第52話 あるバイト門番の儀式①

 無事、正門を通り抜けた俺達は、セルド先導の元、今から始める儀式の為に寮の前まで戻って来ていた。


 何故、寮の前に帰って来たと言うと、簡単な話だ。

 儀式を始めるには、もう一人欠かせない男が居るからだ。


「トーマス! いるかー?」


「…………」


 外から、呼んでみるが返事は無い。

 声は聞こえている筈だが、何処かに出かけているのだろうか。


「ならさー……具現出力、ギガント――」


「何してんだ、てめぇ!!」


 返事の無いトーマスの部屋を、アーチが吹き飛ばそうとした時、魔力の流れを察知したフェイさんが、慌てて飛び出して来た。


「おはよう、フェイどしたの?」


「昼間っから何しやがる気だ?」


「あたし達は、トーマス呼びに来たんだけど知らない?」


「あいつなら、昼飯買いに行ってるぞ。もうすぐ、帰ってくんじゃないのか?」


「なら、トーマスの確保は姉御に任せるぞ!」


「任せなさい!」


 トーマスを確保する為に、馬車を降りたアーチは、フェイさんの肩に勢いよく、手を回して話しかける。


「って事で、フェイ。昼飯作って?」


「ふざけんな。自分で作れ」


「えー? ルートさんなら、そんな事言わないのに」


「言うだろ! あいつは仕事中も、そんな事ばっかだぞ!」


「あたし、公私混同する奴、嫌い」


「うるせぇ。はよ入れや!」


 フェイさんは、絡まれるままに、扉を開けると、男子寮の中にアーチを蹴り込んだ。


「あの二人、何だかんだ仲良いよな?」


 二人のやり取りを見ていた俺は、馬車の後部座席から、助手席に場所を移したセルドに問いかける。


「まー、幼馴染で仕事も同じだと、あんな風になっちまうんじゃねーか?」


「そういうもんかね?」


「そんなもんだろ。それより、俺達は、例の物を仕入れに行こうぜ!」


「そうだな。よし、時計下通りに急ぐぞ、ゲホゲホ!」


「きゅうううー!!」


 俺とセルドは、例の物を手に入れる為に、ゲホゲホを連れて、時計下通りに向かった。


 時計下通りはいつもの如く、両側に店が立ち並び、大勢の人で賑わいを見せていた。

 セルドの案内で、行列を掻い潜って、通りの角に建っている店の前に馬車を停める。


「おっちゃん! 久しぶり!」


「おう! いらっしゃいセルド! お友達もいらっしゃい!」


「こんにちは!」


 どうやら、店主だと思われる、気さくなおじさんとセルドは知り合いの様だ。

 店内には、色々な果実が種類ごとに、籠に仕分けされている事から、青果店で間違い無いだろう。


「なぁ、おっちゃん。葡萄って今日は安くなってたりするか?」


「ああ、それなら、丁度良いのがあるぞ。大陸の東の村から仕入れた葡萄は、特に今が旬だからな! それに、今年は値段の割に出来も良いって評判だぞ!」


「いいね! それじゃあ、その葡萄を十万分売ってくれねぇか?」


「十万分か! 用意出来るが……お前、今月は何をやらかす気だ?」


「やらかす前提で買わねえよ! 新製品の開発で使うんだよ!」


 俺もおっちゃんが言う様に、無茶な買い物だとは思うが、これは、セルドの買い物だ。

 俺が口を出す道理は無い。


「そうかい。まぁ俺も、ここで店を構えるまでに、色々やって、二十年は掛かったんだ。お前の挑戦を応援してるぞ! それに、お前の爺さんには、世話になったんだ。少し、サービスもしといてやるよ!」


 気前の良いおっちゃんは、葡萄を詰めていた籠を四つ用意すると、全ての籠が満杯になるまで、葡萄を詰めて、馬車まで運んでくれた。


「いつもありがと! ところで、おっちゃんは何で、俺の爺さんの事を知ってるんだ?」


「そりゃあ、この通りで商売をしている俺達の世代で、あの人を知らない人は居ないからな。皆があの人みたいな商人を目指していたし、当時の俺みたいな、悩める若手を集めては、頻繁に飲みにも連れてって貰ったもんだ」


