第57話 あるバイト門番の共同作業

「左前方! オークの群れ、数は二十以上、来るよ!」


「二十以上? 多すぎだろ! フェイさん、どうしますか?」


「……オークは単独の方が珍しいが、この数は異常だな。よし、トーマス、少し手を貸せ」


「だが、断る!」


「うるせぇ、お前に拒否権は無い」


「イタっ!」


 フェイさんは、剣の鞘でトーマスの頭部を一閃すると、迫りくるオークの軍勢に背を向け俺に語り掛けた。


「良い機会だ。お前に魔法の使い方をもう一つ教えてやろう」


「もう一つ、ですか?」


「そうだ。何も、魔法は一人で使う必要はない。他の属性と組み合わせて出力する事で、何倍にも威力を引き上げる事が出来る」


「組み合わせるって?」


「相性の良い属性同士を掛け合わせて、相乗効果を狙うんだ。その為に、俺達、第三警備隊は全員の属性が被らない様になっている」


 説明を終えたフェイさんは、再びオークの軍勢に目を向けた。

 俺達の位置からでも肉眼で確認出来る程、接近してきたオークの軍勢は、ゲータさんの目測以上の数が、迫って来ていた。


 オークは、豚の顔を持った、二足歩行の中級に位置する魔物だ。

 体長二メートル超の体格と、手にした棍棒や槍を振り回す危険な習性を持っている。


 一体一体は、他の中級と比べて、さほど脅威にならないが、オークが厄介なのは、群れで行動する点だ。

 俺達みたいな、拠点を防衛する立場から見ても、極力、遭遇したく無い魔物である。


「トーマス、オークに向かって、広範囲の風魔法を打て」


「了解です! 何でもいいんですよね?」


「ああ、ふざけなければ何でも良いぞ」


「なら、これでどうだ。具現出力、【暴風エアサイクロン】!」


 トーマスは、両手に魔力を収束し、オークの軍勢に向かい、身動きが取れない程の強烈な暴風を広範囲にお見舞いする。


 すると、トーマスの出力した暴風に、すかさず、フェイさんが手を翳す。


「お前にしては上出来だ。具現出力、【氷釘アイススパイク】!」


 フェイさんの手から放たれた、大小様々な釘状の氷は、トーマスの創り出した風に乗り、肉眼では捉えられない程の速度で、オークの軍勢を次々と突き刺して行った。


 辺りには、肉の塊が大槍で貫かれたような、鈍い音が鳴り響いた。

 オーク達も必死に抵抗を試みたが、暴風で身動きが取れない状態では為す術もない。


 トーマスが魔法を解いた時には、既に左側の林は、オーク達の血で真っ赤に染まっていた。


「す、すげぇ! これが属性の相乗効果って奴か……」


「今のは、即席の氷風雪ブリザードって奴だな。こんな風に相性の良い、異なる属性を組合わせて、威力や範囲を底上げ出来るのが、混合出力だ。」


「すげぇ、俺にもこんな力があったとは!」


 フェイさんが混合出力について説明している隣で、共に実行した筈のトーマスは自分の両手を見て、信じられないといった表情を浮かべていた。


「お前も初めてだったのかよ!」


「そりゃあ、冒険者時代もずっと一人だったからな。それより、これなら、大多数を相手にしても魔力の消費も抑えられる。カーマ、もっと色々試してみようぜ!」


「そうだな! 俺も混合出力を体験してみたいな!」


「次、何かが出て来たら試してみるといい。そもそも、お前達同期三人は、属性の相性で採用を決めているぐらいだからな」


 フェイさんの言う通り、炎と風と光は、どの組合わせであっても、それなりの効果を発揮しそうではあるが、反対に俺の属性では、セルドやフェイさんとは、嚙み合わないだろう。

