第39話 あるバイト門番の信頼

 ◇ カーマside ◇


 半壊した店内で、メリサを取り囲むガラの悪そうな男達と、カウンターから不自然に伸びた二本の足。

 誰かは分からないが、ピクリとも動かないその足を見るに、どうやら、死人も出てしまった様だ。


(やっぱりこうなったか……でも、妙だな。トーマスの姿が見えない。さっき聞こえていたのは、確かにトーマスの叫び声だと思ったんだが……まあいいや)


 今は、目の前の争いがどうなるか、離れた場所で見守るとしよう。

 俺達が小部屋から現れた事を知るや、裏に隠れていた店員のおじさんが、カッタルさんの姿を見るや、こちらに走り出し頭を下げた。


「すいません、姉さん。止めれなくて……」


「いいのよ、犯人共に全部肩代わりさせるから。取り敢えず、貴方は、大雑把で良いから被害額の算出をしてくれる?」


「はっ」


 店員さんは、額に汗を浮かべながら、カウンターの裏に戻って行った。


「あん? 何だお前ら、今良い所なんだよ。邪魔すんじゃねーぞ」


「あら、お邪魔だったかしら? ちなみに、ここ、私のお店なんだけど」


 男達は、メリサの方に意識を向けていたが、声の主を見て戦慄する。

 その立ち姿と特徴的な頭を覆うターバン。


 親知らず通りに生息していれば誰もが、恐れるコロシアムの女神、その人だったからである。


「兄貴ヤバいっす。逃げましょう! あいつカッタルですよ! しかも、後ろにはゴーレム女もいますよ!」


「くそっ! お前ら、ここから逃げるぞ!」


 焦った男達は、カウンターから離れて逃亡を図るが、その先にはカッタルさんとゴーレム女が待ち受けていた。


「具現出力、【土壁ロックウォール】」


 アーチが一早く酒場の出入口に岩石で蓋をする。


「逃げれる訳無いでしょ。あんたら、うちのメリサに何してくれてんのよ!」


「アーチ、落ち着いて。こいつ等の相手は私がするから」


「ならあたしは、出口を固めとくわ」


「うん。お願ね」


「チッ、逃げ道が塞がれたか……お前ら、やるしかねえ! ビビんなよ、数はこちらが上だ!」


 カッタルさんが、店のど真ん中で男達と向き合った所で、傍観に徹していた俺とセルドは、コソコソとカウンターまで気配を消して移動し、渦中の一人と思われるメリサに事情を聞いて見る事にした。


