第62話 ある職業案内人の後悔①

 ◇アーリアside


 カーマとの面談を終えて、騎士団の募集要項に目を通す。


「何で、試験の日程がこんなにギリギリなのよ」


 思わず、口を付いた言葉が、個室に響き渡る。

 カーマは、二つの大きな選択に迫られる事となるだろう。


 私は大事な所で、全部を間違えた。

 仕事も、友達も。

 カーマには、私みたいな後悔はして欲しく無い。


 私は、元職場というだけの繋がりだと思っていたカーマに、自分の昔を思い出していた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






 王都近郊にある、商業が盛んな街に生まれた私は、ごく普通の家庭で、両親と三人で暮らしていた。


 成人に成ると、他の子達と同様、王都に就職を目指した。

 昔から、魔法は得意だった事もあり、成績上では、優秀だった私だったが、就職試験ではことごとく、不合格が続いた。


 その頃には既に見栄っ張りだった私は、面接でも嘘に嘘を重ねる所為で、失言を重ね、中々職に就く事が出来なかったのだ。


 別にこれと言って、やりたい事がある訳じゃない。

 かと言って、世間体的にも、無職は避けたかった私は、少しでも安定した仕事に就くために、親の勧めもあり、警備隊に入隊した。


 ここでは、嘘を付かずにアルバイトから正社員を目指したいと、スキンヘッドのオジサンに伝えると、その場で合格を貰えた。


 そうして、とんとん拍子で入隊初日を迎える事となった。


「本日から、入隊しました。アーリア・バーレルです。宜しくお願いします!」


 私に同期はおらず、一人での入隊となったが、拍手で皆が快く迎えてくれた。

 朝礼での自己紹介が終わると、私の前に警備長と呼ばれるオジサンが銀髪のお姉さんを連れて現れた。


「アーリア、こいつがお前の教育係になるルートじゃ。部屋も隣にしてあるから、何かあったらこいつを頼ると良い」


 警備長に紹介されたのは、長く綺麗な銀髪に眼鏡姿で、朝礼中も煙草を吸っていた、近寄りがたい雰囲気を漂わせた女性だった。


「私がルートよ。宜しくね、アーリア」


「よ、宜しくお願いします」


 私の教育係は、四六時中喫煙を繰り返す、ルートと言う先輩が担当する事となった。

 彼女は、初対面の印象こそ最悪に近いが、先輩としては、これ以上無い程に頼れる先輩だった。


 因みに、この頃のルートさんは、警備長の大事な書類に煙草を落として、燃やしてしまう事件を起こす前なので、仕事中は常に煙草を咥えていた。


 だが、そんな見た目とは違い、丁寧に仕事を教えて、仕事終わりはご飯を奢って私の愚痴を聞いてくれていた。

 それに、同期三人で、何かに付けて張り合っている様子は、同期の居ない私には、羨ましく見えたのだった。


 そんな憧れに近いルートさんの元で、同じ寮で暮らしながら周りの信頼を勝ち取る事で、私は僅か一年で、正社員に昇格する事が出来た。

 ゲータという、優しい後輩も出来た事で、少しずつだが、先輩としての自覚が芽生えた頃だった。


 私達、第三警備隊に、ある問題児が入隊する事となったのだった。

 そして、有ろう事か、私が同性だからという理由で、教育係を務める事になったのだった。


 今日から噂の新入生が入隊する筈だが、どういう訳か、姿が見えない。


(明日だったのかな?)


