第56話 あるバイト門番の成果

 俺が警備隊に入って、二月が過ぎようとしていた。


 部屋に差し込む陽の光で目を覚ました俺は、日に日に暖かさを増しているのを肌で実感しつつ、夜勤に備えて、もう一度眠りに入った。


 いつもの様にゲホゲホに顔を舐められ目を覚ますと、窓から覗く空は、夕日が落ちかけている所だった。


「おはようゲホゲホ」


「きゅう」


 最近は、ゲホゲホの考えている事が少しは分かる様になって来た。

 声に元気がない時は、大概、腹が減っているか、遊んで欲しいかのどちらかだ。

 今回は、寝起きだから前者に違いない。


 居間に向かい、ゲホゲホの人参を用意していると、出勤前という事もあり、皆も飯を食べたり、装備の手入れをしていた。

 俺も、遅れない様にパンを頬張り、皆とダラダラ歩きながら職場に向かう。


 今日の配置は魔物の動きが比較的活発な裏門の様だ。

 装備を整え、ゲホゲホと共に裏門に到着すると、そこには、今日の裏門を警備するメンバーが揃っていた。


「今日はこの四人だ。基本は、俺とゲータで壁の上から索敵、トーマスとカーマ、ゲホゲホで魔物を撃退して貰うから、その様に頼むぞ」


「「分かりました」」


「僕はフェイと観戦かぁ~」


「良いだろ、たまには」


「まぁね。何か出世した気がするし」


 フェイさんは、俺達に指示を出すと、俺の方を向いて、新たな指示を付け加えた。


「カーマ、お前には現状の成果を見せて貰うぞ」


「分かりました」


 昼勤では、基本的にフェイさんは事務仕事に追われる事もあって、夜勤の時間を使って、俺の魔法の出来を見てくれている。

 フェイさん以外にもゲータさんやアーチも、俺に魔法を教えてくれているが、一向に、好転の兆しは見えていない。


 俺とトーマスはゲホゲホを連れて、始めから門の前に降りて、魔物の襲撃に備える事にした。


「トーマス、手を出すなよ」


「分かった。俺はお前の応援に回ろう」


「頼むから変な事はしてくれるなよ。けど、上級が出たら真っ先に助けてな」


「出ねえから安心しろ。こんな人の気配がする所に、上級なんかが出て来てたまるかよ」


「それも、そうだな」


 俺が、トーマスと裏門にもたれ掛かりながら、会話を続けていると、後方からゲータさんの声が響く。


「右後方、ベアウルフ三体、来るよ!」


「任して下さい! 行くぞ、ゲホゲホ!」


「きゅうううーー!!」


「頑張れ、頑張れカーマ! 頑張れ、頑張れゲーホゲホ!」


 トーマスのイラっとする応援歌を聞き流しながら、俺はゲホゲホに跨り、ベアウルフに打って出る。


 ベアウルフは、体長二メートル程の、四足歩行の知能を持った灰色の狼だ。

 重心の低い身体を活かした素早い身のこなしと、鋭い爪や牙を使った攻撃が特徴の中級に位置する魔物だ。


 だが、こちらも素早さなら引けを取る事は無い。

 この一ヶ月間、結果の出ない魔力の鍛錬より、力を入れていたのが、ゲホゲホとの共闘だ。

 ベアウルフに臆する事無く、突っ込んでいくゲホゲホに振り回されない様に、左手で手綱を握り、右手をベアウルフに向ける。


「具現出力、【炎の矢フレイムアロー】!」


 俺の手から放たれた炎の矢は、一直線に標的に向かって飛翔し、一番奥に居たベアウルフを貫いた。


 残りは、左右に散った二体を囲まれる前に一体ずつ仕留める。

 右手で、背中の鞘から剣を引き抜き、そのまま剣先に魔力を乗せる。


「【憑依】! よし、ゲホゲホ、まずは右だ!」


「きゅうううーー!!」


 ゲホゲホは、右のベアウルフに向かって方向転換し、距離を詰めるが、そこは相手も中級だ。

 黙って見てくれる訳も無く、こちらに飛び掛かって来た。


「させるかっ!」


 飛び掛かって来たベアウルフにこちらも、走って来た勢いそのままに、炎を纏った剣で叩き切る。

 ベアウルフの勢いも、凄まじかったが、ゲホゲホの加速が乗った、俺の一撃が勝った様で、ベアウルフがその場で崩れ去る。


 一先ひとまずの危機を乗り越えたのもつかの間。

立ち止まった俺達は、同時に後方から気配を感じ取る。


「後ろか?」


「きゅう?」


 気付いた時には、左にいたベアウルフが、後方から迫って来ていた。


(間に合うか?)


