第69話 あるバイト門番の頼み事
こ、これって、オルトロスの時と……いや、そんなレベルじゃない。
あの時は、近づくまで分からなかったが、今回は、見なくても気配を感じる程の異様さを醸し出していた。
「きゅうううー。きゅうううー!!」
ゲホゲホも何か異変を感じている様で、不安そうに声を上げていた。
俺達が怖気図いている間に、ゲータさんの声が響く。
「セルドッ!! 押して!!」
「わ、分かりました!」
ピーンポーンパーン。
ピンポンピンポンピンポン。
セルドも、焦りの余り、ピンポンパンを連打しまくっているが、今はそれで良い。
一秒でも早く、警備長やフェイさんに知らせなくては。
数秒もしない内に、力強く扉が開かれ、警備長を先頭にフェイさんとルートさんも揃って顔を見せた。
「お前ら、またふざけやがっ――ゲータ、何があった!?」
警備長は、目の前の光景を見るなり、険しく顔つきを変えた。
「突然、前方に影が現れ、詳細は不明、発生から数秒後にはこの様な状態に……」
「緊急事態じゃ。ルート!」
「はっ! 私は、冒険者ギルドとコロシアムに伝えて、協力を仰ぎます!」
「コロシアムは守りを固めて、民間人達の避難場所にせよ!」
「分かりました!」
ルートさんは、誰よりも早く、街の中に駆け出した。
「フェイ! 今日、夜勤予定の第二警備隊を叩き起こして、全員を裏門に回せ!」
「はっ! 非番の第一警備隊はどうしますか?」
「あれがどうなるか分からん。待機させ、代わりに夜勤で出て来る様に伝えよ!!」
「はっ!」
続いて、フェイさんが、素早く他の警備隊との連携に動いた。
「ゲータ!」
「はっ!」
「今すぐ、裏門のアーチを呼んで来い! 他の奴らは、第二警備隊が到着し次第、正門に来る様に伝えろ!!」
「分かりました! 裏門にも影が広がっていた場合はどうしますか?」
「その時は、そのまま、ゲータも裏門に入れ!」
「分かりました!!」
ゲータさんは、壁を駆け上がり、裏門に向かって行った。
「セルド、カーマ、ゲホゲホ。お前らは、影の動向に目を光らせろ。異変が有ったらすぐに報告じゃ!」
「「はっ!!」」
「きゅうううー!! きゅうううー!!!」
警備長の指示通りに、目の前の脅威を警戒するが、次第に影がジリジリと近づいて来る事が分かるだけで、それ以上の事は、分からない。
だが、今は、迫りくる脅威よりも、心配なのはゲホゲホだ。
先程から、やけに声を荒げて居るかと思えば、今度は足を震わせていた。
そりゃあ、怖いよな。
何が来るか分かんないのに、気配だけは強烈に感じるんだから。
動物のゲホゲホは、俺達以上に、この異変を敏感に察知しているのだろう。
俺は、相棒の怖がる姿を、これ以上、見てられなかった。
「警備長!」
「どうした?」
「俺、ゲホゲホを安全な所に避難させて来ます!!」
「……いいじゃろ。ついでに、街の民間人に避難を呼びかけて来い! そして、可能であれば、共に戦える者を集めよ!」
「はいっ!」
「じゃが、時期に正門を閉ざす。それまでには、戻って来るんじゃぞ!」
「分かりました。行くぞ、ゲホゲホ!!」
「きゅう」
震えるゲホゲホを抱き寄せ、俺は、避難場所になっているコロシアムを目指して、走り出す。
時計下通りを走っていると、職業案内所の前に差し掛かった。
「そうだ、アーリアにも伝えておかなくちゃな」
俺は、ゲホゲホを連れたまま、職業案内所に足を踏み入れる。
「アーリア! 居るか?」
突然、響いた俺の声に建物中の視線が集まる。
「ちょっと、いきなり何なのよ!!」
カウンターの方から、元気な声が返って来た。
今は、アーリアだけじゃなく、全員に知らせるべきか。
