第67話 あるバイト門番の雪解け
自分の選択を悔やみながら、ダラダラと働く俺に夜勤の最終日が訪れた。
来週の昼勤で、最終出勤日になる俺には、今日が最後の夜勤になる。
ちなみに、あれから、一週間が経過したが、同期の二人とは、未だに険悪なままだ。
今日は、そんな俺の相談を聞いてくれたフェイさんが、気を聞かせてくれた事もあり、正門で、同期三人での警備となった。
「おはよう、お前ら。今日は宜しくな」
「……宜しくね、ゲホゲホ」
「……宜しくな、ゲホゲホ」
「きゅう?」
俺は、二人に挨拶をするが、ゲホゲホにしか挨拶を返さない。
まだ、怒ってるのかよ。
いい加減、腹を割って話させて貰いたい所なんだがな。
まぁいいか、夜勤は始まったばかりだ。
その後も、二人が、真っ先に下で警備を始めた事で、俺は、ひたすら外壁の上で、周囲を警戒するだけとなっていた。
気付けば、昼休憩を終えても、二人とは、業務以外の会話を交わす事は無かった。
「なぁ、ゲホゲホ。どうやったら、前みたいに二人と喋れるんだろうな?」
「きゅうううー」
「まぁ、お前に聞いてもしょうがないか」
相手にして貰えない俺は、ゲホゲホとじゃれ合って、心を落ち着かせていると、そこに、フェイさんが現れた。
「お疲れ様です」
「どうだ? 調子は?」
「正門は異常無しです。でもって、俺は、ダメダメです」
「だろうな。それは、顔を見れば何となく分かったぞ」
「フェイさん、すいません。今日の配置、変えて貰ったのに、多分、駄目っぽいです」
「随分、弱気になったもんだな。しょうがない。俺が一肌脱いでやろう」
フェイさんは、そう言うと、鎧の上に羽織っていたマントの袖を捲り上げた。
「それで、どっちとまずは喋りたいんだよ?」
「どっちって、どういう事ですか?」
フェイさんは、急に選択を強いて来たが、その意図が分からないまま答える様な、そんな怖い事は、俺には出来ない。
しっかり聞いた上で、選ばなければ。
「俺には元々、同期がルート以外にも居たんだ。だから、お前達みたいに三人組で揉めるのは、何度も経験してきた」
「そう、なんですね。ちなみにその時はどうやって?」
「簡単だ。こういうのはな、意外と二人きりになってみたらな、意地張らずにすんなり喋れたりするもんなんだよ! だから、選べ、どっちと先に話したいかを!」
「えっ? ……そんな急に言われても……」
「分かった。取り敢えずメリサ連れて来るから、後は何とかしろ!」
「まだ選んでないです!!」
フェイさんは、俺には選択の余地を与えずに、去って行った。
数分後、メリサは、フェイさんに連れられて、気まずそうな顔で壁の上に姿を見せた。
「それじゃあ、俺はトーマスと下の警備に入るから宜しく!」
「えっ?」
「ちょっ?」
俺達は、フェイさんが、消えた外壁で、気まずい空気だけを残したまま、取り残される事となった。
だが、ここで俺が黙っていては、今まで通り、沈黙が続くだけだ。
だったら、思い切って行くしかない。
俺は、背中を見せているメリサに、恐る恐る口を開いた。
「……なぁ、メリサ。怒ってるか?」
「……お、怒ってるよ。……でも、理解はしてる」
メリサは、こちらに振り返る事無く、答えてくれた。
「なら、良かったよ。……俺はさ、この半年間が只々、楽しかったんだ。そして、ここを離れるって決めた時に、どれだけ、皆の事が好きかも知った。だからさ、辞める俺が言う事じゃないけど、今後も変わらずに仲良くして欲しい。これからも、仕事終わりに飲みに行って欲しいんだ。……駄目かな?」
「……いいよ。ほ、本当に辞める側が言う事じゃないけどね」
「そうだな。……ありがとう。メリサ」
俺が感謝を伝えると、メリサは振り返って、俺と視線を交わした。
「……あ、謝るのは私の方だよ。ごめんね。私は、カーマ君みたいに、人生の目標が無いから、あの時は混乱しちゃったけど、今は違うよ。ちゃんと応援してる。……だから、私も見つけるね。人生の目標を!」
「ああ、俺も応援してるよ」
「じゃあ、私は戻るね。だって、次はトーマスと喋るんでしょ?」
「あっちが拒否しなければ、その予定だよ」
「あとね、カーマ君。同じ同期として、一つ言わせて貰うね。……さっき、私は夢が無いって言ったけどね、トーマスは違うよ。絶対、口にはしないけど、内に秘めてる。だからさ、夢が無いって言った事は、謝ってあげて」
