戦車砲でも地対空ミサイルでも取り付け可能で、事実上の兵器の輸出であった。

 武器輸出三原則なんてザル法そのもので、ザル砲というべきか。


 ただ、装甲車は商品の性質上、厳重な管理の下で製造されていた。

 ところが半年前、「日本から送られて来たばかりの新車が砂漠の上で走行不能になり、そのせいで敵に撃たれて兵士が三人死んだ」と、輸出先のムハンマド皇太子から外務省を通じて苦情が来た。

 日本政府は「民間会社のやったことなのでうちは関係ありません」と聞き流すことにした。


 しかし、その後の商売を考えて、阪神大正輸送機工業は、現地に調査団を送った。

 その結果判明したのは、制御装置に本来使われていないはずの中国製半導体が一個、混じっていた。


 そこで、資材管理課と、納入業者を徹底的に調べたが、中国製の粗悪品が納入された形跡は見つからなかった。


 考えられるのは「完成後に誰かが意図的に、部品をすり替えた」ということであった。

 とすれば、最も怪しいのは大阪港から船に積んだあと、インド洋を通る長旅の途中に船員になりすました工作員が、すり変えたのではないだろうか。

 ところが、船の上では装甲車は裸ではなく、コンテナに収められていて、ワイヤーロープでガチガチに縛り付けられていた。

 それで犯人は社内の誰かということになった


 当該車両のシリアルナンバーをみると、製造されたのは8か月前の金曜日に最終検査を受けていて、検査員の田中のハンコが押してあった。

 だが半導体がすり替えらたかどうかまで検査することは不可能なので、田中は白となった。


 今までは出勤してきた社員は警備員のチェックを受けたあと、IDカードをかざしてロッカー室に入り、もう一度キーに社員コードを打ち込んで、生産ラインがある部屋のドア―を開ける方法を取ってきた。

 これだけ見れば十分な管理体制と言えるが、奈津美は敢えて、IDカードを廃止して昔ながらの物理的な鍵を穴に差し込む方法に切り替えた。


 ただしこの鍵は月曜日に出社したときに、社員証を見せて警備員から受け取り、金曜日の退社するときに、警備員に返すことにした。つまり、月曜日から金曜日までは社員は自分のポケットに鍵を持っているわけで、合い鍵を作ることも可能であった。


 しかし、この鍵には仕掛があった。それは見た目には普通の鍵だが、合い鍵を作ると本鍵は使用できなくなる特殊な加工が施されていた。


 この方法をとった週の金曜日が過ぎ、翌日土曜日に返却された鍵を検査してみると、案の定、一個の鍵に合い鍵が作られていた。

 鍵の持ち主は逢坂という男であった。


 翌週月曜日の朝、何食わぬ顔で逢坂に鍵を渡すと「鍵が合いません、中に入れません」と言ってきた。


 そこで待ち構えていた奈津美が「ちょっとあんた、こっちへ来なさい」と別室に呼ぶと、専務の及川と警察官が待っていた。


 全てを悟った逢坂は「日本橋の電器店街で知り合った中国人に頼まれて、合い鍵を作りました」と白状した。

「いくら貰ったのだ」と聞くと「5万円です」と認めた。


「中国人はその鍵で何をしようとしていたのだ」と聞くと「夜こっそり忍び込んで、半導体をすり替えると言っていました」

 「お前がすり変えたんじゃないのか」


「いいえ、僕は本物の半導体を持ち出して、中国人に渡しただけです」

「八か月前にはIDカードがないと入れなかったぞ、どうやって中国人は半導体をすり替えたんだ」


「あのときは泉と福島が中国人を手引きして、工場の中に入れました」

「中国人の目的は何だったんだ」


「はい、中国人は日本の半導体と同じ働きをする偽物を作って、テストをするためにうちの装甲車の半導体と入れ替えました。だけど砂漠で故障してしまったので、また新しい偽物をテストするため、僕にまた手引きして『工場の中に連れて行け』と言いました。ところがIDカードが廃止になったので、合い鍵を作りました」


「その中国人とはまた会うのか」

「はい、今日6時に心斎橋の上で会うことになっています」


 警察官が6時に心斎橋で待っていると、三人の中国人がやってきて、キョロキョロと、周りを見ていた。そこで職務質問をすると、三人のうち一人は道頓堀川に飛び込んで、逃げてしまった。だけど二人は逮捕できたので、大坂府警の面子は保たれた。


 取り調べで中国人は習近平主席直属の、中国国家保安警備室に所属する工作員であることを白状した。

 合い鍵を作った逢坂と、八か月前に中国人工作員を手引きした泉と福島は逮捕されて、事件は解決した。

 また、昔ながらの物理的鍵は廃止されて、元の近代的ICチップを組み込んだ、カード方式に戻された。


 何はともあれ、中国人工作員のミッションは奈津美の活躍によって解決した。

 ただ死んだ中近東のある国の兵士の遺族には日本政府から見舞金が送られて、国際問題に発展することはなかった。

 何はともあれ、中国人のミッションは奈津美の活躍で解決した。


 事件後、社内の逮捕者は逢坂と、泉と福島の三人と中規模だったので、報告書には仮の「如来菩薩像のすす払い」から正式に中規模の「金剛力士像のすす払い」に改められた。

 奈津美はこの功績により、主任から係長に昇進した。

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