第40話 あるバイト門番の命名
寮に戻ると、痺れを切らした白馬が、玄関前でゲータさんと共に俺達の帰りを待っていた。
俺の顔を見ると、嬉しそうに駆け寄って来る様は、本当のペットの様に愛らしさを感じさせる。
「みんな、おかえり!」
「ただいまです!」
ゲータさんに向かい入れられた俺達は、馬を片手で愛でながら、部屋に戻って、命名の準備に取り掛かる。
「カーマ、もう名前は決めてるのか? まだ決まって無かったら俺が名付けてやっても……」
「結構だ!」
「なら、隣の部屋の俺の名前からとって……」
「黙ってろ! もう決めてんだから諦めろ」
俺は、愛犬家になろうを箱から取り出して、馬の首に巻き付ける。
「きつくないか?」
「プルルルル」
たぶん大丈夫って事で、次の工程に移るとしよう。
「えっと次は、魔力を流して、その後に名付けだなー……」
俺は、両手を馬の首輪に添えて、自分の魔力をゆっくりと流す。
「ちょっと待ってろよ、【憑依】」
俺の手から伝わった魔力が首輪に行き渡ると、首輪が赤色に光り出した。
(よし、魔力は順調に流れたな。後は、名前だな……こいつは一人で林の中にいて、それでも闇に負けずに、体毛は雪の様に真っ白く輝いていた。だから)
俺は、すーと深呼吸をすると、昨日から考えて来た名前を口に出そうとした、その時だった。
寮の玄関が、力一杯に開かれると同時に、酒場に同行していた二人の女が室内に上がり込んで来たのだった。
入り口近くにいたゲータさんが、危険を感じて、慌ててアーチを取り押さえるも、もう一人の女はその勢いのまま、こちらに走り込んできた。
そして、気づいた時には、俺に向かって両足を向けていた。
「ほろ酔いドロップキッーーーク!!」
馬の名付けに集中していた俺は、反応が遅れ、メリサのドロップキックを鳩尾に貰ってしまう。
「……ゲホッゲホッ……何すんだメリサてめえ!! 今は名付けの途中だろうが!!」
「おい、カーマ! そんな事より、早く名前を付けろって!」
「ああ、そうだった!」
俺は、酔っ払いを引き剝がし、馬の首輪に再度手を掛ける。
もう一度、魔力を流そうと、首輪を見た時に異変を察知する。
「あれ? 首輪に何か文字が書いてあるんだけど……」
「はぁ? んな訳ないだろ。お前はまだ名付け……そういや、お前さっきなんて言った?」
嫌な予感がした俺は、目を凝らして、首輪に書かれた文字を読んでみた。
「なあ、トーマス……首輪にゲホゲホって書いてあるんだけど――」
「きゅうううー!!」
俺が首輪に書かれた名前を呼びあげたその時、目の前の馬が俺に突っ込んで来た。
余りの勢いで吹き飛ばされそうになるも、何とか、部屋の壁に張り付いて、踏みとどまる。
ちょっと待てよ、説明書通りのこの反応、もしやこいつの名前って……。
「お前……もしかして、ゲホゲホなのか?」
「きゅぅぅぅ!」
ゲホゲホは、嬉しそうな表情を浮かべ、俺にすり寄って来る。
身体に触れていれば、名前を呼ばれても、突撃はしてこない仕様なのだろうか。
ゲホゲホは名前が付いた事に嬉しそうにしているが、俺は、その逆だ。
せっかく、一晩考えた自信のあった名前が、ただの咳払いに変わってしまったのだ。
許さない。
俺の鳩尾に飛び蹴りを入れた後、そのまま床で寝そべっている、自称ほろ酔い女に全ての鬱憤をぶつけてやろう。
幸い、泥酔状態なら、何されても覚えて無いだろう。
「おい、起きろメリサ!」
呼びかけるも反応が無い、ならばこうしてやるまでだ。
俺は、メリサの髪の毛を頭頂部で一つに纏めると、ゲホゲホの口の前に差し出す。
「ゲホゲホ、ご飯の時間だ。ほら、こうやって見たら人参に見えるだろー」
「きゅうううー!!!」
「止めなさい! 知ってんの? 女の子の髪は命って!」
今まで部屋の入口で止められていたアーチがメリサを庇う。
「こいつにはそのくらいの罰が必要だろ」
「いいじゃない、あんたの考える激イタネームより、ゲホゲホの方が可愛いでしょ?」
「激イタかどうかは分かんないだろ!」
「じゃあ、言ってみなさい。皆で判定してあげっから」
くそ、こいつ、俺のセンスを試しているのか……。
いいだろう、俺が時間を掛けた渾身の馬名を見せてやる。
「……スノーエンジェル!」
「「「…………」」」
「どうだ、アーチ! 恐れ入ったか!!」
「ゲホゲホの方が良いわね」
「だねー」
「おい、お前ら急にゲホゲホ派に寝返るなよ」
「俺も、ゲホゲホ派だな」
「トーマス! お前もそっちに付くのかよ!」
「がっかりだよ。お前なら、ホワイトファルコンとか付けると思ってたのに……」
「お前のも、馬には向かねえよ!」
「あんた、メリサに罰とか何とか言ってたけどさー、逆に感謝したら?」
「なんでだよ? こっちは飛び蹴り喰らってんだぞ!」
「だってさー、そこらの名付けのプロは、平気で金取ってくるんだから、飛び蹴り一発なら安いもんじゃない」
「そういう問題?」
「そー言う事よ。そんじゃあ、あたしは帰るわー」
アーチはそう言って、メリサを担ぎあげ、男子寮を後にした。
アーチが帰った事で、その場はお開きとなり、皆が自分の部屋に戻って行った。
部屋の中には、必然的に俺とゲホゲホだけになる。
「なぁ、ゲホゲホ、名前だけどさ、本当にこれで良かったか?」
「きゅう?」
ゲホゲホは、名前を呼ぶと、嬉しそうに顔をこちらに向けた。
「いいや、何でも無い」
まあ、ゲホゲホがこれで満足してるなら、これでいっか。
こうして、第三警備隊に新たにゲホゲホ・インディーが配属される事となったのだった。
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