「……分かった」
メリサは、それだけを言い残し、小走りで内階段を駆けて行った。
俺は、メリサに感謝しながら、もう一人の同期が来るのを待っていた。
だが、一つだけ気掛かりなのは、メリサが最後に残した言葉だった。
トーマスの目標って、確か……。
駄目だ、今はふざけている場合じゃない。
真剣にトーマスと向き合わなければ。
暫くすると、トーマスが階段から上がって来た。
多分、メリサとフェイさんが上手い事やってくれたのだろう。
「メリサと交代になったから、こっちは俺が見張るわ」
トーマスは、そのまま俺に背を向けようとした。
「ちょっと待てよ。せっかくだから、一緒に見ないか?」
俺は、もうすぐ姿を見せるであろう、朝陽が昇る絶景を出汁に使い、トーマスを引き留める。
「そうか、もう、そんな時間か」
トーマスは、俺と少し距離を取って、塀にもたれ掛かった。
暫く無言のまま、二人で、街の外を眺める時間が続いた。
俺達が動かない間も、太陽は、徐々に姿を見せ、段々と景色を侵食して行く。
数分も経てば、目の前に俺の大好きな景色が出来上がっていた。
夜でもあり、朝でもある。
目の前に広がる、何とも言い難いアンバランスな空は、夜勤で働いた者にしか味わう事の出来ない絶景だ。
今日は、俺にとって最後の夜勤だ。
必然的に、この光景を全身で味わうのは最後になるだろう。
だからこそ、最高の絶景を目に焼き付ける為にも、この思い出に心残りは必要ない。
俺は、長く続いた沈黙を破って、トーマスに語り掛ける。
「なぁ、トーマス。初めての夜勤って覚えてるか?」
「……ああ、あれだろ? 正規隊員に喧嘩売って、ボコボコにされた時か?」
「そうそう! そん時にもさ、こんな空を見たよな!」
「そうだったな。いきなり濃い一日だったよな」
俺達は、空を見ながら、先程までの沈黙が噓だったかの様に、自然に会話を始めた。
「で、あの怖いフェイさんが、いきなり珈琲を持って来てくれたんだよな」
「あれは、俺も驚いたな。ただのギャンブル中毒が、あんな事してくれるとは思わなかったぜ」
一度、話し始めれば、思い出話は尽きないが、同時にこの生活に終わりが見えて来る事を実感する。
「……やっぱり、楽しかったな、第三警備隊」
「……それでも、お前は行くんだろ?」
「ああ、それが俺の夢だからな。だから、尚更、俺はお前に謝らなくちゃならない」
「はぁ? どうしてだよ?」
「ごめん。俺、お前の事、何にも知らずに馬鹿にした。夢が無いとか、適当な事言って、本当にごめん!!」
「……止めろよ、別に気にしてない。隠してたのは本当だからな」
そう言って、トーマスは俺の足元にローキックを放った。
「イタッ! ちょっと気にしてんじゃねーかよ! ……でもさ、良かったら、教えてくれよ。……お前の、本当の夢を」
「別に良いが、俺は、お前みたいに大層な夢じゃないぞ。……ただ、もう一度だけ、飯を食わせてやりたい奴がいる。それだけだ」
「……そうか、良く分かんねえが、お前なら叶えられるさ。頑張れよ!」
「良く分かんねぇのに、応援すんなよ」
トーマスは、もう一度、俺に蹴りを放った。
「イタッ! 膝裏は止めろよ!」
「もう一発、喰らうか?」
「止めろよ、仕事中だぞ!」
そう言って、トーマスを止める時、ようやく、お互いの目を見合わせる。
久しぶりに見たトーマスは、いつも通りの透かした笑顔を浮かべていた。
多分、トーマスから見える俺も、無様な笑い顔を晒しているに違いない。
そんな中、透かした笑顔の男は、もう一度、空に視線を戻して口を開いた。
「カーマ。……俺達、離れても同期だよな?」
「ああ、何年経っても、それは変わんねぇよ」
「……だよな。だったら俺も、安心して、お前を送り出せる」
「トーマス、ありがとな!」
「だから、絶対、騎士団に入れよ! 入団祝いに俺とメリサで祝勝会を開いてやるからさ!」
「任してくれ! 俺とゲホゲホで、難なく突破して見せるさ!」
「きゅうううー!!」
俺とトーマスは、大好きな絶景をバックに固い握手を交わした。
「やっと、仲直り出来たみたいね!」
どこからか、安堵の声が聞こえた後、声の主がゆっくりと何かを抱えて姿を見せた。
「「メリサ!」」
メリサは、何故か、三人分のコップを持って、壁の上に現れたのだ。
「下はどうした?」
「何か今日、一回も魔物が出ないから、フェイさんが珈琲持って、行って来いって」
