第66話 あるバイト門番の一方通行
俺は、仕事が終わると、ゲホゲホをセルドに託し、二人を呼び止め、話のしやすいヤニー亭に誘導した。
今日は、個室の空きが無い様で、一階のテーブル席に案内された。
席に着くなり、俺とトーマスが生を、メリサが樽キープしているワインを頼んだ所で、本題に入る。
「「「乾杯っ!」」」
互いにグラスを合わせ、口の乾きを酒で潤すと、先にトーマスが口を開いた。
「……けっ、本当にメリサの言う通りだな。やっぱりお前、何か変だぞ」
「な、何がだよ?」
「な、何がと言うよりも、ぜ、全部変だよ。カーマ君らしくないと言うか……」
「そもそも、金欠のお前が、飲みに誘う時点で怪しいんだよ!」
「失礼な奴らだな! ……でも、今回はお前らの正解かもな……」
「「えっ!?」」
二人は、驚いた表情で顔を見合わせると、わざと、俺に聞こえる程度の小声で会話をはじめた。
「やっぱり、そうだ。カーマの奴、本当に結婚すんじゃねーか?」
「え? わ、私は、隠し子の報告だとばかり……」
「じゃあ、あれだ! 間を取って、デキ婚って事か!」
「た、確かに、この間、アーチさんが喧嘩した人とカーマ君、知り合いらしいし……」
「聞こえてるぞお前ら! そういうのは、聞こえない様にやってくれよ」
俺は、どんどん嘘が重なっていく二人の会議を途中で終わらせる。
「今回、お前達を――」
「やっぱり、分かんねぇよ!! どうして、急に、俺とメリサをここに呼んだんだよ?」
「わ、私も、今日のカーマ君は、いつも以上に分かんないよ!」
二人は今日、正門に居た為、仕事中は言葉を交わしていないし、先輩達も二人には、まだ伝えていないだろう。
多分、朝の俺が変に緊張していたのを、二人なりに正門で考えていただろう。
申し訳ないことをした。
最後になってしまったが、本当は、一番始めに伝えておくべきだったのかも知れない。
「……あのさ……俺、騎士団に行く事にしたよ。だから、今月で警備隊を辞める」
「えっ?」
「う、嘘だよね?」
何故か、言い慣れてしまった言葉を伝えると、二人からは、先輩達とは真逆の反応が帰って来た。
二人は、困惑の表情を浮かべ、まだ、俺の言った事を理解しようとしていない。
「ごめん、二人共。昨日、騎士団に応募した。嘘じゃないんだ」
「……カーマ、俺達と過ごした半年間、嫌だったか? 楽しく無かったか?」
「違う! そういう事じゃない! 皆には本当に感謝しかないんだ!」
「じゃあ、何で辞めるんだよ? そんなに夢が大事かよ!!」
次第に話し合いがヒートアップする中、トーマスは、俺の胸倉に掴みかかる。
俺自身、落ち着いて話を伝えたいと分かっていながらも、トーマスに触発されて、語気を強めてしまう。
「……そうだよ、大事だよ! 夢なんて考えてないお前には、分かんないかも知れないけど、俺にとっては、それが全てなんだよ!!」
「……わ、私は、嫌だよ。……折角、三人で頑張って来たのに、そんなの寂しいよ」
「……メリサ、ごめんな」
「……あ、謝るなら、……や、辞めないでよ……」
メリサは、目を赤く腫らして俺に訴えかけたが、俺には頭を下げる事しか、メリサに応える事は出来なかった。
「カーマ。お前は、俺がこっちに来てから、初めて出来た友達だ。お前にとっては、数多く居る内の一人かも知れないがな。だから、俺の我儘なのは分かってるけど、やっぱり、お前に辞めて欲しく無いんだよ! 一緒に楽しく仕事する事の、何が悪いんだ!」
「……ごめん、トーマス」
「もういいよ。後は、勝手にしろ!! ……メリサ、帰るぞ!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!」
トーマスは、机に突っ伏していたメリサの腕を引っ張って、ヤニー亭を後にした。
俺が一人で座っている席の机の上には、飲みかけのグラスが二つ、寂しそうに並ぶ。
二人は、他の先輩達とは違い、俺の決断に真っ向から反対した。
それもその筈だ。
俺も含めて、誰も、仲間の退職に慣れていないからだ。
そして、辞めるのが、同期であれば、尚の事だ。
でも、二人の気持ちは痛い程、良く分かる。
何故なら、トーマスが辞めるかも知れないって思った時、俺は、心の底から辞めて欲しくないって思っていたからだ。
もし、あの時、トーマスに辞めると切り出されていれば、俺も二人の様に反対していたと思う。
二人の去って行った机で、俺が動けずにいると、メリサが注文していた品が運ばれて来た。
「ご注文のコケ鳥の胸やけでーす。ってあれ? 二人は帰ったの?」
明るい声を響かせて、俺を覗き込んでいたのは、ニーナさんの声だった。
「……はい。ちゃんと、料理は残さず食べるんで」
「別に、無理しないで良いよ。それで、聞こえちゃったんだけど、カーマ君、警備隊辞めるの?」
「聞いてたんですか? 結果はこの様ですよ。同期の二人からは、反対されました」
「でも、ちゃんと伝えただけ、まだマシじゃない?」
「そう、ですかね?」
「そうだよ! 私なんて、辞める時、セルドに言わずに逃げて来ちゃったし」
「えっ? セルドには言って無かったんですか?」
「うん、最終日に警備長が伝えてくれたみたいよー」
「めちゃめちゃ、他人事ですね」
「まーね。でも、そんなうちらでも、今は元通りになれたし、直接言えた君達なら、直ぐに元通りだと思うよ!」
「だと、良いですけどね……」
「大丈夫だって! こういう時は、お酒の力で不安を――」
「分かりました。生、おかわり下さい」
「畏まりました!」
俺は、ニーナさんに乗せられるがまま、意識が朦朧とするまで、ヤニー亭で飲み続けた。
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