「皆さん、聞いて下さい!! 今、正門前に、得体の知れない何かが近づいています。これより、警備隊が対応しますが、結果は保証出来ません! ですので、速やかに避難所になっているコロシアムに避難して下さい!」
俺は、建物内に居る、全ての人に避難を呼びかけた。
「き、君っ! ……それは、ほ、本当なのかね?」
「う、嘘だろ? 嘘って言ってくれよ!!」
職業案内所の人達は、突然の事態に慌てふためいていた。
「全て事実です。ですので、皆さんは、コロシアムに向かう途中、一人でも多くの人に避難を呼びかけて下さい。そして、勇気のある方は、外壁の上に登り、我々、警備隊と共に戦って下さい!!」
二度目の俺の呼びかけを聞いた人々は、疑う事を止め、それぞれが動き出した。
ある者は、時計下通りに出て、コロシアムに向かい、ある者は、正門に向かって、歩みを進めた。
だが、皆が慌ただしく動き出した職業案内所の中で、ゆっくりとこちらに向かって来る者がいた。
「カーマ、ちょっと待ちなさい!」
「どうした? お前も早く避難しろ!」
「こんな事、私が警備隊に居る時も無かった! 今、正門では何が起こっているの?」
アーリアは、警備隊の事情を知ってるからこそ、余計に心配なのだろう。
実際、オルトロスが出た時もそうだったが、上級が出没するくらいでは、警備隊は自分達で対処して来たのだ。
「分からない!」
「何でよ?」
「まだ、何が起こるか、警備長にだって、分かっちゃいないんだ。だから、避難を呼びかけている。……アーリア、お前はどうするんだ?」
「……わ、私は、行かない。……行けないよ」
「アーチの事か?」
「……うん。私が行くと、喧嘩になるからね。……だから、コロシアムに避難するよ」
「……そうか。……なら、一つ、俺からの頼みを聞いてくれねぇか?」
「えっ? 頼み?」
俺は、この街に警備隊以外の知り合いが殆どいない。
だから、走ってみたはいいけど、どうするべきかを悩んでいた。
でも、アーリアなら、こいつも安心だ。
「こいつを……ゲホゲホを一緒に、コロシアムに連れてってくれ!」
「きゅう! きゅう! きゅー!!」
ゲホゲホは、嫌だと言わんばかりに身体中を使って、俺に何かを訴えていた。
しかし、これは、ゲホゲホの為だ。
「え? ……で、でもっ!」
「頼む! 俺は、お前になら、親友で、家族で、相棒のゲホゲホを託せる!!」
「きゅう! きゅう!」
叫び声に近い声で、何度も、俺に身体をぶつけるゲホゲホを優しく抱きとめる。
そんな様子を見ていたアーリアは、不安そうな顔で、ゲホゲホを撫でながら、手綱を握った。
「……分かった。ゲホゲホは私が責任持って預かるよ」
「ありがとう。……それでさ、もし、俺に何かあった時は、こいつを面倒見てやってくれないか? 別に、特別な事はしなくていい。只、一緒に飯食って、散歩して、寝るだけでいい、だから――」
「縁起の悪い事言うなぁ!! ……あんたこそ、大丈夫なの?」
「ああ、最後まで、警備隊を全うする為にも、ビビってる場合じゃないからな。それじゃあ、俺は戻るから、後は頼むぞ。ヤニー亭にも声掛けてくれ!」
「分かったよ。 ゲホゲホの事は任せなさい!!」
「きゅう! きゅう! きゅー!!」
俺は、アーリアにゲホゲホを託すと、振り返る事無く、その場を後にした。
今、振り返ってあいつの顔を見てしまえば、アーリアの腕の中で、必死に暴れているゲホゲホを避難させる事は出来ない。
俺は、歯を食いしばり、正門前に戻る事にした。
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