 そんな疑問を抱えながら、朝礼終わりに警備長に尋ねた。


「あのー、警備長。新入生の子って今日からで、合ってますか?」


「ああ、すまんな、アーリア」


「どうして、警備長が謝るんですか?」


「……実はな、その新人は儂の娘何じゃよ」


「えぇっ!? ……そんな子を、どうして警備長では無く、私が担当何ですか?」


「儂が担当する訳にいかんじゃろ」


「で、ですが……では、フェイさんやルートさんは?」


 私は驚きの余り、朝礼後に書類を整理していたルートさんとフェイさんに担当を代わって貰えるか聞いて見た。


「あいつだけは絶対に嫌だ!」


「私も、あの子は知ってるから遠慮しとく。でもね、これは、アーリアの為でもあるのよ。人に教える事で、学ぶ事って多いからね」


「私の為? ……ですか?」


「そうよ、優等生の貴方なら楽勝よ! ……たぶん」


 最後に何か余計な言葉が聞こえた気がするのは私だけだろうか。

 でも、親である警備長の前で断るのは、気が引ける。


「分かりました。やってみます!」


 数時間後、私はこの決心に後悔する事となるのだった。


「フェイ、今すぐ、あの馬鹿を叩き起こして来い」


「分かりました!」


 フェイさんは、駆け足でどこかに消えて行った。


「ルートはアーリアの代わりに裏門の警備に入れ」


「了解です」


 ルートさんは、煙草に火を付けながら、逃げる様に事務所を後にした。


 フェイさんが、事務所を離れて、暫くすると、一人の女の子を雑に引き摺りながらやって来た。


「起きろ、馬鹿っ!」


 フェイさんが、床に転がる女の子の両手を強引に引っ張って、問いかける。


「えー、起きてるよ?」


「なら、自分で立てよ!」


「いいよ! あと三十分後ね!」


 橙色の長髪を靡かせたスラリとした長身の女の子は、そう言い残して、もう一度目を閉ざした。


「起きんか! 馬鹿者!!」


 そんな女の子の頭部に、耐えかねた警備長の拳骨が容赦無く、突き刺さる。


「イタッ!! 何すんだよ!!」


「何じゃ、起きとるじゃないか。ほれ、ここに居るのが、お前の教育係のアーリアじゃ! 挨拶せえ!」


 警備長は、強引に女の子を持ち上げて、私に前に立たせる。


「おっはよー! あたしね、アーチ! 今年で十八歳だよー!」


「よ、宜しく。私は、貴方の一つ上で、二年目のアーリアよ」


「ふぅーん。……そっかー先輩かぁー……じゃあタメ口で良い?」


「じゃあって、どういう意味よ! まぁ良いけどさ」


「なら、はいっ! 始めましての握手ね!」


「うん、宜しくね!」


 私は、アーチに差し出せれた手を優しく包み込んだ。

 こうして、初対面で握手を交わした私達は、一通りの説明を済ませた後、本来の私の持場である裏門に、研修の場所を移す事になったのだが、移動前に私だけが、警備長に呼び止められる。


