第63話 ある職業案内人の後悔②
仕事が終わり、そそくさと帰ろうとするアーチを捕まえる。
「アーチ、今からご飯行かない?」
「うーん。……アーリアの奢りなら……」
一瞬、カチンと来たが、私は大人だ。
「はいはい。奢りで良いから行くわよ」
私は、ルートさんの行きつけであるヤニー亭にアーチを連れて向かった。
席に通され、適当に料理と生麦酒を頼み、乾杯して喉を潤す。
「ねぇ、アーチ?」
「ん?」
「アーチはどうして、警備隊に入ったの? お父さんの影響?」
すると、アーチは意外にもしっかりとした口調で話し始めた。
「あたし、夢があるから、それまでの繋ぎって感じ」
「そっかぁ、門番は繋ぎだったのか。……で? その夢って何なの?」
「うーんっとねー。……それは奢って貰っても言えないな」
「何で? 夢なんでしょ?……それとも、恥ずかしい事なの?」
「違う! もう、分かったよ。……こんな事言うとさ、絶対に止めろって言うと思うけどさ、あたし、王様になりたいのよ」
「絶対、止めなさいよ!!」
「ほら、言った! アーリアの嘘つき!!」
「ごめん。でも、王様って成りたいからってなれる物じゃないでしょ?」
「でも、あたしはなるの!」
「なら、せめて、王様になれる為に早起きを頑張りなさい」
「えぇー? 十分頑張ってるよ! だって二日も早起きしたのに!」
「まだ二日じゃない! せめて四日ぐらい頑張りなさいよ」
「アーリアの意地悪!」
「意地悪でも、嘘つきでも良いわよ。……でもね、このままだと、繋ぎも出来ないかも知れないよ」
私は、アーチの目的を確認出来た上で、現実を突きつける事にした。
「何で?」
「このままだと、近い内にクビに成るよ。警備長もフェイさんも、そこまで甘い人じゃない。何でも良いから、出来る所を見せないと」
「分かってるけど、出来ないんだもん! あたし、直ぐ眠気に負けるし、昔から覚えが悪いから、騎士団だってクビになったし!」
アーチも、お酒が聞いて来たのか、人目を
「努力はしたの?」
「あたしなりに頑張ったよ! でも、子供の時からそうなの。戦闘以外、何やってもずっと周りの子に付いていて行けなかったの!」
アーチの目元には、自然と涙が溜まっていた。
私は、アーチの事が少しは分かって来た所で、別の角度から質問を投げかける。
「そっかぁ。……アーチってさ、私の事、嫌い?」
「ううん!」
アーチは真っ直ぐな目で私を見つめ、首を横に振りながら即答してくれた。
だったら、私に出来る事は一つだ。
「良かった。じゃあさ、明日から、私と二人で頑張ってみない?」
「アーリアと?」
「うん! 私がアーチを王様にしてあげるよ!!」
「本当に?」
「うん!」
「約束だよ!」
私はアーチに盛大な嘘を付いた。
そんな権利、私なんかにある筈が無い。
そんな事、考えるまでも無く分かる事だ。
けれど、アーチは目を輝かせて、私を見つめていた。
次の日から、私はアーチと二人三脚で、仕事も私生活も過ごす様に変わって行った。
朝は私が起こして、アーチを引き摺りながら連れて行く。
警備長に頼み込んで、当分の間は二人で一人分の仕事をこなし、ノートを買い与え、全てを文字にして覚えさせた。
夜は毎日、一緒にお風呂に入って反省会。
週末はルートさんと三人で街を飲み歩いた。
ここまで、綿密に接して見て分かった事だが、確かにアーチは、根は良い子だったのだ。
まるで、家族の様に毎日を共にする中、一月を過ぎる頃、相変わらず朝は起きれないが、仕事は段々とこなせる様になって来ていた。
だが、そんなアーチにどうしても克服出来ない事があった。
夜勤だ。
アーチは朝が弱い事は知っていたが、夜はもっと弱かったのだ。
夜勤開始早々に立ちながら、眠りこけ、終いには休憩に行ったっきり帰ってこない事も、珍しくない。
徐々に成長しているアーチだったが、そんな体たらく、皆が許す筈は無かった。
本人から聞いて分かった事だが、アーチが強烈な眠気に襲われるのは、怠慢でも無く、体質から来る物だった様だ。
そんな現状を見て、アーチを昼勤専属に替える案も出ていたが、それでは今までのアーチと同じだ。
出来ない事から逃げていては、周囲の目は変わらない。
せめて、アーチが努力した所は見せないと。
何より、こんな中途半端で終わるのは、私が嫌だ。
私は、夜勤を控えた前日の休みに、秘密兵器を購入し、夜勤に臨む。
出勤前に寮で準備をしていると、煙草を咥えたルートさんが興味ぶかそうに私を見つめていた。
「アーリア、今日は凄い荷物ね。野宿でもするつもり?」
「そうなんですよ。アーチ用にちょっと……」
「楽しそうだし、その時になったら私も呼んでよ?」
「良いですけど、これ、アーチ用しか無いですよ?」
「そうなの? ……そう言えば、噂のアーチは?」
「ギリギリまで、寝させてます」
私は、時間になると寝起きのアーチを起こして出勤した。
今日は、正門での警備にゲータと私達の三人で担当する事になった。
下をゲータに任せ、私達は外壁の上で警備に当たる。
「ねぇ、アーチ。今日は限界まで起きて見よっか!」
「良いけど、あんま期待しないでよ」
「はいはい」
「あ、そうだ! 今日はゲータがいるよね!」
「うん。下に居るよ」
「ゲーター!! ちょっと来て!!」
アーチは何かを思い出した様に、正門の下に居るゲータを呼び寄せる。