「メリサ、無事だったか?」


「うん。おかげ様で助かったよ」


 そう言って、微笑んだメリサの瞳は、赤く染まっていた。


「あれ? 意外と普通じゃねーか。酒も入ってたし、俺はもっと暴れ回っているかと……」


「セルドさん、大丈夫ですよ。私、ほろ酔いなんで!」


 ほろ酔いを自称するメリサは、男達に囲まれていたにも関わらず上機嫌だった。


 怪しい。歓迎会の時に、フェイさんにも食って掛かったあの酔っ払いが、何もしていない訳がない。

 そうだ、まずはあいつを探そう。


「メリサ、トーマスの奴知らねえか?さっきまで一緒だったろ」


「…………」


 メリサは無言のまま、カウンターから飛び出している二本の足を指差した。


「「……えっこれ?」」


「ごめん、カーマ君。トーマスを助けられなくて……フフッ」


 言葉とは裏腹に、何故か上機嫌なメリサは、半笑いでトーマスの容態を語り出した。


「これは、紛れもなくトーマス・ドウの足です。彼は自分の使命を全うして、殉職しました。本当に惜しい男を無くしてしまいました」


「本当にこれがトーマスなのか……」


「私としても、助けたかったのですが、力及ばず残念です……フフッ」


「おい、メリサ。お前、さっきから笑ってないよな?」


「そんな訳……ププッ、ないよ」


 同期の死を笑うとは、なんて不謹慎な奴だ。

 だが、これで、はっきりした。


 トーマスはメリサに消されたと見て、間違いない。

 そもそもの話だが、メリサならトーマスをいつでも回復出来るのだから。


「カーマ手伝え、トーマスをカウンターから引っこ抜くぞ!」


「ああ、せーの!」


 俺達は、片足ずつを力一杯引っ張って、トーマスをカウンターの中から引きずり出す。


「おい、トーマス生きてっか!」


 セルドが何度もトーマスに平手打ちを見舞うが、反応はない。

 気を失っているが、脈はある。

 まだ、間に合う筈だ。


「メリサ、いい加減そろそろ回復しろ。本当に死んじまうぞ!」


「わ、分かった。すぐ回復するって。――具現出力、【祝福の光ヒールライト】」


 眩い光がトーマスの体を包む。

 視界の奥に見える男達が、あっという間にカッタルさんに蹴散らされている中で、カウンターに寝かされてたトーマスが目を開く。


「……知らない天井だ」


「だろうな。知ってたら知ってたで問題だぞ」


「あれ? カーマ、セルドも、どうしてここに?」


「無事、買い物が終わったからな。それより、目覚めはどうだ?」


「最悪だな。特に、メリサが視界に入る辺りがな」


 そう言って体を起こしたトーマスは、メリサと睨み合った後に、店の中央で潰れている男達に目を向けた。


「終わった、のか……」


「ああ、後は、カッタルさんに任せて、俺らは帰ろうぜ、トーマス」


「そうだな、二度と荷物番はごめんだぞ」


 俺達は、鎮圧された男達に座るカッタルさんに挨拶を済ませ、寮への帰路に付く事にした。


 たぶん、彼らは、酒場の修理代やら、営業妨害だとかで、法外の請求を受けるのだろう。

 店内を壊し、トーマスを半殺しにした、あの男達の末路など知った事ではないが、きっかけに、もしもメリサが関わっているとすれば、少し後ろめたい気もする。


 店を出ると、辺りはすっかり日が落ちていた。

 俺は、回復したとはいえ、ついさっきまで、意識を失っていたトーマスに肩を貸して、寮までの道を進む。


 まだまだ暴れたりていないアーチやほろ酔いのメリサは、勝手に他の店に突っ込んで行ったので、帰りは、必然的に男三人になっていた。

 俺達より少し前を歩いていたセルドが振り返り、トーマスに疑問をぶつける。


「なあ、トーマス。何でお前やり返さなかった? あんなのお前の負ける相手じゃなかったろ?」


「……まぁーな。でもさ、やり返したらやり返したらで、俺も酒場の修繕費を払う羽目になったでしょ」


「そうかもしれないけどな、セルドの言う通りだ。あれは、やられすぎだ。当たり所が悪かったら死んでたかもしれないんだぞ!」


「何言ってんだよ。俺は死ぬつもりはなかったぞ! なんせ、隣にはメリサがいたんだ。あんなに性格悪くて、猫被ってる奴でも、そこだけは信頼出来るからな!」


「トーマス、お前はメリサの事を買い被り過ぎだ」


「いやいや、お前が俺達の絆を甘く見ているだけだろ」


 トーマスはメリサを信頼しているみたいだし、本人には、回復させる事を最後まで渋ってた事は伝えない方が良さそうだ。


「そういえば二人とも、今回の件で分かったんだがな……この前、師匠に聞いた、女と二人きりの時に敢えて、強く当たったり、無茶ぶりすると、落とせるって話。あれ嘘だぞ!」


「どんな話だよ!!」


「まじかよっ!? じゃあ、また新しいやり方を師匠に教えて貰わねえとなー」


「ってゆうか、お前らの女関係の師匠って誰なんだよ!!」


「そんな事はどうでも良いだろ。それよりも、早く帰って馬に名前を付けるんだろ?」


「そうだった!急ごう」


 俺達は、何て事の無い会話を繰り広げながら、帰りを待っている馬の元に向かった。


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