第二章 元警備隊員の来訪

第68話 あるバイト門番の最終出勤日

 いつもの様にゲホゲホに舐めて起こされると、寝ぼけたままの顔で居間に向かい、ダラダラと朝食のパンに齧り付く。

 急いで支度を整えて、皆で歩きながら、事務所に向かう。

 事務所に着くと、時間まで永遠と他愛の無い会話を広げて、朝礼を迎える。


 そんな何でもないルーティーンが、今日で終わるとなると、一気に寂しさを実感させた。


「其の七、俺達が守り通す門には福来る!!」


「「「「俺達が守り通す門には福来る!!」」」」


 警備長の後に続き、安全七訓の唱和を終えると、いつもはここで終わる朝礼が、警備長の言葉で続いた。


「えー、……本日を持ちまして、カーマ・インディー、並びに、ゲホゲホインディーは、第三警備隊から不祥事により除隊になります。彼は、女子寮を放火しただけでは飽き足らず、覗き、尾行、痴漢のトリプルコンボを――」


「やって無いです!!」


「きゅう?」


「と言う訳で、カーマ。特別に時間を作ってやったぞ! 最後に挨拶せい!」


 警備長が、隣に来る様に手招きをする。

 俺は、呼ばれるがまま、貰った時間を使って、最後に皆に感謝を伝える事にした。


「えっと、ですね。……皆さん、短い時間でしたが、第三警備隊の一員になれて、幸せでした。本当にお世話になりました。俺は、半年前まで――」


「カーマ、ご苦労じゃったな」


「まだ、途中でしょうが!!」


「最後まで、うるさい奴じゃの。取り敢えず、仕事終わりにヤニー亭で送別会を開いてやるから、続きはそこでするといい」


「あ、ありがとうございます!」


「それじゃあ、各自、持場に着くように!」


「「「「「はいっ」」」」」


「ちなみに、送別会は強制参加じゃから、誰一人として欠ける事は、許さんぞ!」


「「「「「はいっ!」」」」」


 俺の送別会を企画してくれた警備長に頭を下げて、今日の持場である、正門に向かった。


 今日の正門は、セルド、ゲータさんと俺の三人と、ゲホゲホで回す事になっていた。

 正門に着くと、まだ、通行客で賑わう時間帯では無いのに、街の方から、大きな歓声が聞こえて来た。


「やっぱ、凄い人気だなー」


「セルド、さっきからあれは何だ?」


 歓声の正体を知っていそうなセルドに尋ねると、呆れた様な顔で答えた。


「何で、お前が知らねぇんだよ!」


「でも、無理もないんじゃない? カーマがこっちに来てから、出陣した事無かっただろうし、一般人には中々、見る機会も無いからね」


「そうか、もう一年振りになるのか……」


「だから、二人して何の話をしてんだよ! 勿体ぶらず、教えてくれよ!」


 俺は、肝心の所を教えない二人に、せがんでいると、ゲータさんが、徐々に迫って来る歓声に指を差した。


「見てよ、あの旗」


 ゲータさんが、指差した先に見えたのは、馬車に括り付けられた、大きなロムガルド王国の国旗だった。

 つまり、歓声の中、こちらに向かって来ているのは、ロムガルド王国を背負って立つ一団という事だ。


「あれが、カーマの転職先だよ!」


「えっ! ……て事は!」


 俺が気づいた時には、白を基調とする中に赤色の紋章が描かれた、見るからに高価そうな鎧に全身を包んだ騎馬の集団が、正門前に姿を現した。

 ざっと見ただけで、騎馬だけで百騎以上、後ろに続く、騎士団の歩兵の数は、千を優に超えるであろう。


 俺は、その一団の迫力に圧倒されていると、最前で部隊を率いていた騎馬に乗った騎士が、こちらに向かって来た。


「いきなり、驚かせて済まない。警備長は居るかな?」


「は、はい!」


 俺は、未来の上司に成り得る騎士様に、アピールする為に、警備長を探しに行こうとすると、お目当ての警備長は、既に、正門に顔を出していた。


「儂なら、ここに居る。それで、何処まで行く気じゃ?」


 警備長は、騎士団の偉いお方にいつも通りの口調で話し掛ける。


「お久しぶりです。今回は、四カ所の同時制圧です」


「四カ所じゃと?」


「はい。どうやら、大陸の東西南北でそれぞれ、上級の魔物が複数体、確認されました。我々は、街を出た後、部隊を四つに割り、最短で制圧します」


「そうか。最近、この辺りも魔物の出没回数が極端に減っておる。魔物が妙な動きをしとる気がしてな。じゃから、キース、お前も気を付けろよ」


「はい。我々は暫くの間、街を離れますので、留守の間、宜しくお願いします」


「任せておけ。誰に言っとるんじゃ?」


「そうでしたね。失礼しました」


 警備長に終始敬語を使っていた騎士団の方は、最後にもう一度、警備長に一礼をし、街の人からの歓声を背に、正門を通過していった。


(やっぱり、カッコいい!)


 俺は、初めて見る、騎士団の大群に圧倒されていた。

 俺が子供の頃に見た事があったのは、精々、十人程度の小隊だったのだ。


 団長が率いる騎士団は、纏っている空気も、間近で目にする迫力も、全てが段違いに見える。

 通り過ぎるだけで、街の人々が歓声を上げる理由も分かった気がした。


 俺もあの一員になるんだ。

 まだ、応募をしただけだと云うのに、俺の心はどんどんと期待を募らせる。


 決意を新たに、騎士団が去った後の正門で、受付業務に取り掛かる。


 だが、そんな最終日に、異変が起きたのは、昼休憩を終えて、正門の前で、眠気に襲われている時だった。


 突然、目の前に広がる平野に、黒い影が音も無く広範囲に浮かび上がる。


 浮かび上がった影は、瞬く間に広がっていき、俺達が異変だと認識する頃には、見渡す限りの地平を、埋め尽くす程の存在に変わっていた。

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