第65話 あるバイト門番の打ち明け

 連休前、最後の昼勤がやって来た。

 部屋に差し込む光は、四連勤目の俺には、眩しすぎる。

 もう一度、瞼を閉じようとすると、健康的な生活習慣を送っているゲホゲホに舐め起こされる。


「おはよう、ゲホゲホ」


「きゅうううー」


 今日も、ゲホゲホはいつもと何も変わらない。

 俺より先に、居間に向かい、早起きのゲータさんに飯を用意して貰う。

 そして、後から部屋を出た俺の隣で、これでもかと人参を頬張る。

 そんなゲホゲホを見ていると、緊張も少しは和らいだ。


 準備を済ませて、皆と一緒に職場に向かうも、何故か、気不味い様な気がして、昨日の夜からフェイさんとは、言葉を交わせていない。

 余り、自分から話しかけるタイプでは無いが、挨拶も出来ていないのは、俺が一方的に意識しているからだ。


 何故なら、今日は、警備長とフェイさんに退職する事を打ち明ける日だからだ。

 二人に言い出せば、必然的に皆にも俺の事は伝わるだろう。


 いつも通り、騒がしい朝礼が終わると、それぞれが持場に就く中、警備長とフェイさんは、ルートさんと共に、事務所に残っていた。

 言い出すなら、早い方が良いよな。


「セルド、ちょっとゲホゲホを頼めるか?」


「きゅう?」


「ああ、そういう事か。なら、ゲホゲホを連れて、先に、裏門に行ってるぞ」


「頼んだ」


 俺は、持場が同じで、事務所に残っていたセルドに、ゲホゲホを託した。

 突然の事だったが、事情を把握してくれているセルドは、快く了承してくれた。

 セルドが、事務所を離れた事を確認し、三人の前に向かう。


「すみません。警備長、フェイさん。今、お時間宜しいでしょうか?」


「どうしたカーマ? 早く行け、お前の配置は裏門だぞ」


「分かってます。その前に伝えさせて頂きたい事が……」


 俺は、三人を前にどんな切り口で、話し出せば良いのかと、戸惑っていると、警備長が立ち上がった。


「いいじゃろう。カーマ、続きは会議室でいいか?」


「は、はい。お願いします」


「フェイとルートも、ついでだから付いて来い」


「分かりました」


「えっ? 私も?」


「無論、強制参加じゃ」


 警備長は、会議室の扉を開くと、強引にフェイさんとルートさんを押し込んだ。

 三人に続いて、足を踏み入れると、面接の時を思い出させる配置で、警備長を中心に、三人が椅子に座って待っていた。


 俺は、三人に向かい合いながら、用意された椅子に座らずに話を切り出す。


「……突然、すいません。……お、俺……こ、今月をもって、……け、警備隊を――」


「辞めるのか?」


 警備長は、俺が今まさに、言おうとしていた事を先に口にしていた。


「……は、はい。……辞めさせて頂こうと思っています」


「やはりか。……変に緊張したり、慣れない言葉を使っておるから、大体は想像ついておったがの」


「カーマ、もう決めたのか?」


「……はい。以前からの夢でした、騎士団の募集に応募する事を決めました。皆さんには、本当にお世話になっていたのに、期待を裏切る様な事をして、申し訳ございません」


 俺は、三人に向けて、深々と頭を下げた。


「カーマ、顔を上げよ!」


「えっ?」


 警備長の言葉に思わず、反射的に顔を上げる。


「お前の選択は謝る事じゃない。それに、いつ、お前が儂らの期待を裏切ったんじゃ? 目の前に、騎士団に繋がる道が有るというなら、迷わず進むのが、男じゃろ!」


「警備長の言う通りね。私達の中に、カーマの夢を知らない奴はいないよ。だからね、寂しいけど、反対する様な奴は、ウチには一人もいないのよ」


「まぁ、そういうこった。昨日の夜から、何をコソコソしてるかと思えば、そんな心配かよ。怒られるとでも思ったか?」


「……思いますよ。だって、貴方達、怒ると怖いじゃないですか!」


「お前は、本当に、人を見る目が無いよな。それに、騎士団に入るなら、言葉使いから学んだ方が良いと思うぞ」


「放っておいて下さいよ! 敬語は、これから、覚えるんで!」


 俺は、フェイさんに言い返しながら、目に涙を浮かべていた。


 理由は、簡単だ。

 三人の反応は、想像の真逆を行っていたからだ。


 てっきり、俺は、シフトに穴を開けるなって怒鳴られたり、半年で仕事を辞める様な奴は、何処に行っても通用せんぞと脅されたり、問答無用で氷漬けにされるものだと思っていた。


