第42話 あるバイト門番の振る舞い
俺は、貰ったばかりの給料を握り締めながら店内に進むと、そこには知った顔が受付に並んでいた。
「お前もここにいたのか」
「……う、うん。こ、こういうのは早い方が良いって、ルー姉が言ってたから……か、カーマ君もここに借金あったの?」
「ああ、入隊初日にヤニー亭でちょっとな」
奇しくも同じ店で借金をする羽目になった俺達は、並んで、借金の支払いを行う。
「カーマ・インディーです。借金の返済に来ました」
「お越し頂き有難う御座います。借入金額を確認して参ります」
受付のおじさんは、一度裏に戻ると、俺が以前に記入した契約書を持って再度姿を見せた。
「それでは、カーマ様の返済金は、六千ロームになります」
「六千? 俺そんなに借りて無いって!」
何かが可笑しい。
あの時借りた金額は、確かに千ロームだった筈だ。
俺はおじさんから提示された金額に驚き、契約書を確認すると、そこには元の金額の隣に、利子プラス五千ロームと記載されていた。
(やられた……そりゃあタダで金貸してくれる所なんてある訳ないよな……)
「すいません。六千ローム返済します」
革袋から千ローム硬貨を六枚取り出し、おじさんに手渡す。
「丁度、お預かり致します。またのご利用お待ちしております」
隣では、万単位の返済を済ましていたメリサが、引き攣った顔で店内に立ち尽くしていた。
「メリサ……何というかお疲れ」
「お疲れ様。……本当に何もしてないのに、疲れたね」
借金から解放された俺達は、アルアルファイナンスを後にした。
「そういや、メリサは給料の使い道は決めたか?」
「うーん……せ、せっかくの初任給だから、記念になりそうな物でも買いたかったけど、返済で余裕無いから、お酒に消えちゃいそう」
「はははっ、俺も全然余裕無いから気持ち分かるわー。でもさ、それって、メリサらしい使い道だと思うぞ」
「それ、褒めてるの?」
「褒めてるって」
俺達が初任給の使い道について、話し合っていると、親知らず通りの一角にある古びた建物から、見知った顔が姿を現した。
その男は建物の前で、子供達に囲まれながら、湯気が立ち上る大きな鍋に次々と食材を投入していた。
「ね、ねえ、あれって!」
「ああ、あいつが子供と一緒にいる。中には女の子もいるぞ」
「と、止めた方がいいんだよね?」
「当たり前だ! 急ぐぞ!」
幸い、その男は、こちらに気づいてはいない。
やるなら、後ろから一撃で決める。
俺は、目の前で、仲間が罪を犯す現場は見たくない。
今ならまだ引き返せる。
「俺があいつの動きを止める、メリサは、子供達を頼む!」
「任せて!」
メリサと共に、いつでも、飛び掛かれる体勢を作って、悟られない様に距離をジリジリと近づいていく。
すると、鍋を囲んでいた、一人の少年が振り返り、俺達の事を指差した。
「ねえ、あの人達だーれ? お兄ちゃんの知り合い?」
「どうしたサム? まだ鍋は出来てないぞ」
「でも、あの人達、こっちに近づいて来るよ」
「院長の友達かな? 兄ちゃんが話聞いて来るから、プルは鍋を見ててくれるか?」
「うん!」
異変に気付いた男は、鍋の番を隣の少女に任せると、こちらに顔を向けた。
(気づかれたか……だが、流石のお前も不意打ちには対応出来まい)
「トーマス覚悟!!!」
駆け出した勢いそのままに、無防備なトーマスを羽交い絞めにする。
「参ったかトーマス! これで観念したら子供達から離れるんだ!」
「み、みんな、危険だからこの男から離れて!」
「……何だ、お前らかよ……で、何の真似だよ?」
羽交い絞めにされたトーマスは、俺達の顔を確認すると、抵抗する事無く、目的を尋ねた。
どうやら、こいつはまだ、自分の罪を知らないらしい。
「お前が過ちを犯さない為に止めた」
「それだけ?」
「ああ、それだけだ」
「メリサは?」
「わ、私もトーマスを止めただけだけど……」
「そうか。……はぁーあー……」
トーマスは、理由を聞いた所で、一度大きな溜息を吐いて、全力で抵抗を始める。
「とにかく離せ、今は調理中だ」
「駄目だ! お前が子供と一緒にいるのは危険すぎる。寮まで連行させて貰うぞ」
俺がトーマスの連行に手間取っていると、騒ぎを聞きつけたのか、建物の中から妙齢の女性が姿を現した。
「何をしているのですか!! トーマスさんを離しなさい!!」
「え!? ……何で?」
「え、じゃないですよ! トーマスさんは、ご厚意で、いつも私たちの孤児院で炊き出しをしてくれる、心優しい方なんですよ!!」
「ですが、彼は――」
「院長の言う通りだ!兄ちゃんを離せ!!」
「「「そうだそうだ!!」」」
「ど、どうする、カーマ君?」
気付けば院長と呼ばれた女性と子供達に、俺とメリサは追い詰められていた。
(どうする? ……まずは場を落ち着かせなければ……)
