第61話 あるバイト門番の道
アーチが事務所で氷漬けにされている中、定時を迎えた俺は、寮に戻ると、トーマスにゲホゲホを預けて、街に繰り出した。
行き先は勿論、職業案内所だ。
以前より、軽い足取りで、見慣れた町を進み、木製の扉を開ける。
「すいませーん。アーリア居ますか?」
「ようやく、来たわね。こっちに来なさい」
建物の奥に構えられたカウンターから、顔を覗かせたアーリアに手招きされるがまま、向かうと、カウンター横にある個室に案内された。
俺の部屋位のこじんまりとした空間だが、備え付けられた机や椅子からは、俺の部屋とは似つかない真逆の高級感が滲み出ていた。
アーリアには、夕方のアーチとの一件で、聞きたい事はあるが、今は騎士団の話を優先するべきだろう。
「適当に座って」
「了解」
促されるまま、俺はアーリアの隣に座った。
「隣は止めろや!!」
「適当にって言ったじゃんか!」
「空気ぐらい読めよ! 普通、向かい合って座るんだよ」
「そうなの?」
俺はアーリアの向かいに座り直した。
「じゃあ、先にこれを渡しておくね」
アーリアは俺との間にある長机に、一枚の紙を並べた。
俺が募集要項と書かれた紙を手に取ると、アーリアは、落ち着いた口調で淡々と説明を始めた。
「これが今朝、うちに届いた求人票ね。今回の募集人数は先着順に募集出来て、五十人よ」
「五十人? そんなに入れるのか?」
「試験を受けれるのが、五十人よ。実際、騎士団に入れるのは、勝ち残った一人だけの厳しい関門よ」
「ま、簡単じゃねーよな。でも、早い話、全員ぶっ飛ばせばいいだけだろ?」
「そうね。どの道、そこで勝ち上がれないと、騎士団では活躍出来ないだろうからね」
「じゃあ、決めた! 俺は、騎士団に募集するよ!」
「良いの?」
「どうしてだ? 駄目ならまた、半年、門の警備をしてれば良いんだろ?」
「それは、そうなんだけどさ……騎士団に受かれば、当然、警備隊は辞める訳じゃない?」
「勿論、そのつもりだぞ」
アーリアは、自分で紹介しておきながら、何故か待ったを掛ける。
そして、口に出す言葉を選んでいるのか、少し間を開けてから本題に入る。
「……だからね……言いづらいんだけど、警備隊の場合、半年間の契約を満了する前に、契約延長の面談があるんだけどね、その時には、騎士団の試験は始まっても無いの。……カーマ、言いたい事分かるよね?」
「…………つまり、騎士団を受けるなら、先に警備隊を辞めろって事か?」
「うん。社会的にも、受かったら騎士団に入る予定だったけど、落ちたから働かせてくれって言うのは、虫が良すぎるでしょ?」
アーリアが言う事は、ごもっともだ。
そんな中途半端な気持ちで臨む様では、騎士団にも警備隊にも迷惑を掛けるだけだ。
どの道、警備隊のバイトは、騎士団に入る時には辞める予定なんだ。
迷ってる場合じゃない。
「俺は騎士団に入る為に王都に来たんだ。今更、揺らがないさ」
「そう言うと思ったよ。……けどね、だからこそ、ここからは私の職業案内人としての意見を聞いて欲しい!」
「何だよ、その変な肩書。ダサくないか?」
「ダサくて結構よ! ……でね、私が言いたいのは、一回、頭を冷やして、もう一度、自分の将来を考えて欲しいのよ」
「どういう事だ? お前、俺に騎士団を受けるなって言いたいのか?」
「違うの。そういう事じゃない。ただね、見てると思うのよ。……カーマってさ、今の生活でも幸せ何じゃないのかって」
「はぁ? そんな訳……」
アーリアに反論しようとした時に、脳裏に浮かんだのは、警備隊の皆の顔だった。
(そうか、警備隊を辞めるって事は、あの人達とも少なからず疎遠になるって事だもんな……)
「思い当たる節がある様ね。私だって、元はあそこに居たんだから、どういう所かも理解してる。だから、もう一度、考えてみてよ」
「分かった。一旦、今日は帰るよ。いつまでに結論を出せばいい?」
「先着順だから、早い方が良いんだけど、私が一枠抑えてられる限界的に……三日って所かな」
「分かった。それまでにちゃんと決めてみせるよ」
「まぁ、良いって事よ。その為に、わざわざ個室で、声が漏れない様にしてんだから」
今回だけ、個室に通されたのは、そういう事だったのか。
「アーリア、ありがとう! お前って意外と良い奴だな!」
「意外とって何なのよ! ほら、もう遅いから、帰った帰った」
アーリアは、とっとと部屋を出ていけと言わんばかりに、俺に向けて手を払う。
「なぁ、アーリア。帰る前に一つ、参考程度に聞いていいか?」
「何、急に?」
「お前は、警備隊を辞めて、後悔してるのか?」
「……正直、してるよ。私は、あんたと違って、ネガティブな理由で退職してるからね。でもね、だからこそ、私みたいな人を、一人でも減らすために、ここで働いてんのさ」
「そっか。やっぱり、聞いてみて良かったよ。参考にさせて貰う」
「うん。後悔だけはしないでよ」
「ああ、そうさせて貰うよ」
俺は、アーリアに頭を下げて、職業案内所を後にした。
外に出ると、すっかり日の暮れた空に分厚い雲が蓋をして、いつにも増して、暗い街並みが広がっていた。
夜風に吹かれながら、時計下通りを歩いていると、今までの色んな事が蘇る。
楽しかった事、悔しかった事、どの場面を思い返しても、俺の周りはいつだって、職場の仲間達で溢れていた。
そういえば、この間、トーマスが辞めるかもしれないと、勘違いをしていた時、俺は何を思っただろうか。
あの時、俺が口にしなかった事を、他の人は俺に思ってくれるのかな。
ニーナさんみたいに、離れても応援してくれるかな。
自分の気持ちも分からない俺には、他人の気持ちなど、察する事も出来ない。
考えれば考えただけ、気持ちは揺らいだ。
騎士団に入る為の繋ぎだった筈が、気づけば、自分でも計れない程の大きな存在に変わっていた。
けれど、ガキの頃に描いた、騎士団に入って英雄になる夢は、簡単には忘れられない。
警備隊に残る未来と、騎士を目指す未来。
正解なんて、誰にも分かりはしない。
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