第64話 あるバイト門番の選択
◇カーマside
答えに辿り着く事無く寮に辿り着くと、俺を玄関の外で待ち構えている男が居た。
「お疲れ、カーマ」
「お、お疲れ、セルド」
「……ちょっと顔貸せ!」
「はぁ? いきなり何すんだよ?」
「安心しろ、ゲホゲホはもう寝てるから!」
「そういう問題じゃない!」
俺の抵抗空しく、連行されるまま連れてこられたのは、毎度お馴染みのヤニー亭だった。
「お前、まだ飯食ってねぇだろ?」
「ああ。そういや、まだだったな」
俺は考え事をしていた所為で、セルドに言われるまで、自分が空腹な事にも気づかなかった様だ。
「じゃあ、行くぞ。――今から二人で、上の個室って入れますか?」
「いらっしゃいませ! 大丈夫ですよ!」
ウエイトレスのお姉さんに案内され、二階の個室に足を踏み入れた。
今日は、よく個室に案内される気がする。
「取り敢えず、串の盛り合わせと生麦酒二つ下さい!」
「畏まりました!」
セルドは、飲み物と摘みを注文すると、無言で、俺の反対側に座った。
「お待たせしました。生二つと、串盛りになりまーす!」
「どうも―! じゃあ、ひとまず乾杯だな」
セルドにジョッキを手渡され、乾杯に応じる。
「「乾杯!」」
いつもは声が出る程に上手い酒も、今日は新鮮に感じない。
「…………で? お前はどうすんだ?」
乾杯の後の沈黙を破る様にセルドが切り出した。
「いきなり何だよ?」
「お前、夕方、アーリアさんと騎士団の募集がどうこうって喋ってたろ? その件だ」
「……聞いていたのか?」
「まぁな。……でも、安心しろ、他の奴には言ってねぇ。多分、姉御も気づいて無いと思うぞ」
「そうか。…………なぁ、セルドは、どう思う?」
「どうって、お前の事だろ? 何で、俺に聞くんだよ?」
「自分でも、何が正解なのか分かってないんだ。正直言って、迷ってる」
俺は、個室という事も相まってか、セルドに心の内を曝け出していた。
思えば、セルドとこうやって真剣な話をするのは、初めての事だった。
そんなセルドは、俺の相談を聞きながら、呆れた様に溜め息を付いた。
「……だろうな。お前って悩んでる時、分かりやすいからな。……でも、ちょっとがっかりだ」
「どうしてだ? もしかして、俺が悩み何て一つも無い、能天気な奴だとでも、思ってたか?」
「そういう事じゃない。……お前さ、深刻そうな顔して、俺に迷ってる、何て言いながら、本当は背中を押して貰いたいだけ何じゃないか?」
「なっ!? ……ち、違う! 俺はただ――」
「違わねぇよ!! お前の腹の内は、とっくに決まってんだろ? なのに、何を迷ってやがる! 一丁前に気でも使ってるつもりか? 現状に満足して夢を捻じ曲げるつもりか? 違うだろ、カーマ・インディー!!」
個室に響き渡ったセルドの言葉は、俺の胸に深く突き刺さった。
何もかも、言われた通りだ。
答えなんて、最初から決まっていた。
だが、今の生活を捨ててまで、一歩踏み出す勇気が無かった。
だからと言って、誰かに決めて貰う物じゃない。
そんな奴は、がっかりされて当然だ。
俺の道なんだ。
自分で決めて、自分で進まなくては。
「セルド。……やっぱり、……やっぱり俺、騎士団に入りてぇよ!!」
「……知ってるよ。だから、これ以上、俺をがっかりさせるなよ」
「ああ、任せろ!!」
俺は、セルドと固い握手を交わした。
「ふぅー。やっと、いつもの調子に戻ったな!」
「うるせぇ。誰だってこういう日はあるだろ?」
「今日は、そういう事にしといてやるよ。……そうだ、事前に警備長とフェイには、伝えろよ」