「カーマ、一旦俺を離せ。後は何とかしてやるから」
「信じていいのか?」
「信じろ。お前らの考えは大体分かったからな」
俺がトーマスから手を離すと、心配していた子供達が、トーマスに駆け寄って抱き着く。
必死に駆け寄って来た子供達は、皆が安堵の表情を浮かべていた。
子供達に遅れて、院長と呼ばれた女性が、トーマスの元に駆け寄った。
「トーマスさん、大丈夫ですか?」
「ええ、おかげ様で……」
「もう安心して下さい。この人達は、すぐにでも、警務隊に連行しますので」
「院長さん、落ち着いて下さい。この二人は俺の同僚です」
「そうなんですか? とても仲が良い様には見えなかった物で……」
「喧嘩するほど何とやらって奴ですよ。大方、こいつ等もこの炊き出しの匂いで、腹を空かせていたのだと思います」
「では、連行はしない方が……」
「そうですね。無しでお願いします」
「分かりました」
俺とメリサに対する院長さんからの視線は未だに厳しいが、トーマスが機転を利かせてくれたお陰で、この場を収める事が出来た様だ。
「この二人は兄ちゃんの友達なんだ。皆も仲良くしてくれよ」
「そうなの?」
「うん、ちょっとお馬鹿さんな所があるけど許してあげてね」
「分かった! お馬鹿さんならしょうがないよね!」
「それじゃあ、皆揃った所で鍋を囲もうか! 後は煮込むだけなので、みんなはお皿の用意をお願いします」
「「「はーい!」」」
トーマスの言う事には絶対なのか、子供達は競争する様に、準備に取り掛かった。
子供の純粋が故の発言に、思う所があったが、これは俺達の勘違いから始まった事だから飲み込むとしよう。
「働かざる者食うべからずだ。カーマ、メリサ、お前らも子供達を手伝って来いよ」
「あいよ」
「わ、分かった」
俺達は、孤児院の中にお邪魔して、子供達の手伝いをしながら、鍋の前に長机を運ぶ。
「なあメリサ、トーマスって孤児院育ちって知ってたか?」
「わ、私も知らなかった。そもそもトーマスって自分の事を言わないから」
「だよなー。それに、あいつが料理出来るって事も初めて知ったんだけど」
「寮でも作ってるとこ見て無いの?」
「ないない! あいつ普段弁当しか食ってないって」
「だ、だよね。なんか、今日のトーマスって別人みたいだね」
メリサの言う通り、俺の目に映るトーマスは、まるで別人だ。
今も子供達と鍋の前で、火の魔石を使って火力を調整しているのが、トーマスだと思えない程に。
「カーマ、机はそこな」
「おっけ」
トーマスに指示されるがまま、長机を運び終えると、子供達が、机の上に皿を広げる。
「ゴースとノートは、お水を注いでくれるか?」
「「分かった」」
二人の少年は、トーマスに頼まれた事が嬉しかったようで、張り切って、人数分のコップに水を注いでいた。
「よし、完成だ!」
トーマスが、火の魔石を鍋の下から取り外すと、一気に被せられていた蓋を外す。
蓋に押し込められていた湯気と匂いが同時に溢れ出すと、俺達は、気づけば鍋の前に集まっていた。
ぐつぐつと鍋から覗く、煮込まれた魚介と野菜に胸が躍る中、トーマスは、子供達が用意していたお椀に一つずつ盛り付けを始める。
「はい、お馬鹿なお兄ちゃん」
「ありがとう」
「はい、お馬鹿なお姉ちゃん」
「あ、ありがと」
少年が、嫌みの無い笑顔で、長机の端にいた俺とメリサにもお椀を配ると、院長が立ち上がり、会食の音頭を取った。
「それでは、皆、トーマスさんに感謝して頂きます!」
「「「頂きます!」」」
子供達が熱々の鍋にがっついているのを見て、俺達もトーマスお手製の鍋を口に運んだ。
口をすぼめて数回息を吐いた口の中は、あっという間に野菜の甘味と魚介の旨味が凝縮された優しい味のスープに占領されていた。
「美味い!!」
「ほ、ほんとに美味しい!!」
俺達の期待を軽く上回ってきた鍋に手が止まらなくなっていると、子供達に囲まれていたトーマスが俺達の方に近寄って来た。
「鍋の味はどうだ?」
「トーマス、滅茶苦茶美味いぞ!!」
「だろ! 俺の十八番なんだ、そんくらい言って貰わねえと困るさ」
「ほ、本当にトーマスが作ったの?」
「そうだぞ、今日は給料入ったから良い食材を調達出来たってのもあるけどな。……で、メリサはどうだった?」
「……ま、まあまあ美味しいよ」
「そうか、じゃあお前はおかわり禁止な」
「何で!?」
「素直に美味いって言わなかった罰だ」
「そんなぁ」
昼飯を食べていなかった俺は、おかわりを禁止されたメリサを残して、子供達と一緒におかわりの列に並んでいると、孤児院にまたもや、知った顔が姿を現した。
「何で、お前達がここにいる?」
「俺が聞きたいくらいですよ。フェイさんこそ、休みの日に何してるんですか?」
「俺は、この孤児院の支援者なんだよ。実際、給料の半分は、寄付をしている」