「そっかぁ。俺の爺さん、凄かったんだな」


「ああ、だから、店を閉めた最期は、本当に残念だったよ。……だからさ、セルドも頑張れよ」


「任せろ! 俺が爺さんを越える様な商人になって、また、あの場所に店を構えてやるからよ!」


「そうだな。楽しみに待ってるぞ!」


 青果店のおっちゃんから、大量の葡萄を受け取った俺達は、初めて、馬車を有効活用して、葡萄を寮の前まで運ぶ事に成功する。


「よし、これで儀式の準備は完了だ!ありがとなゲホゲホ!」


 セルドは、ゲホゲホの頭を撫でながら、馬車から籠を降ろして、儀式の準備を始め出した。


 ちなみに、儀式と言うのは、トーマスとセルドが言い出した事なので、実際の所、何が起こるかは、やってみない事には分からない。

 ただ、一つ言えることは、首謀者達の面子を見て、不安しか感じない事だ。


「ゲホゲホ、また馬車使うかも知れないから、ここで、ちょっとだけ待っててくれよ」


「きゅううん」


 何だか、寂しそうなゲホゲホを残して、セルドの元に向かうと、そこには、儀式に挑むメンバーが寮の前に勢揃いしていた。


「やるなら、やるって、昨日の内に言ってくれよ」


 発案者の一人でありながら、何も知らされていなかったトーマスが、不満そうに呟くと、隣からは、やたら元気な女の声が響く。


「セルド、感謝しなさいよー! ちゃんと、トーマスを捕まえといたから!」


 アーチは籠に入っている葡萄を口に入れながら、こちらに親指を立てて見せた。


「姉御、それ、今から使うんだから食うなよ!」


「良いでしょ! 一つ位!」


「良かねーよ! 俺の金で買ったんだぞ!」


 セルドは、アーチから葡萄を取り上げると、籠の中に食べかけををしまった。


「セルド、どうして、このメンバー何だ?」


 俺が見渡す先には、俺を含めて、頼りないバイト門番しかいない気がするのだが。


「そりゃあ、この前に話したろ。俺達、バイト四人で副業をするって」


「あぁー。夜勤の時に、そんな話を聞いた様な気が……」


「と言う訳で、これより、セルドプレゼンツ、第一回ワイン作りを始めたいと思います!! パチパチパチパチ!」


「「「おぉー!」」」


 セルドの掛け声で、葡萄を使ったワイン作りが始まる事となった。


「で、トーマス。ワインってどうやって作るんだ?」


「セルド、お前、もしかして、やり方知らねぇのか?」


「大体は理解したが、料理の出来るトーマスの方が、確実だろ?」


「それも、そうだな」


 俺とメリサからトーマスの料理の腕を聞いていたセルドは、仕込みの大部分をトーマスに一任して、自分は補助に徹する様だ。


「まずは、ワインを作る為に、この大量の葡萄を足で踏み潰す必要があるんだが、汚れても問題ない、丁度良い大きさの樽や桶の様な入れ物はあるか? 」


 トーマスは、周囲を確認しながら、俺達に問いかけるが、使えそうな物は都合よく転がってはいない。


「うーん……籠四つ分の葡萄を入れて、人が上から乗る事を考えると、最低限、それに耐えうる作りの物が必要になって来るよな……」


 セルドも頭を抱えているので、心当たりは無さそうだ。

 隣にいるアーチは、セルドの目を盗んで、先程の食べかけを頬張っているので、あてにはならないだろう。


 だが、この街中に、汚れてもよくて、人が乗っても問題の無い物なんて、都合良く転がってる筈が……って、あれ、もしかしてあそこなら、汚したい放題なんじゃ。


「なぁ、お前ら、浴槽ってのはどうだ? 風呂場なら、どうせ、毎日洗うから汚し放題だし、俺らも問題なく入れるんじゃないか?」


「「それだ!!」」


 二人は、俺の言葉に目をキラキラと輝かせると、籠を担いで、寮の風呂場に向かった。


「あんた、意外にやるわね」


「だろ? 見直したか?」


「そうねー。じゃあ、ご褒美にあたしの食いかけを一つやろうか?」