「どうしたの?」
「私が寝そうになったら、ビリビリで起こしてよ!」
「……アーチ、自分の属性を思い出してよ。アーチに僕の魔法が通じた事何て無いでしょ?」
「そうだった!」
「直ぐ、人の魔法に頼らないの!」
ゲータは溜息を付いて、静かに階段を下りて行った。
周囲の警戒をしながら、退屈とも思える時間を他愛の無い会話を交わして過ごす。
そして、いつもアーチが眠りに就く、午後十時を迎えた。
「アーリア、やっぱり今日も……眠いや」
アーチが首をカクカク上下に動かしながら、目を瞑ろうとしていた。
「アーチ、こっからよ! 今から、珈琲淹れて来てあげるから、それまで待ってなさい!」
「分かった。ふぅぁーあ」
アーチは欠伸をしながら、頷いた。
私の作戦は簡単だ。
数時間おきに眠気を妨げるご褒美を上げて、アーチのやる気を引き起こす。
せめて、日付を越える位は頑張って欲しいんだけど、どうだろうか。
私は、事務所で珈琲を淹れて、アーチの元に戻ると、何とか勝機を保っていたアーチを褒めて、褒美を飲ませた。
その一時間後には、フラフラのアーチの口に檸檬を大量に放り込んだ。
ご褒美は、与えてすぐには効果を発揮するものの、十分も経てば、元通りになっていた。
目標の十二時までは、後一時間半はある。
「起きなさい! アーチ!」
「ふぅあ? ……おひてるよ?」
「まだ、寝て良い時間じゃないでしょ!! 十二時まで頑張りなさい!!」
「もう、……ダメかも……」
「アーチ、王様に成るんなら、限界まで頑張らないと、誰も認めてくれないよ。諦めて良いの?」
「……よく……ない……」
「じゃあ、頑張るよ!」
私は、その後も都合良く、王様という言葉を利用して、何度もアーチを奮い立たせた。
「アーリア……次の、ご褒美は?」
段々と仕組みを理解してきたアーチは、私に次をねだり出す。
「次はね、とっておきのを用意してるんだけど……それは、十二時を越えれなかった人には渡さないよ」
「アーリアの意地悪!」
「はいはい。後ちょっとよ。頑張りなさい」
そんなやり取りをアーチがフラフラする度に続けながら、ようやく十二時を迎える事が出来た。
他の門番達にとっては、昼休憩でも無い、只の日付の変わり目。
だけど、アーチにとっては、大きな進歩だった。
「アーチ、十二時だよ。よく頑張ったね」
私は、隣で欠伸をしているアーチの下がっていた頭を撫でる。
「……ふぅあ? ……アーリア、ご褒美は?」
「そうね。……はいっ。これが私からのプレゼントだよ!」
私は、塀に立て掛けていた荷物から、アーチの髪と同じ色のご褒美を手渡した。
「……何これ? ……食べ物じゃないの? ……って、あたしの名前書いてある!!」
アーチは、私が汚いながらも刺繍した文字に気付いてくれた様だ。
嬉しい限りである。
「そうよ、開けて見なさい。くれぐれも食べるんじゃないよ?」
「分かってるよ!」
アーチは、同色の袋から本体を取り出し、広げた後に正体に気付いた様だ。
「これっ! ……寝袋だ!!」
アーチは嬉しそうに寝袋に飛びついた。
その光景に、ご褒美を渡した私の頬も緩んだ。
「そうよ。これからは、事務所じゃなくて、ここで、このまま寝て良いよ!」
「良いの?」
「うん。でもね、寝袋をここで使う条件が一つだけあるの。それはね、どんだけ眠たくても、絶対に十二時を過ぎてから寝る事、分かった?」
「うん。約束してあげる!」
「何で、あんたが上からなのよ」
「だってあたしは、王様に成るんだもん! 当たり前でしょ?」
「そうだったわね。じゃあ、お休みなさい」
「お休みー!」
アーチは、目を瞑るなり、直ぐに、気持ちよさそうに寝袋の中で眠りに就いた。
アーチはこうして、私との約束を守り、夜勤は四時間分の時給を貰う契約に落ちついた。
元から、戦闘については言う事が無い程、優秀だったので、警備長も有事の際の戦力として、アーチの所属を正式に許可してくれた様だ。
一人っ子の私には、手の掛かる妹が出来た様で、とても楽しかった。
そんな日々が続く中、私は、夜中の路地裏で、有る光景を目撃してしまったのだ。
今、思えば、見ない方が幸せだっただろう。
そして、有ろう事か、私はその衝撃の余り、アーチに言ってはならない事を言ってしまった。
失言をしたというよりは、伝え方を間違えたという方が正しいだろう。
だが、幾ら悔やんでも、その言葉は取り消せはしない。
私はその後、警備隊に居ずらくなり、退職を決めた。
私の事を高く評価してくれていた警備長には、考え直す様に何度も叱られ、教育係だったルートさんには、涙を流しながら平手打ちをされた。
全部、私の為を思ってしてくれた事だ。
けれど、あんなに泣いて怒りを露にしたアーチの傍には居られなかった。
私には、もう一度、面と向かって話し合う勇気が無かったのだ。
そして、誰も賛同しない退職を強行した結果、私は警備隊の面々とも、疎遠になり、アーチとは案の上、絶交だった。
ネガティブな退職は後悔しか残らない。
(カーマ。あんたは、選択を間違えるんじゃないよ)
応接室の窓から覗く一段と暗い空は、切れ間の無い雲に覆われ、私を見下ろしていた。
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