Ⅳ キャンプ知念の秘密工作員

 スコット・シンプソンは大学時代、大変優秀な学生であった。両親は離婚してスコットは母のスージーと暮らしていた。だがスージーはスコットがジョージィと結婚する少し前に亡くなった。

 父のトーマス・シンプソンはもと国防総省の職員で、スコットが生まれる前は沖縄県玉城村(現南城市)にあったキャンプ知念に勤務していた。


 キャンプ知念は表向きは米軍の補給基地である。だが実際はCIAのアジアにおける拠点であった。

 これは今では周知の事実で、ペンタゴンペーパーズ事件と呼ばれるニューヨークタイムズの暴露記事によって、CIAの謀略が明るみになった。

 CIAの諜報員であることを秘密にしていたトーマスは、CIA を退官したようにみせて、アメリカに戻り、結婚してスコットが誕生した。


 だがトーマスは隣に住んでいた「マリア・ルスエフコフ」と関係を持ち、マリアは夫のルスエスコフと離婚して、娘のジョージィとニューヨークに去っていった。


 トーマスも妻のスージーと離婚して、その後は行方が分からなくなっていた。

 10年後、スコットはニューヨークでジョージィと再会し、結婚することとなった。そのときジョージィは19才、スコットは21才であった。

 だが結婚生活は愛だけでは続かなかった。 家計は苦しく、喧嘩が絶えなかった。

 やがて愛は冷め、ジョージィは学校を中退して、スコットのもとを離れて行った。


 ジョージィがスコットのもとを去って1年後、もと沖縄のキャンプ知念で父の上司であった人からスコットの父のトーマス・シンプソンが亡くなったという知らせがあった。


 その人はジム・ホワイトといい、「ギャリソン&ガリクソン」という会社のCFOであった。

 ギャリソン&ガリクソンはミサイルや人工衛星を生産する中堅の航空宇宙産業で、ロッキードマーチン、ジェネラルダイナミックス、ノースロップグラマンなどの大手企業に伍して技術力で渡り合っていた。


 ジム・ホワイトは電話で「君のお父さんは沖縄にいたころ、日本とアジアについて研究していて、その資料の一部は私が預かっています。

 私は引退することになったので、この資料は君が持っているべきだと思います。

 お渡ししたいので取りに来てくれませんか」と言った。


 母が亡くなり、ジョージィにも去られ、孤独な日々を過ごしていたスコットはせめて、父の遺品として父が書いたものを持っていたいと思い、ジム・ホワイトが住むメリーランド州のベセスダという街に行くことにした。


 ジム・ホワイトはベセスダの郊外に一人で住んでいた。大企業のCFOで引退を考えている年齢の人らしくない立派な体格で、プロレスラーみたいな感じの人だった。家の中には家具はほとんどなく、どうやって暮らしているのかと、不思議に思うくらいであった。


 ジム・ホワイトは「紙の資料は危険なので送ることはできませんでした。重たいですが持って行って下さい」と言って、アルミのブリーフケースを持ってきて「読んでみて分からないことがあったらここに電話を掛けて下さい。私は明日からここには居ませんので」と言って鉛筆で書かれた電話番号らしきメモをスコットに渡した。


 メモを見るとtokyo 03………と書かれていた。

「この番号は東京ですね。僕は少しですが日本語が分かります。子供のころから隣にいたジョージィという友達に、日本語を教えてもらいましたので」と言うと「そうでしたか。じゃあ今度は日本で会いましょうか。今渡したメモは来週から私が住む家の番号です」と言った後「ギャリソン&ガリクソンは日本語が分かる人が必要なので、卒業したら是非、我が社に入社して下さい」と、入社の勧誘をされた。


 ともかくニューヨークに帰り、資料に目を通してみた。しかし、暗号か何か分からない記号とキリル文字ばかりで何が何やらチンプンカンプンで、さっぱり分からなかった。

 ジム・ホワイトに電話を掛けるどころではない。

 掛けたとしても聞く質問自体が浮かんでこなかった。


 ただその中にTaiyo sanseisyoji(大洋三星商事)と、gorinseiki industry(五輪精機工業)と、syoichiro kikuchi (菊池章一郎)という名前が頻繁に出てくるのに気が付いた。

 菊池正一郎といえば、子供のころ隣に住んでいたマリアの夫で、妻のジョージィの父親だ。同姓同名ということもあるが、大洋三星商事は菊池正一郎がニューヨークにいたころ努めていた会社で、五輪精機工業は章一郎が日本に帰ってから社長になった会社であった。


 間違いない、自分の父はジョージィの父、菊池章一郎と、その会社のことを調べていたに違いない。

 これに気が付くと、他の部分も段々と分かってきた。


 その報告書は、菊池章一郎はココム(*)に違反して、五輪精機工業が作った機器を秘密裏にロシアに輸出していることを、CIA本部に通報する報告書であった。


(*)ココムとは「共産主義国家に先端技術商品を輸出してはならない」という西側

  先進国間の取り決めで、1994年まで存在した。


 ココムとか、CIAはともかくとして、ジョージィが絡んできたので、スコットは三日間寝ずに報告書を読んだ。すると、新宿のツインタワーにある港南中央物産という商社と、ボスロフ商会という名前も出てきた。


 更に読んでいくと、港南中央物産はロシアに禁輸商品を送り、巨額の利益を上げていることと、ボスロフ商会はKGBの別働隊であることも分かってきた。


 もう疑う余地はなかった。父は自分に「お前の手でこれをCIAに伝えて、ロシアと、不正な貿易をしている日本の商社をとっ捕まえろ」と言っているのだ。

だがそれは、ジョージィと血は繋がっていないとはいえ、自分の妻であるジョージィの父を追及することだ。


 それでいいのだろうか、自問自答してみたが答えられなかった。

 だがそれよりもジョージィが日本にいる可能性が高まってきた。

 一刻も早く日本に行って、ジョージィを連れ戻したい。しかし、日本に行くには金がかかる。


 試案の末スコットは、ジム・ホワイトが言ったギャリソン&ガリクソンに入社して、例え給料を前借リしてでも金を集め、日本へ行く決心をした。



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