第41話 あるバイト門番の恵み
今日は待ちに待った日がやって来た。
最近は、すっかり慣れた俺の抱き枕こと、ゲホゲホが、一足先に起き上がる。
「おはよ、ゲホゲホ。まだ早くないか?」
「きゅう?」
俺の布団を強引に奪い去ったゲホゲホは、お前も早く起きろと言わんばかりに、こちらを覗き込んでいた。
「分かったよ、起きればいいんだろ」
「ぶるるるるるるる」
俺は、ゲホゲホの背に乗った布団を寝床に片付けると、扉を開け、朝の支度を始めた。
「おはよー、カーマ、ゲホゲホも」
「おはようございます、ゲータさん」
「皆は先に行ったよ」
「こういう日に限って早いっすね」
俺は、机の上に並べられたパンを咥えながら、ゲホゲホの朝食を準備する。
準備すると言っても、特段、何かを作る訳ではなく、ゲホゲホ用に買い溜めした、人参を袋から出して、皿に並べるだけだ。
最近判明した事だが、ゲホゲホは、俺が何かを食べる時に、自分も食べる物が無いと、暴れる習性があるらしい。
「偉いね、ちゃんと飼い主やってて」
「朝から馬と喧嘩はしたく無いですから……」
朝の貴重な時間と餌代も掛かるが、これも飼い主の務めだ。
ゲホゲホの前に人参の入った皿を置くと、嬉しそうな顔で人参を頬張り始めた。
まあ、こいつが嬉しそうなら何でもいいや。
朝食を済ました俺達は、支度を済ませ、職場に向かった。
「とうとう来たなこの時がー!!!」
「遅いぞカーマ! 何してやがった!」
正門の前では、いつも、時間ギリギリに走って来るトーマスとセルドが俺達の到着を待っていた。
「お前らが早いだけだろ」
「ほんとだよ、せっかくの休みなのにね。それにさ、いい加減、セルドはもう慣れたら?」
「何ってんだよゲータさん、こんな最高に楽しい日に慣れてたまるかよ! もう皆、集まってるから、俺達もいくぞ!」
「今日は待ちに待った俺達の初任給だ、乗り遅れるなよカーマ」
「何に乗るんだよ?」
「ふっ……そんな恥ずかしい事、一々言わせるな」
「じゃあ、黙っとけ」
まるで、仕事終わりの様なテンションの二人に先導され、事務所に向かう。
事務所の入り口は、ゲホゲホが難なく通れるようにと、最近、警備長が扉を外した事もあり、外からも、中の様子が覗ける様に変わっていた。
今から、俺達の給料授与式が幕を開ける。
事務所に足を踏み入れると、中には、第三警備隊の面々に加え、奥には警備長とルートさんが朝礼を始める時の様に、皆と向き合う様に座っていた。
「おっそいわよ! 男共!」
俺達の姿を見るなり、噛みついて来た女は、俺の記憶が正しければ遅刻の常習犯だった筈だ。
「逆に、何でお前が朝に起きてんだよ!」
「僕らと違って、アーチは、給料日だけは早起きだからねー」
「だけって言うな! あたしはいつも本気で起きてるんだよ!」
「事実、そうじゃねーかよ」
「何だと? ……それ以上言うと、お前の給料で――」
「朝からうるっさいんじゃ!!」
給料に浮足立つ俺達に、警備長の一喝が下される。
静寂に包まれた事務所の中で、ゆっくりと立ち上がった警備長が口を開く。
「お前らが静かになるのに、三分掛かりました。これはどういう意味だ、セルドよ?」
突然名指しされたセルドは、欠伸を中断し、警備長に向き合う。
「……つまり、どういう事でしょう?」
どうやら、質問を聞いていなかった彼は、考えるのを辞めたらしい。
(あいつ、終わったな。質問に質問を返すのは馬鹿のする事だと、村で聞いた事がある)
「つまり、先月より、二分も短縮出来たという事じゃ! これは、第三警備隊の成果といっても過言ではないじゃろ」
「ありがとうございます」
立ち上がったフェイさんは、警備長に頭を下げる。
(あれ? 褒められちゃった)
「そんなお利巧な諸君等に、今から今月分の給料を授ける。名前を呼ばれたら前に来るように」