「あの人、意外に気が利くよな」
俺は、二人の会話を聞いて、初めて、今日はまだ、一度も魔物が出没していない事に気づかされた。
二人と話す事で頭が一杯だったとはいえ、これでは警備隊失格だ。
メリサが淹れてくれた珈琲で、目を覚ますとしよう。
「はい、これ、カーマ君の分!」
「ありがとう」
メリサから、熱々のコーヒーを受け取り、一口啜る。
「あっつ!」
余りの熱さに反射的に声を出すと、その様子を見ていたメリサは微笑む。
「そ、そりゃあ、淹れたてだから熱いよ。火傷しても、治さないからね」
「メリサ、俺のは?」
「トーマスのは、その辺にあるから、自分で取って」
「俺の扱い酷くない?」
「そう?」
メリサは、そう言って、自分の分のコップを両手で持ちながら、足で、トーマスの分を指した。
三人で、同じ景色を見ながら、噛み締めてちびちびと飲んだ珈琲は、初めてここで飲んだ時以上に、ほろ苦く感じた。
俺は、この先も、三人でこの景色を見ながら飲んだ、珈琲の味を忘れる事はないだろう。
その後も正門に魔物が現れる事無く、穏やかな空気が流れるまま、定時を迎えた。
昼勤の先輩に引き継いで、持場を離れ、事務所に戻ると、一足先に戻って来ていたセルドが近づいて来た。
「お疲れカーマ」
「お疲れ!」
「なぁ、正門は魔物出たか?」
「いーや、こっちは珍しくゼロだったぞ。って、事は裏門も出なかったのか?」
「ああ、こんな事初めてだから、暇すぎて寝そうだったぞ」
「こういう日もあるんだな」
仕事終わりという事もあり、セルドと楽観的な話をしていると、険しい顔のフェイさんが、慌てて事務所に駆け込んで来た。
「警備長! 報告があります!」
「どうしたんじゃ、フェイ? そんなに慌てて?」
フェイさんは、その勢いのまま、朝礼を終えてご満悦の警備長に報告を始めた。
「本日の夜勤で、正門、裏門合わせ、魔物が一匹も出没しませんでした!」
「ほう? それは誠か?」
「はい、出没どころか、近くで気配すら感じませんでした。こんな事、一度も経験した事がありません。何か嫌な予感がします」
「分かった。今から儂が、裏山の様子を見て来るとしよう。何か、危険な魔物が居れば、直ぐ分かるじゃろ」
「では、俺もお供します!」
「駄目じゃ! 忘れたのか? 守るのは、この街の門と勤務時間! 儂は、残業はさせん主義じゃからな」
「わ、分かりました。気を付けて下さい」
「誰に言っておるんじゃ、儂は警備長だぞ!」
「それは、知ってますよ。お先に失礼します」
簡単にあしらわれたフェイさんは、納得のいかない表情で、とぼとぼと寮に帰って行った。
俺達も自然と、後を追って、帰宅する事にした。
すっかり、日も昇った中を歩いていると、気になるのは、先程のフェイさんだった。
警備長の前では、いつも以上に必死な姿を見せるフェイさんは、何故か、無理をしている様に見える。
どうしてフェイさんが、そこまで、仕事に一生懸命なのかは知らないが、あの調子だと、いつかは壊れてしまいそうだと、心配になる。
多分、フェイさんみたいな人が、サービス残業と言う物を産み出したのだろう。
あくまで、推測だが、警備長の作った安全七訓は、そういう事をさせない為に存在していると言える。
何個かの使い道は無さそうだが……。
そんな事を思いながら、寝床に入って、警備隊での限られた毎日を過ごしていく。
一日一日を大切に胸に刻み込んで、一人一人に感謝を伝えながら、最後の一週間を謳歌する。
そして、ついに、俺の最終出勤日がやって来た。
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あとがき
これにて、長らく続いた第一章が終了します。
カーマの最終出勤日から先の物語は、第二章として、新たな局面が幕を開けます。
直ぐにでも取り掛かりたい所ではありますが、私の地頭の悪さと計画性の無さで、重大な事を書き忘れていましたので、修正と加筆を済ませ次第、早急に取り掛かりたいと思います。
最後に、このネット世界の果ての果てまで訪れて下さった、選ばれし勇者の皆さんにお願いがあります。
是非、レビューやコメント、♡、☆をお恵み下さい。
勇者様のご厚意をお待ちしております。
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