「あのフェイさんが、寄付ですか?」
「ああ、どうせ、俺が持っててもコロシアムに吸い込まれるだけだからな」
突然の上司の来訪に、俺が反射的に背筋が伸ばしていると、院長が、小走りでこちらに近づいて来た。
「フェイさん!お久しぶりです!」
「院長さん、お久しぶりです。お変わりは無いですか?」
「はい、おかげ様で子供達も元気にしてますよ」
「なら良かったです。……それで、どうしてここに俺の部下がいるのですか?」
「部下ですか?……もしかして、トーマスさんの事ですか?」
「ええ、トーマスと残りの二人も何ですけど……」
「そうなんですね。お二方は初めましてになるのですが、トーマスさんは、以前、フェイさんにもお話しした、定期的にご馳走を振舞ってくれる心優しい冒険者の方ですよ」
「こいつがですか!?」
フェイさんは、トーマスを指差しながら驚愕の表情を浮かべていた。
分かりますよ、フェイさんの気持ち。
世の中で一番孤児院に近づいては行けない男が、どういう訳か、子供達に囲まれ、頼りにされているのだ。
理解し難い現実に、止めた方が良いのか、暖かく見守った方が良いのか、判別しかねるのだろう。
正直な所、俺は、まだ怪しいと睨んでいる。
「最近、冒険者から転職されたとお聞きしたのですが、まさか、フェイさんの職場だったとは驚きです」
「俺が一番驚いてますよ」
フェイさんは、院長さんに挨拶を済ませると、俺達の方に近づいて来た。
「トーマス、お前が子供達の言う、凄腕の料理人だったとはな」
「ええ、一応、子供達からはそう呼ばれています。そうだ、フェイさんも一杯どうですか? まだ少し残りがありますんで」
「鍋か……頂こう」
フェイさんは、トーマスからお椀と箸を受け取ると、俺の隣に腰掛け、すぐさま、口に運んでいた。
「これは、想像以上に美味いな!」
「ありがとうございます」
「……それで、トーマスよ……本当の所はどうなんだ?」
突然、食べかけのお椀を机に置いたフェイさんの表情が険しくなった。
「本当とは?」
「そのままの意味だ。正直な所、お前の性格や性癖を知る俺には、お前のやってる事が、何か別の企みがある様に見えてな。……それにだ、俺は一カ月、お前と同じ寮に住んでるが、一度も料理している所を見た事が無いんだ、怪しむのは当然だろ」
フェイさんは、知ってか知らずか、俺とメリサが抱いていた疑問をまとめて投げかける。
「……俺、作りたい人がいる時にしか料理をしないって決めてるんですよ。自分が腹を満たすだけに作るのは、どうにも気分が乗らないんですよね」
「それで、この子達には、作りたいって思えたのか?」
「はい、最初は偶然通りかかっただけでしたが、この子達の笑顔にやられてしまいました」
トーマスは、何度もおかわりに向かう子供達を見て、にこやかな笑みを浮かべていた。
「そうか……なら、これからも、子供達を笑顔にしてやってくれ」
「はいっ」
フェイさんは、話を終えると、目の前の水炊きを味わった後、子供達と一緒におかわりの列に並んでいた。
業務用の大きな鍋に零れそうなほど、仕込まれていた水炊きは、メリサ以外の皆が、何度も休む事無く、食べ続けた事で、あっという間に平らげられていた。
「みんなー、作ってくれたトーマスさんにご馳走様するよ、せーの!」
「「「ご馳走様でした!!」」」
「お粗末様でした」
子供達に合わせて、俺達もトーマスに感謝を伝えると、流れる様に片付けが始まった。
勿論、片付けも全員参加だ。
「カーマ、机の反対持ってくれ」
「了解です!」
フェイさんと二人掛かりで、長机を孤児院の中に戻す。
皆が外で洗い物をしている為、室内にいるのは、俺達だけだ。
良い機会だ。
フェイさんについて、思っていた疑問をぶつけて見る事にした。
「フェイさん、一つ聞いてもいいですか?」
「駄目だ」
「何でだよ!」
「で、何が聞きたい?」
「フェイさんって、どうして、ここに寄付をしているんですか? トーマスと話してる時も、何だが真剣な顔をしてた気がして……」
「そうだな、色々理由はあるが、お前にも分かる様に言うなら、ギャンブル用のゲン担ぎってとこかな……」
「あんた、ホントに最低ですね、見損ないましたよ」
「あんまり、誇れる話じゃないんだ……あんまり外で言いふらすなよ」
「言いませんよ! 恥ずかしい!」
せっかく、初めて尊敬出来る部分を見つけたと思ったのに……。
がっかりだ。
孤児の為を思ってとか、そういった深い話を期待していた俺は、酷く裏切られた気分だ。
やはり、フェイさんには、ギャンブルの事しか頭にないらしい。
片付けを済ました俺達は、トーマスを残して、子供達に見送られながら孤児院を後にした。
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