 アーチはそう言うと、口の中から、半分齧られた唾液塗れの、葡萄の身を取り出した。


「要らねーよ! 普通、葡萄はそういう風に分けたりしねーよ!」


「そーなの?」


「そういうもんだぞ。どういう教育受けてんだよ。行くぞ」


 本当は、ちょっと欲しいけど、ここで貰ってしまったら、今後、こいつとの接し方が分からなくなりそうなので、断る事にする。


 二人の後を追って、風呂場に向かうと、そこには、湯を溜める時と同様に栓をした浴槽に、これでもかと、葡萄を放り込んでいる男達が居た。


「おせぇぞ! 早く二人も、葡萄を入れてくれ!」


「了解!」


「任せなさい!」


 セルドの指示で、投げ入れた葡萄たちは、あっという間に浴槽の半分程の位置まで到着し、籠の中が空になる頃には、浴槽の八分目程の高さまで積み上がっていた。


「これが踏んでみて、どうなるかだなー」


 トーマスは、ズボンの裾を捲ると、そのまま、風呂に入る時の様に、浴槽に足から入って行った。

 事前に作り方を聞いていたセルドも同じ様に続いて、浴槽に足を付ける。


「え? なにこれ、自分で踏むの?」


「ああ、こうやって、果汁を絞って底に貯めて行くんだよ。俺達だけじゃ足が足りない。カーマも入れよ」


「分かった!」


 俺も、二人に倣って、恐る恐る浴槽に入ると、足の裏を不思議な感覚が襲った。


 二人を見ている時は、足が汚れる事ばかりに気を取られていたが、この感触は、癖になりそうだ。

 踏むとそのまま沈み込んで、最後には、プチっと足裏で果実が弾ける感触が伝わって来る。

 気が付くと、俺は、無心で足踏みを繰り返し、最後には、三人で浴槽の中を周りながら葡萄を踏み潰していた。


「トーマス、お前、ワインを作るのは何回目だ?」


 慣れて来た俺は、周りながら、トーマスに話しかける。


「お前らと同じで初めてだが、どうかしたか?」


「そうなのか。初めてにしては、手際が良すぎないか?」


「そうか? やった事は無いが、ワインの作り方自体は、俺の故郷じゃ有名だったから聞いた事あるだけだ。まー、結構、うろ覚えだけどなー」


「トーマスってさ、結構、物知りだよな。俺は正直言って、もっと、無能な奴だと思ってたぞ」


「カーマ、お前も、本当に無礼な奴だな。人の褒め方から、もう一度、勉強してくるといい」


「てめぇ、ちょっと褒めた位で良い気になりやがって!」


「まあ、まあ、落ち着けよカーマ。実際の所、トーマスの知識は馬鹿にならねえよ。今月の新製品はお前に頼んでみて正解だったぜ! これが商品化して、量産まで進めば、俺も何とかなりそうだからな」


 セルドは、商人として大成する為にも、このワインに並々ならぬ思いがある様だ。


「なあ、セルド。お前さっきからよ、今月のとか言ってるけどさ、こういうの毎月やってるの?」


「何を今更言ってんだよ。俺は毎月、借金を返済したら、残りは開発費に回すって決めてんだよ」


「お前、意外に苦労してたのか。ちなみに、先月は何作ったんだよ?」


「先月は金欠だったからな。倉庫にある使ってない装備を勝手に補修して、販売してみたんだが、結果は惨敗だ」


「そうか、また、次もこういう事あったら、俺も誘えよ。手伝ってやるからよ」


「その時は俺も誘うといい」


「ありがとよ。そん時は遠慮無く、頼らせて貰うぜ。……なあ、お前ら、そういえば姉御ってどこ行ったか知ってるか?」


「そういや、見てないな。何か静かだなと思ったら……」


「確かに、葡萄を入れる時までは居たけどな……」


 葡萄を踏みながら世間話に夢中になっていた俺達は、セルドの言葉にはっとなり、辺りを見渡すも、既に、風呂場にアーチの姿は無かった。


 その後も三人で、足踏みを続けていると、突然、風呂場の扉が勢いよく開かれた。

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