「「「はいっ」」」
「最初は、第三警備隊リーダー、フェイ」
「はっ」
「いつもありがとう。これからも頼むぞ」
フェイさんは、警備長から給料の入った革袋を手渡されていた。
ここの給料は、こうやって一人ずつ警備長から手渡しで貰う様だ。
「次、ゲータ」
「はいっ」
「お前は、正社員になってから初めての給料になるな。給料が上がったからと言って、決して、夜遊びはするでないぞ」
「しませんって」
「次、メリサちゃん」
「は、はいっ」
「メリサちゃんも初めてだな。ルートに
「分かりました」
正社員から始まった授与式も、折り返しだ。
今からは、俺達アルバイトの出番だ。
「次、クソバイト、アーチ」
「はいはーい!」
「いつも通り、夜勤の睡眠分は自給換算で抜いてある。ちゃんと確認しておけ」
「ちぇー、またかよ!」
アーチは、悪態を付いて席に戻って行った。
(お前が勝手に寝落ちしただけだろうに、何でこいつはそんなに偉そうなんだよ……)
その後、順番に名前が呼ばれ、最後に俺の番が回って来た。
「次、放火魔バイト、カーマ」
「はいっ」
「分かってると思うが、お前の給料は半分じゃ」
「はいっ。理解は出来ませんが、納得はしています」
「うむ、毎日、工事中の女子寮を通る度に反省する事じゃな」
「申し訳ございませんでした」
自分に課せられた冤罪を謝罪し、代わりに給料の入った革袋を貰う。
パンパンに膨れ上がったアーチ以外の皆と違い、俺の革袋はまだまだ余裕があった。
(悔しい……同じ時間働いた筈なのに……そうだっ!)
「警備長! 一つ相談があります!」
「ならん」
警備長は、間髪入れずに即答した。
「聞いてください! 俺の事じゃないんです!」
「なんじゃ?」
「ゲホゲホも大事な第三警備隊の仲間です。こいつにも給与は頂けませんか?」
俺は、二週間は出勤していたと思われるゲホゲホを使って、給与の増額を目指す事にした。
ゲホゲホは、俺の部屋に来てからというもの、仕事中も毎日俺の隣にいた為、警備隊を始め、正門を頻繁に利用する行商人達には、マスコットの様に可愛がられて、すっかり第三警備隊の一員に馴染んでいたのだ。
「……確かにゲホゲホも、勝手に付いて来ているとはいえ、出勤はしておるか……いいじゃろ、食費としていくらか上乗せしてやろう」
「ありがとうございます!」
俺の革袋に追加で一万ローム硬貨が三枚追加された。
「うわっ! ズルい! あたしにも頂戴よ!」
「お前は仕事中に寝なかったら、そのくらい貰えるから頑張れよ!」
「それが出来ないから言ってんだよ!」
「うるっさいんじゃ!! バカたれ!! お前はもっと真面目に働けんのか!!」
事務所内に警備長の怒号が響くと同時に、アーチの腹部に強烈な蹴りを叩きこんだ。
「がはっ!――覚えてろよ、ハゲ野郎がぁー!!」
汚い言葉を吐きながら通路に飛んで行ったアーチは、そのまま帰って来る事は無かった。
「よし、これにて今月の給料授与式は、おしまいじゃ。くれぐれも、給料が入ったからといって、無茶はしない様にな。何事も身体が資本じゃからな」
「「「はいっ」」」
こうして、警備長の締めの挨拶で、式は終わりを迎えたのだった。
身体が資本って言った割には、誰かを蹴り飛ばした気がするのは俺だけだろうか。
過ぎた事は考えても仕方がない。
この連休は、給料の正しい使い道を決める為にも、一度、皆の休日の過ごし方を観察してみようと思う。
早速、警備長から恵んで貰った三万ロームを、仕送りとして生存確認の手紙と共に実家に送ると、俺は、給料が入ったら絶対に行こうと思っていた場所に足を進める。
そう。アルアルファイナンスだ。
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