 取り敢えずは、トーマスとの混合出力を試してみるとしよう。


 だが、景気良く意気込んだは良いものの、あれだけ大規模にオークを殲滅した為か、その後は、何も魔物が現れないまま、朝日を迎える事になる。

 気付けばフェイさんも、事務所に引き上げてしまっていた。


「太陽が昇って来たな。ってなると、後三時間で、定時ってとこだな」


「だな。こういう時に限って、魔物が出ないとは。試しに正門にぶちかましてみるか!」


「止めとけよ、トーマス。お前、またメリサに怒られるぞ」


「大丈夫だ、反撃される前に一撃で葬ってやるまでだ」


 どうやら、この調子だと、風と光の混合出力をお目に掛かる日は来なさそうだ。


「そんな二人に朗報だよ! 左の林に動きあり、たぶん、デカめの奴が居るよ!」


「「分かりました!」」


「ヤバそうなら、こっちに引き付けてね、僕が出るから!」


「大丈夫ですって、師匠は上で待ってて下さい!」


 ゲータさんの知らせに、背筋を伸ばした俺達は、オークの血で真っ赤に染まった林に目を凝らし、標的を捉える。


 視線の先には、全身を鮮血で染めながらも、しっかりとした足取りで、こちらに向かって来る、一際大きなオークの姿があった。


「なぁ、カーマ。あれは、さっきの生き残りか?」


「たぶんな、もしかすると、あの集団の親玉だったんじゃねーかな?」


「かも知れないな。さっきの俺の一撃を耐えたとなると、奴は、相当の手練れで間違いない」


「あれは、お前だけの一撃じゃないだろ?」


「かも知れないな。だが、そんな物は関係ない。俺達の一撃で仕留めるまでだ!」


「だな! やり方はさっきと同じで良いか? それとも、俺の後にトーマスの方が良いか?」


「かも知れないな。いや、やっぱり始めは俺が行こう」


「まずはその、かも知れない返答を止めてくれるかな?」


「しょうがない奴だ。まあいい、あいつが近づいて来る前に仕留めるぞ。具現出力、暴風エアサイクロン!」


 トーマスは、フェイさんの時と同様にオークに向かって、暴風を放つ。


 俺は、フェイさんに倣って、見様見真似で暴風に手をかざして魔力を込める。

 混合出力だからと言って、特別、意識する事はない。

 ただ、いつも通り、俺の描いた想像を具現化するだけだ。


「具現出力、貫け! 【炎の矢フレイムアロー】!」


 俺の両手から放たれた炎の矢は、暴風に乗った事で、まるで、爆発でも起きたかの様な反動を俺達に伝えながら、通常の五倍程の大きさに膨れ上がり、オークに向かって、一直線に飛んで行った。


 一瞬で、周囲の温度を高めながら、暴風域を突き進んだ、炎の矢はあっという間にオークまで到達すると、一撃でオークの胴体に風穴を開け、着弾した地面に火柱を立てて、燃え上がった。


 反動の余り、その場で尻持ちを付いていた俺達は、その場でハイタッチを交わしていた。


「す、すげえ!! 俺が一撃でオークを仕留めれるなんて!」


「お前だけの一撃じゃない、俺の風が良い仕事をしたんだ!」


「はいはい、凄かったよ、二人共!」


 手柄の取り合いをしている俺達に、壁の上からゲータさんが労いの言葉を掛けてくれた。


 その日は、そのまま魔物が出現する事無く、定時を迎えた為、引継ぎをして、帰路に付こうとしていたのだが、事務所を出た所で、トーマスに呼び止められる。


「カーマ、大事な話がある。次の休みは開けといてくれ」


「何だよ、改まって。別に、何か言いたい事があるなら今、言ってくれよ」


「駄目だ。今はその時じゃない。次の休みの一日目、午後十時に寮の前にゲホゲホを連れて来てくれないか」


「分かった。覚えておくよ」


「済まないな。だが、早い方が良いと思ってな……」


 トーマスは、何かを内に秘めたまま、時間と場所だけを告げて去って行った。

 その後の夜勤でも、何か思いつめた表情で、警備に当たっていた事もあり、メリサにも心配される始末となっていた。


 トーマスは、一体、俺に何を打ち明ける気何だろうか。

 もしかして、警備隊を辞めるって言う可能性も……。

 いや、まだ、契約更新まで三カ月もあるんだ、報告には早すぎる。


 結局の所、そのまま休みに入り、約束の時間になるまで、頭の中は、トーマスの打ち明けたい事で頭の中が一杯になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る