第54話 元警備隊員との約束
◇セルドside
警備長とルートさんには仕事終わりに男子寮に寄って、ワイン風呂に入る様に伝えた。
ゲータさんとフェイは、既に、トーマスが伝えてるだろうか。
となると、最後はあいつに声を掛けてみるか。
俺は、唯一の同期であり、数カ月前まで、共に試作品の開発を行ってきた仲間の元に向かった。
「すいません! ニーナっていますか?」
俺は、今日も時計下通りで一番繁盛している店、ヤニー亭の入口で女将さんに問いかけた。
「いらっしゃい、貴方は確か、警備隊の子だよね。ニーナなら出勤してるけど、どうかしたの?」
「ちょっと話したい事があって、呼んで貰う事って可能ですか?」
「……そういう事ね。良いわよ、呼んで来てあげるわ!」
「ありがとうございます」
「その代わり、もし、ニーナの事を遊びで呼ぶんなら、許さないよ」
「遊びですか? ……俺は、遊びで人を呼び出したりしませんよ」
「ならいいけど」
女将さんは、俺を見て、不敵な笑みを浮かべると、ニーナが仕事中の二階まで呼び行ってくれた様だ。
暫く、店の外で、ニーナを待っていると、女将さんに入口まで、付き添われたニーナが姿を見せた。
「いきなり呼び出して悪かったな」
「急にどうしたの? 私、今、絶賛仕事中なんだけど?」
「知ってるよ。でも、どうしても、お前に今月の発明品を見せようと思ってな」
「セルドも懲りないね。いつまで続けるつもり?」
「いつまでだろうな。少なくとも、俺が、商人として成功して、この通りに店を構えるまでは続けるつもりだ」
「あっそ。別に、良いけどさ、引き際は考えてよね。唯一の同期が破産するのは見てられないから。それで、今月は何、持って来たの?」
「それがな、色々あって、今回の試作品は、風呂になったから、ここには持って来れて無いんだ。」
「風呂ってあの風呂?」
「ああ、しかもワイン風呂だ。見るだけじゃなくて、入って欲しいって思ってるんだが、どうだ?」
「今からって事?」
「ああ、仕事中に無理言ってるのは分かってる。けど、出来ればニーナには最初に入って欲しいんだ。来てくれるか?」
「……分かった。でもさ、ちょっと待っててよ。女将さんに聞いて来るから」
ニーナは、俺に背を向けたまま、ヤニー亭に駆け込んでいった。
数分程、待っただろうか。
ヤニー亭から再び、姿を見せたニーナは、先程のウエイトレスの恰好ではなく、私服姿のラフな格好で現れた。
「どうだった?」
俺は、ニーナの姿を見て、分かりきっている事を尋ねた。
「女将さんが、今日はもう上がって良いって」
「そうか、なら急ごう。後輩が沸かしてくれてるからさ」
俺は、寮への道中で、事の顛末をニーナに伝えると、ワイン作りの失敗を笑って聞いていたが、肝心のワイン風呂の場所が男子寮だと知ると、あからさまに引き攣った笑顔に変わっていった。
「な、何で、辞めた所の、しかも男子寮に入らなきゃいけないの?」
「何だよ、別にお前の事を気にする様な人達じゃないぞ」
「こっちが気にするの! セルドには分かんないかもだけど、辞めた所の人と鉢合わせるのって、結構気まずいのよ!」
「ヤニー亭で良く鉢合わせてるから、いい加減慣れろよ!」
「簡単に慣れたら苦労しないよ。それに、あの酒飲みの後輩ちゃんには慣れたくない」
そんな事を話していると、いつの間にか、男子寮の前まで辿り着いていた。
「気まずくても良いからさ、入ってけよ。姉御が言うには美容にも良いらしいぞ」
「そうね。ここまで来ちゃった事だし、せっかくだから、堪能させて貰うよ」
俺は、ニーナを連れて寮に入ると、入ってすぐの居間には、警備隊の面々が勢揃いしていた。
只でさえ、五人と一頭が飯の時に集まると狭いと感じる空間が、今は、入る隙が無い程、人で埋め尽くされていた。
「おう、セルド、帰って来たか!」
「カーマ、ちゃんと、沸かせたか?」
「ああ、俺を誰だと思ってんだ!」
「さすが、着火マンだな!」
「その名前で呼ぶな! そして、俺に感謝をしろ!」
「ああ、ありがとなカーマ」
カーマが完璧にワイン風呂を沸かしてくれた様で、一安心だ。
何だかんだ言って、こいつは最低限、約束を守ってくれる男だ。
来月、新しい事をやる時は、カーマと二人で取り組むことにしよう。
人でごった返している居間に入れずに、入口で立ち止まっていると、俺の後ろで居心地悪そうにしているニーナに周りが気づき始めた様だ。
「ってニーナじゃん! どうしたの?」
「あれ? 本当だ! 今日はヤニー亭休みなの?」
居間の入口に座っていた姉御とルートさんは、ニーナを歓迎してくれた様だ。
「あ、お久しぶりです皆さん、今日は、特別、女将さんに半休貰ったので……」
「てことは、一緒に入れるのワイン風呂?」
「はい!」