 ゲホゲホに乗馬中、正対している相手には優位に戦いを進められるが、特に後方からの攻撃は対応が遅れてしまう事から、後ろを取られる事は極力避けなくてはならないが、ベアウルフの速度は、向きを変える時間をくれない。

 こうなったら、このまま迎え撃つ。


「【憑依】! ゲホゲホ!」


 俺は、半身を後ろに反らして剣を構え、ベアウルフを迎え撃とうとすると、何故か、自分の剣に魔力が憑依出来ていない事に気が付く。


(クソ! こんな時に、何でだよ、…………って、あれ?)


 気が付くと、ゲホゲホの両足が真っ赤に染まっていた。


「ゲホゲホ! どうした? 何があった?」


「きゅうううーー!!!」


 ゲホゲホも想定出来ない事態に、興奮している様な声を上げているが、痛がってはいない。

 だが、俺がゲホゲホの足を確認しようとした時には、既に、ベアウルフの鋭い牙が迫って来ていた。


(ゲホゲホを危険に晒す訳には行かない。こうなったら、俺が降りて……)


 俺が、ゲホゲホから降りようとした時だった。


「きゅう!」


 ゲホゲホの声と同時に、ベアウルフが裏門付近まで吹っ飛ばされたのだ。


(助かった。だが……何があったんだ?)


 もう一度、ゲホゲホの足を確認すると、いつも通りの白い足が覗いていた。

 何はどうあれ、撃退成功だ。


 一度、トーマスと合流するとしよう。

 確かめるのはその後でいいだろう。

 ゲホゲホに乗ったまま、裏門の前に戻ると、先程のベアウルフの死骸が燃えていた。


「お疲れ」


「おう、どうだったよ? 俺の戦いぶりは」


「お前と言うより、ゲホゲホが凄かった。いつからあんな事出来る様になったんだ?」


「ああ、毎日ゲホゲホと散歩がてら乗馬してたら、慣れて来たんだよ」


「いやいや、そうじゃなくてさ、憑依の事何だけど……」


「憑依? いつも通りだったろ?」


 今日は素直に褒めてくれるトーマスに、ベアウルフとの闘いを説明していると、フェイさんが、内階段から現れた。


「お前、いつからゲホゲホに魔力を憑依させれる様になったんだ?」


「えっ? どういう?」


 俺は、フェイさんとトーマスの言っている意味が理解出来なかった。


「お前、まさか、気づいて無いのか? ……そこに転がってるベアウルフは、お前の魔力を後ろ脚に纏ったゲホゲホが、一撃で蹴り飛ばしたんだぞ」


「ホントですか!?」


「ああ、そこの死骸が燃えているのが、何よりの証拠だ」


 フェイさんに言われてもう一度、ベアウルフの死骸を確認すると、燃え上がる炎の中、ゲホゲホに蹴り上げられたであろう、頭部が大きく陥没しているのが、見て取れた。


「お前、あの時、俺の憑依を横取りしたのか?」


「きゅう?」


 当のゲホゲホに問いかけてみても、いつも通りの腑抜けた顔を見せるだけだった。

 憑依を自分以外に送るなど、聞いた事が無いが、決して心当たりがない訳じゃない。


 あり得るとすれば、あの首輪だ。

 確か、説明書には、俺の魔力を認識して、共有するとか何とか……。


 思えばあの時、俺が自分の剣に憑依をしようとした時に、ゲホゲホの名前を呼んだ事で、ゲホゲホの後ろ脚が憑依されたという事だろうか。

 これは使い方次第で、騎士団を目指す俺の大きな武器になる筈だ。


 だが、今はまだ、不確定な要素が多すぎる。

 早く、実戦で使いこなせる様に仕上げなくては。


「まあ、ゲホゲホの件は前例が無いからな。時間を掛けて、使い方を覚えて行くといい。それで、お前自身の憑依はどうだ?」


「うーん。変わらずですね。全員を覆える様になるのは、まだまだ先になりそうです。馬には憑依出来たんですけどね」


「逆に、何でそんな事が出来たんだよ?」


「推測ですけど、この首輪ですよ。確か、首輪を通じて、俺の魔力を共有してるみたいで、つまり、使いこなせば、ゲホゲホは炎の上も走れるって事ですよね!」


「そんな所、走らせるなよ!」


「すいません」


「まあ、何はともあれ、カーマも数体の中級を倒せる程度には、腕を上げた訳だ」


「ですね! これでようやく、警備長との特訓から、解放されそうです」


「何言ってんだよ。警備長の特訓は、一人で上級を仕留めれるようになって、やっと卒業だぞ!」


「え、じゃあ、何でトーマスは特訓をパス出来てるんですか?」


 俺は、共に上級のオルトロスから逃走を図った男に疑問をぶつける。


「おいおい、見くびるなよ。俺も上級ぐらい、冒険者時代に何度か倒してんだ」


「じゃあ、何で、あの時逃げたんだよ」


「オルトロスつて上級の中だと強い方だし、それに……」


「それに?」


「あの日は眠かったし!」


「眠気に負けたのかよ!」


 一先ひとまず、最低限の実力をフェイさんに見せられた所で、壁の上にいるゲータさんの声が響いた。

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