「ちょっといいか?」


「はいっ」


「アーチは、儂の娘じゃから、間違い無く根は良い子の筈なんじゃが、ちょっと難ありでな。騎士団を三週間で辞めさせられたから、ウチで引き取る事になったんじゃ」


「ほ、本当に、根は良い子何ですよね?」


「勿論、それは儂が保証しよう。一応、フェイとルートにも面倒を見る様に言ってある。じゃから、心配せんで良いからな」


「分かりました。やれるだけ、やってみます」


「ああ、その調子で頼むぞ」


 警備長はそう言って、私達を裏門に送り出した。

 アーチを連れて、裏門に向かうと、そこにはルートさんと新人のゲータが、暇そうに世間話で時間を潰していた。


 まずは、アーチを二人に紹介しないと……そんな事を考えていた矢先だった。

 後ろを歩いていたアーチが、急に走り出したのだ。


「あっ! ゲータだ! 具現出力、【岩石の巨腕ギガントロック】!!」


「アーチ? ……ぎゃあああああーーー!!!!」


 突然、足元から飛び出した、巨大な岩石に為す術無く、心優しきゲータは上空に突き飛ばされる。

 叫び声を上げながら林の中に突っ込んだゲータには、同情しかない。


「アーチ!! 貴方ね、ゲータを殺す気?」


「何で? ゲータはこの位じゃ、死なないよ?」


「打ち所が悪かったら、死ぬの!! だから、無闇に魔法を使うのは止めなさい!」


「分かった。……今日は止めとく」


「なら、ゲータを責任持って、拾って来なさい!」


「オッケー!」


 アーチは、悪びれる様子を見せる事無く、走ってゲータの元に向かって行った。


 私は、この時には既に、教育係を受け入れた事を後悔していた。

 その後、一通りの業務を口頭で説明するも、アーチは上の空だった。


「アーチ、聞いてる?」


「聞いてるけど、それより、お腹減った」


「後、一時間もすればご飯だから、我慢出来る?」


「うーん……やっぱ無理、行って来る!」


 アーチは、直ぐに答えを出すと、事務所に向かって走り出した。


「ちょっと、待ちなさい!! アーチ!!」


 私の声は、飢えたアーチの耳に届く事は無く、仕方なく、私も付いて行くしかなかった。


「ルートさん、ゲータ。すいませんが、先に昼休憩行ってきます!」


「行ってらっしゃい!」


「アーチが迷惑かけて、すいません」


 裏門を二人に任せて、私は事務所に向かい、早めのお昼ご飯を食べる事となった。

 午後からも、アーチは自由気儘で、振り回されてるだけで、一日を終えてしまった。


 午後八時を知らせる鐘が鳴ると、何処かに走り去ったアーチを見送りながら、私は、助けを求める様に、ルートさんをご飯に誘っていた。

 行き先は勿論、ルートさんの行きつけである、ヤニー亭だ。


「「乾杯っ!」」


 仕事の鬱憤を晴らすかの様に、喉に流し込む。

 いつも通りに腹を満たして来た所で本題に入る。


「ルートさん、私、この仕事、向いてないかも知れないです」


「アーチちゃんの事?」


「はい。何か、私の言う事は、聞いてくれそうに無いんです。やっぱ、ルートさんの方が……」


「でも、何でもかんでも、私がやっても意味ないでしょ?」


「そう……ですけど、私にはアーチが何を考えているのかが、理解出来ないんですよ」


「……だろうね。ならいっそ、本人に聞いて見れば良いんじゃない?」


「えっ? ……直接ですか?」


「そうよ。私だって、アーリアの事をもっと良く知る為に、何度もご飯に誘ったし、お風呂も一緒に入ってたでしょ?」


 ルートさんに言われて、入隊したての頃を思い出す。


「い、言われてみれば、ずっと一緒に居た気がします」


「でしょ? だから、明日にでも飲みに行ってみれば、アーチの事、少しは分かるかも知れないよ?」


「分かりました! 明日、誘ってみます」


「うん。そうしなさい」


 ルートさんは、煙草を吹かしながら、笑みを浮かべて居た。

 私はルートさんにして貰った事を胸に、アーチを一人前の門番に育てると決めて、帰路に着いた。


 次の日の朝。

 アーチは、またも寝坊で朝礼に姿を見せる事は無かった。


「アーリア、あの馬鹿を起こして来てくれるか?」


「分かりました」


 フェイさんに頼まれて寮に戻り、アーチの部屋を訪ねると、そこには、幸せそうに寝息を立てる後輩の姿があった。


「アーチ!! 起きなさい!!」


「……ぐぅぅ……ぐぅぅ……」


 私の声は届く事無く、アーチは未だに夢の中に居た。

 しょうがない。

 こうなったら、フェイさんを見習おう。


 私は、アーチを強引に担ぎ上げ、そのまま事務所に連れて行く事にした。

 途中、誤って柱にぶつけた事で、アーチが目を覚ましたが、そんな事、私の知った事ではない。


「フェイさん! 連れて来ました!」


「おお、ご苦労だったな」


 私は重たい荷物を、机の上に勢いよく降ろした。


「痛いって!! 何すんだよ!!」


「アーチが起きないからでしょ?」


「乙女の身体は優しく扱うのがマナーでしょうよ!」


「寝坊しないのも、マナーだと思うけど?」


「やっぱアーリア、嫌い!」


「さっさと、着替えて来い!!」


 言い合いを続けて居ると、フェイさんの怒鳴り声でアーチは更衣室に逃げて行った。

 その後、正門の業務に入ったものの、アーチはろくに仕事を覚える素振りを見せる事は無かった。


 そんな様子を見て、始めは優しく接してくれていた先輩方も、アーチを見る目は次第に厳しくなっていった。

 特に一部の先輩は、親のコネで入隊したアーチを毛嫌いしている様で、目すら合わせようとしなかったのだ。


 こんな状況を打破する為にも、アーチとはちゃんと話さなくては。

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