「じゃあ、行こ! 久しぶりよね。皆で一緒にお風呂入るの!」
「行きましょう!」
「ほら、メリサも行くよ!」
「る、ルー姉。に、ニーナさんが居るって事は、今日の飲み会は無し?」
「そんな事無いわよ。それに、風呂上がりに飲む酒は最高よ!」
「そ、そっか!良かった!」
女性陣が一足先にワイン風呂に向かうが、脱衣場に入って行った後に、姉御が扉を閉めながら、誰に言う訳でもなく、ポツリとドスの聞いた声で呟いた。
「覗いた奴、殺すから」
「「「…………」」」
男達に沈黙が走る中、バタンと力強く、扉が閉められる。
無言の中、皆が顔を見合わせていたが、トーマスが口を開いた。
「って言う事だ、カーマ、行って来い」
「どういう事だよ?」
「分かんなかったのか? あれはアーチなりのフリだ。つまり、頃合いを見計らって、覗けって意味だろ」
「違うだろ! 俺、そんな理由で死にたくないんだけど……」
カーマが覗きを断っていると、居間の奥で、並々ならぬ存在感を放っていた、警備長が、言葉でカーマの背中を押した。
「カーマ、男なら決して夢を諦めるな! 憧れに手を伸ばし続けろ!」
「け、警備長!」
「儂は、長年生きてきたが、毎日、後悔ばっかりじゃ」
「そ、そうなんですか……」
「昨日は、こそこそとエッチなお店に行ってみたが、出て来た所を娘にバレてしまったのじゃ……カーマ、お前には、これがどういう意味か分かるか?」
「分かりませんよ!」
「そうか……実は儂も分かっておらん」
「何なんだよ!」
その後も、誰が覗きに行くかを揉めていると、脱衣所の扉が開き、風呂上りで部屋着に着替えた女性陣が、湯気を纏って居間に帰って来た。
扉が開かれただけで、ワイン風呂のおかげか、部屋中に甘い匂いが立ち込める。
いつも見慣れている女性陣も、風呂上りで髪が濡れているせいか、どこか、色っぽさを感じさせる出で立ちで現れたが、表情は溌剌としていた。
皆の表情を見るだけで、好評だったのは明白だが、是非とも、直接評価を聞かなければ。
「ワイン風呂(仮)はどうだった?」
俺は、候補が他にもいる中で、ニーナに感想を求めていた。
「うん! 最高だったよ! こんなお風呂は初めてだった! たぶんね、セルドの求めている商業的な意味では、確かに、失敗かも知れないけど、私的には成功だと思うよ!」
「なら良かったよ。気に入って貰えたら、十万掛けたかいがあったって思えるよ」
「うん、また来月も楽しみにしてるよ」
ニーナは、その後も俺の失敗を励まそうとしてくれているのか、曇りの無い笑顔でワイン風呂の魅力を語ってくれた。
「じゃあ、私、そろそろ帰るね」
「ああ、また店に行くだろうから、そん時は宜しくな」
ニーナを玄関まで、送ろうとすると、警備長が立ち上がった。
「ニーナ、儂らはこれからも、お前の選んだ道を応援しとるぞ」
「え?……あ、ああ、ありがとうございます」
「真面目なお前の考える事だ。どうせ、辞めたこの場所が気まずい、何て、思ってるかは知らんがな、お前の場所はこれから先も、警備隊に開けといてある。じゃから、気が向いたら、いつでも帰って来るといい!」
「け、警備長……わ、私……」
「儂から言える事は、一つだけじゃ。ニーナよ、中途半端に道を進むな。分かったな!」
「はい! 頑張ります!」
ニーナは皆に大きく手を振って別れを告げると、軽い足取りで、玄関の外に出て行った。
何故か、名残惜しい気持ちにさせられた俺は、一人外に出て、ニーナに大きく手を振ると、向こうから俺に向かって、一言、大きな声を発した。
「セルド、約束破んなよ!」
「お前もな!」
ニーナは、俺としっかり目を合わせると、そのまま振り返る事無く、寮を後にした。
ニーナがどんな思いで、警備隊を辞める事になったかは、実の所、俺には分からない。
辞める時も、俺には何も、相談してこなかったからだ。
だが、あいつなりに、ヤニー亭で経験を積むことが、前に進むっていう事なんだろう。
俺達が、初めて夢を語りあった時にした約束を今も覚えていたのが、何よりの証拠だ。
これから、あいつがどんな道を進んで行くかは知らないが、ニーナの道はまだ始まったばかりだ。
俺も、試作品を作って満足していては、置いて行かれてしまう。
このまま、立ち止まってる訳には行かないよな。
俺は、決意を新たに、ニーナの姿が見えなくなるまで見送っていた。
見送りを終えて、玄関に戻ると、カーマがニヤニヤしながら、俺に近づいて来た。
「なぁなぁ、セルド、約束って何だよ?」
「ふっ。お前には内緒だ」
「あっそ。つまんない奴だなー」
「そんな事より、俺達も冷めない内に、ワイン風呂行こうぜ!」
「だな!」
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