「分かってる。どの道、俺には建前何て、使えねえからな」
「だろうな」
「だろうなって何だよ?」
「事実だろうが。それより、早く食わねえと串物が冷めちまうぞ!」
「忘れてた!!」
俺達は、急いで、串物に手を付けて、腹が満腹になるまで、料理と酒を満喫していた。
閉店の時間が近づき、帰りの支度を始めると、セルドが財布を持って、立ち上がる。
「どうしたセルド?」
「今日は俺が、特別に奢ってやる。騎士団に受かった入団記念って奴だ。その代わり、試験に落ちたら、その足で、俺に倍の金額の飯を奢れ、それでチャラにしてやるから」
「いいのかよ?」
「当たり前だ。俺は、これでも、お前の教育係だからな」
「あ、ありがとう、セルド! ……お前、ちゃんとした先輩だったんだな!」
「何だと思ってんだよ。ほら、明日も早いんだ。帰るぞ!」
「おう!」
ヤニー亭からの帰り道は、辺りを覆っていた分厚い雲が消え、夜空に輝く星空が俺達を出迎えてくれた。
気付けば、俺以上に俺の事を分かってくれる、頼れる仲間が近くに居てくれた。
思えばアーリアも、俺に中途半端な迷いを捨てさせる為に、この時間を作ってくれたのだろう。
皆に感謝して、俺は後悔しない道を選ぶ。
次の日は、いつも通りに正門で仕事をこなし、アーリアの元に向かった。
ゲホゲホは今日も、寮でお留守番だ。
「すいません。アーリア居ますか?」
「カーマ? ……取り敢えず、そっちの部屋に入ってて!」
アーリアは、カウンターで別の男との接客中だった様で、昨日も使った個室で、アーリアが来るのを暫くの間、待つ事になった。
さっきの人も、騎士団に応募したのかな、などと無駄な考えを巡らせていると、部屋の扉が空いた。
「お待たせ、カーマ。思ったより早かったじゃない。私は、てっきり、三日目ギリギリまで掛かると思ったのに」
「まぁな。善は急げって言うからな」
「じゃあ、一応聞くけど、応募って事で良いんだね?」
「宜しくお願いします」
俺は、頭を下げて、机の上に並べられた募集用の書類にサインをする。
「これで、準備は
「ああ、言われなくても、そのつもりだ。……あとさ、ありがとな。俺に悩む時間くれて。お陰で自分の気持ちを再確認出来たよ!」
「と、当然でしょ! 私は、職業案内人なんだから!」
「やっぱり、ダサいなそれ!」
「うっさい。それよりあんた、職場には伝えたの?」
「セルドにだけは伝えた。警備長達には明日、ちゃんと伝えるよ」
「そう。頑張りなさいよ」
「ああ。色々、ありがとな」
俺は、アーリアに別れを告げ、真っ直ぐ寮に帰宅した。
寮の中ではいつも通り、皆が楽しそうに寛いでいたが、明日辞めると、切り出す身としては、その中に混ざる気分にはなれなかった。
自室に籠り、ゲホゲホと一緒に丸まって寝っ転がる。
「なぁ、ゲホゲホ」
「きゅう?」
ゲホゲホは、寝転びながら、俺の方に顔を向ける。
「お前は、ここに居たいか?」
「…………」
問いかけるも、当然の様に、返事は無かった。
だが、何かを感じ取ったゲホゲホは、俺の顔を何度も舐め回した。
顔を背けても、止めない事から、これがゲホゲホなりの意思表明なんだろう。
「ごめん、ごめん。俺達はずっと一緒だったな」
「きゅううーー!!」
満足したのか、ゲホゲホはようやく、顔を元の向きに戻して、寝息を立て始めた。
俺も、不安を和らげる様にゲホゲホに抱き付いて眠りに就いた。
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