第55話 あるバイト門番の儀式③
◇カーマside
ニーナさんをセルドが見送った後、遂に俺達の番がやって来た。
「よっしゃ! ゲホゲホ! 俺達も風呂行くぞ!!」
「きゅうううーー!!」
俺は、居間の隅に押しやられていたゲホゲホを抱き寄せ、脱衣所に向かうと、セルド以外の面々は、既に、着替えを済ませ、いつでも入浴出来る準備を整えていた。
「何で、全裸で待機してんすか? 早く入りましょうよ」
俺は、全裸のフェイさんに尋ねると、意外な答えが返って来た。
「まだ、セルドが来てないだろ。せっかくだから、あいつに風呂場の扉を開けさせてやれ」
「分かりました。俺も準備は済ませておきます」
フェイさんの言う通りに、俺も服を脱いで、扉の前で待機をすると、フェイさんの隣に立っていた大男の鋼の様な肉体と、背中に付けられた数々の傷跡に嫌でも目を奪われる。
誰が見ても、歴戦の猛者を思わせる程の、その出で立ちは、全裸になった事で、より一層、存在感を増していた。
「にしても、警備長、凄い身体ですね? どんなトレーニングをしたらそんな風になるんですか?」
「ん? 儂は特別、トレーニングはしておらんぞ。強いて言えば、お前とやる特訓を、自分用に強度を上げて、週八でやっとるだけじゃ」
「週八はやりすぎですよ!」
「そうかの? 儂は魔法が使えんから、そのくらいせんと、使い物にならんぞ。ほれ!」
警備長は、掛け声と共に、俺に向かって痛々しい程の傷に囲まれた背中を見せた。
「警備長の背中、傷だらけですね」
「じゃろ? 恥ずかしい話じゃが、儂は相手に背中を見せてばかりじゃからな」
警備長が、俺に背中の傷を見せながら、何故か、恥ずかしがっていると、部屋の端に居たトーマスが、ボソッと呟いた。
「背中の傷は剣士の恥って事か……」
「おい、トーマス。お前、警備長を馬鹿にしてんのか? 殺すぞ?」
「い、いえ、そういうつもりじゃ……」
「フェイ、止めんか! トーマスの言ってる事は事実じゃ」
「し、しかし!」
「背中の傷は男の恥じゃ。お前らも、儂みたいにならん様に、鍛錬を積む事、分かったか?」
「「はいっ」」
「ったく、全裸で喧嘩してもロクな事にならんと言うのに」
「すいません」
トーマスのいつも通りの小言も、フェイさんには、警備長が馬鹿にされた様に感じた事が許せなかったのだろう。
だが、全員が全裸な事と、警備長の仲裁もあり、風呂を楽しみにしている和やかな雰囲気を取り戻した所で、タイミング良くセルドが脱衣所に入って来た。
だが、セルドは、扉を少しだけ開けて、顔を居間の方に向けると、待機している女性陣に向かって、仕返しとばかりに、呟いた。
「覗いた奴、殺すからな」
「覗かねーよ!! どの口が言ってんだよ!」
居間の方からアーチの声が響き渡るが、十万ロームを失った男は、引き際を知らないらしい。
「姉御、そんな事言ってほんとは……」
「誰が興味あんだよ! お前の貧相な物なんてよ!」
「何だと! 俺のイチモツは、海の悪魔、ポセイドンと評される程の逸品だぞ!」
「はいはい、分かったから、ポセチンは向こう行きなさい」
「ポセチン言うな!」
「さっさと風呂入れや!」
最後は、ルートさんが強引に脱衣所の扉を閉めた事で、ようやく、入浴の準備が整った。
「よーし! 皆の物、入って良し、飲んで良しの傑作、ワイン風呂(仮)の味を身体で味わえ!」
「「「「「おぉー!!」」」」」
セルドの掛け声の元、俺達が真っ先にワイン風呂に浸かると、フェイさんの怒号が風呂場に響き渡る。
「先に体くらい洗えや!!」
「「「すいません!!」」」
すると、警備長が怒れるフェイさんを宥める。
「まぁまぁ、折角の機会じゃ、その位、多めに見てやらんか?」
「貴方も洗ってから入って下さい!」
既に浴槽に片足を突っ込んでいた警備長は、フェイさんに引っ張り出される。
「一々、細かい奴じゃの。なら、久しぶりに儂が洗ってやろう!」
「結構です」
「良いじゃろ! 久しぶりに、親子水入らずで、背中を流し合おうじゃないか!!」
「結構です!」
フェイさんは、警備長の誘いを断り続けていたが、途中で、気になる言葉が耳に入った。
「い、今、警備長、何て言った?」
俺は、聞き間違えかと思い、隣で体を洗い始めたトーマスに尋ねた。
「た、確かに、親子って言ったような……セルド、どういう事だ?」
「俺に聞くな! 俺も今、驚いてんだ!」
どうやら、聞き間違いでは無いらしい。
そんな俺達の様子を見た警備長は、当たり前の様に驚きの発言をする。
「あれ? お前らには言って無かったかの? フェイは儂の長男じゃぞ!」
「「「えぇー!!」」」
驚きを隠せない俺達の声が、浴槽内に響き渡る。
「うるせぇな。風呂場で叫ぶなよ。」
「だって、フェイさんと警備長って、全然似て無い様な……それにアーチとだって全然……」
「確かに!」
「声もー、顔もー、不器用なとこもー、全部ぜーんぶ、違うんじゃなーいのー?」
セルドに続いて、トーマスも、自分の疑問を歌にして賛同してくれた様だ。
「まぁ、実際、お前らの言う通り、血は繋がって無いから、似て無いのは当然だろ」
「じゃが、血の繋がりは無くても、儂らは紛れもない家族じゃ」
「じゃあ、何で隠す様な真似を?」
「隠すつもりは無かったんじゃが、職場にそういう関係を持ち込むと、嫌な思いをする人間も出て来るからの」
「そうだったんですね」
俺達は、似て見似つかない親子が背中を流し合う光景を見ながら、ワイン風呂を堪能していた。
「ゲータさんは、勿論、知ってましたよね?」
「あれ、この間、僕言った気がするけど……」
「言ってませんよ!」
「という事は、フェイさんとアーチは義理の……デゥフフフッ」
浴槽に浸りながら、何やらトーマスは、一人で気色の悪い妄想と笑みを浮かべていたが、触れないでおこう。
こうしてワイン風呂を堪能した俺達は、十万ロームと半日の見返りとして、最高の風呂と驚愕の事実を知り、充実した休日を過ごす事が出来た。
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