 蓋を開けてみれば、三人は、只々、優しく、俺の決断を尊重してくれたのだ。


「カーマ、騎士団に入っても、儂らの事を忘れるでないぞ!」


「はいっ!」


「よし、それじゃあ、急いで配置に付け、今日も安全に頼むぞ」


「了解です!」


 俺は、涙を堪えながら、三人の目を見て一礼し、裏門に向かった。


 裏門では、セルドとゲホゲホが、暇そうにじゃれ合っていた。


「ごめん、遅れた!」


「おう、どうだったよ? 見た所、殴られては無さそうだが……」


「そんな訳無いだろ。ちゃんと、受け入れてくれたよ」


「良かったじゃねーか! 殴られなくて」


「えっ? もしかして、殴るパターンもあるの?」


「有るぞ。と言うか、俺が見た中で、殴られなかったのお前とニーナ位だぞ」


「そうなの?」


「そりゃあ、あのアーリアさんだって、派手にぶっ飛ばされてたし、お前の部屋の前任者に至っては、半分死にかけてたぞ!」


「何で、そんな恐ろしい事になるんだよ?」


「知るかよ! 警備長じゃ無いんだし」


「何か、今になって、急に怖くなって来たんだけど……」


 セルドから知らされる真実に膝が震えだす。

 俺が、ゲホゲホを撫でながら、膝を震わしていると、遅刻していた女が姿を見せた。


「おっはよー、諸君!」


「姉御、また今日も寝坊かよ?」


「どうだろ? 三十分遅れは、あたし的には、セーフだけど」


「アウトだろ!!」


「まあまあ、そんな事よりさー。……カーマって、ここ辞めるの?」


「えっ!? ……どうしてだよ?」


 後程、全員には、直接伝えようと思っていたが、まさか、アーチの方から聞いて来るとは。


「寝坊して、事務所に行ったらさ、聞こえちゃったんだよね。で? 本当なの?」


「ああ、事実だよ。俺は、騎士団に入る為に、今月で警備隊を辞める事にした」


 アーチはこんなんでも、列記とした先輩だ。

 迷惑も掛けられたが、世話になったのも間違いない。


 俺は隠す事無く、全てをアーチに伝えた。

 いつもは、人の話をまともに聞こうとしないアーチも、今回は茶化す事無く、俺の話を一通り聞くと、小さく口を開いた。


「ねぇ、カーマ。それって、アーリアが来てた事と、関係あんの?」


「ああ。アーリアの紹介で、騎士団に応募したからな」


「あっそ。……まぁ、精々頑張りなさいよ。あたしには、あそこの何が、そんなに良いんだか、分かんないけどね」


 そうだ、アーチは確か、数週間の間、騎士団に在籍していた筈だ。


「なぁ、アーチ。お前、騎士団について、何か知ってるんじゃ……」


「警備隊辞めるあんたには、教えないよーっだ!」


 アーチは俺の質問に答える事無く、内階段を使い外壁を登って行った。


「姉御にしては、真面目だったな」


「そうか?」


「そうだろ。いつもは、もっと話通じねぇって! ――イタッ!」


 アーチの悪口を叩いていたセルドには、天罰ならぬ、石ころが降り注ぐ。


「セルド!! 聞こえてるぞ、油断すんなよ!!」


「ごめん、姉御!」


 外壁の上から、石ころと共に降って来る声に謝るセルド。

 いつも通りのこの光景も、もうちょっとで終わりを迎える。


 騎士団に入ったら、仕事中にこんな風には、遊んでいられないだろう。

 せっかくだから、全力で楽しまなければ。


 昼休憩に入って事務所に向かうと、正門を警備していたゲータさんが、一足先に弁当を食べていた。

 俺は隣に座り、数週間後の進路を伝えた。


 するとゲータさんは、食べる手を止めると、驚く事無く俺の肩に手を回して、激励してくれた。


「そっかぁ、寂しくなるね。……僕はね、カーマみたいに明確な夢や目標が無いから、羨ましんだ! だから、頑張ってね! ずっと応援してるからさ」


「ありがとうございます! 俺もずっとゲータさんの事を尊敬してます!」


 やっぱり、ゲータさんは、優しかった。

 少し、変態的な所はあるが、紛れもなく、俺の目標とする先輩の一人だ。

 初めて、この街に来た時に、受付してくれたのが、ゲータさんで本当に良かった。


 まだ、退職まで、時間はある。

 その中で、出来るだけの、恩返しをしていかなければ。


 昼食を終えた俺は、持場に戻り、警備を続けたが、頭の中は、未だに退職する事を伝えていない、あの二人の事で一杯だった。


 二人共、同じ同期なんだ。

 出来れば、二人一緒に伝えたい。


 あの二人は嫌がるだろうが、最後に三人で話せる場を作ろう。

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