第25話 あるバイト門番の宴②
「お待たせしましたー!生八つとお通しのバチバチ小鉢でーす!」
接客モードの元気なニーナさんが木製のジョッキとお通しを人数分配っていく。
皆に飲み物が行き渡った後、フェイさんが、リーダーらしくジョッキを片手に立ち上がる。
「えー、この度は、我が第三警備隊に新しく三名が入隊した事を祝して、皆の仲を深める為に歓迎会を開かせて貰った。三人共、来週からは夜勤も始まるなど、まだまだ慣れない事も多いと思う。そんな時は遠慮せずに先輩達を頼る様にしてくれ。まあ、長々と話したが、とりあえずーー」
「かんぱーい!!!」
「「「「「かんぱーい!!!」」」」」
フェイさんの長めの挨拶に痺れを切らしたアーチが、勝手に立ち上がり乾杯の音頭を取る。
横取りの乾杯であったが、皆も目の前のお酒に我慢出来ずに乾杯を始めてしまう。
「プッハア―――!やっぱり生は旨いなー!」
「アーチ! お前! 俺の乾杯横取りすんじゃねーぞ!」
「うるさいよ、こんなの言ったもん勝ちでしょうよ!」
皆がお通しと生麦酒に舌鼓を始める中、部屋の一番奥では、立ち上がった二人が乾杯の行方を巡って何やら揉めている様だ。
「何だとこの馬鹿女! 俺が昨日から考えてきた、せっかくの挨拶を無駄にしやがって!」
「そんなの準備してっから長くなるのよ! やっぱりルートさんがリーダーの方が良いんじゃない?」
「……お前、それだけは言うなって、この前言わなかったか? 気にしてんだぞ!」
「そうだっけ? あたし馬鹿だから忘れちったー!」
「二人とも、いい加減に座りなさい、お行儀が悪いわよ」
二人の言い争いがエスカレートする前に、すかさずルートさんが隣で鎮める。
やはり、この人の方がリーダーに向いている気がすると思うのは、俺だけではないだろう。
「「あんたの方が行儀悪いわ!」」
前言撤回だ。
メガネを机の上に逆さ向きで置いて、煙草スタンドを作っていなければ、完璧なリーダーになれるかも知れない。
「カーマ君! ちょっといいかな?」
そんなルートさんから間にいる、メリサを挟みながらお声が掛かる。
「何でしょう?」
「いきなりですが、質問です。上司が煙草を手に持ってたら、下っ端はどうするべきだと思う?」
「本当、いきなり何なんですか。火ですよね、付ければいいんですか?」
「正解! 今後、私が煙草を取り出したら、一秒以内に付けなさい、わかった?」
「はいはい、分かりましたよ。具現出力、【着火】」
「ちなみに、間にいるメリサには気を付けなさい。当てたら死ぬ事になるわよ」
「当てませんよ!」
やはり、こんな自然にパワハラを繰り出せる人はリーダーには向かないと思う。
出来れば、温厚なゲータさんが昇進する事を心から願っています。
一方、渦中のメリサは、いつも通り大人しくお通しを食べていたのだが、喉が渇いていたのか、もうジョッキは空になっていた。
乾杯から一分で一杯はさすがに早すぎる。
もしかして、一気飲みでもしていたのか。
あんまり飲み慣れていない様なら、俺がしっかり助けてやらなければ。
「メ、メリサ、ちょっとペースが速いような気がするが、もう一杯いくか? それか水でも挟むか?」
「だ、大丈夫。おかわりお願いしていい?」
「わかった。他に誰か、おかわり頼みますか?」
「取り敢えずは大丈夫だよ」
俺は扉の外にいたニーナさんにおかわりを貰い、メリサに手渡す。
その間もルートさんに着火する事は忘れない。
「プハァー!」
メリサは手渡されたその手で、生麦酒を一気に喉を鳴らし流し込む。
その後もメリサは、お通ししか届いていない中、何度もおかわりと一気飲みを続け、途中からは無言で、俺の前にジョッキを置くようになっていった。
「おいカーマ! 次ワイン、ボトルで貰って!」
「ボ、ボトルで!?」
「そう! 早くしてくれる?」
メリサは、酔いが回ってきたのか、口調もいつもとは考えられない程に、荒くなっていた。
よく見ると、いつもは水色のメリサの目が気づけば真っ赤に染まっている。
そんな豹変ぶりを目にした皆は、最初こそ心配していたが、途中からは目を反らす様になっていった。
ただ一人を除いては。
「メリサ―、相変わらずお酒好きねー、そんな馬鹿みたいに飲んでると、止めれなくなるわよ」
「ルー姉も相変わらず馬鹿みたいに吸ってるね。本数増えた?」
「最近はこれでも減らしてるのよ、お金が無くなっちゃうからね」
「私も最近は減らしてる、数飲めればそれでいいから。ルー姉いつものいい?」
「はいはい。具現出力、【
「お返し、具現出力、【
「二人で回復し合って、何をしてるんですか?」
「何って、ただの回復よー。これで私らは無限に煙草と酒をハイペースで堪能できるのよ」
「ヒールライト万能すぎる!」
「ルー姉は凄いんだぞ! この秘技を開発してくれたおかげで、私は一度も吐いた事がない!」
「そ、そうか。ルートさんはすごいな。あははは」
メリサの熱弁に苦笑いを浮かべながらも俺は思う、それは秘技ではなく、ただただ、力の悪用だと。
二人はその後も隣で、もたれ掛かりながら飲酒と喫煙を繰り返していた。
「お待たせしましたー、若鳥の胸やけとギザギザピッツアです! それとワインはボトルで置いておきますね。グラスは何個お持ちしましょう?」
「メリサ、どうする?」
「いらん、直飲みしかしないし」
「わ、わっかりましたー、失礼します!」
ニーナさんも酔っ払いに絡まれたくないのか、早々に戻っていった。
「カーマ、次は無くなる前に頼んでおけよ」
そう言って、ワインボトルに口を付けながらニヤリと笑って見せた。
守りたくないこの笑顔。
そうだ、こうなったらあの人に言って、メリサを叱って貰おう。
さすがのメリサも反省して酔いが醒める事だろう。
俺は席を離れ、こういう時は頼れる先輩の元に向かった。
「フェイさん、すいません! あの飲兵衛を何とかして貰ってもいいですか?」
「何でだよ、別に本人の好きにさせてやれ」
「そこを何とか! 俺はさっきから、メリサとルートさんの世話ばっかりで、全っ然、歓迎会を楽しめて無いんですよ!」
「職場の歓迎会なんて、そんなもんだろ。分かったら席に戻れ」
ところがフェイさんは、面倒だと感じているのか、相手にもしてくれなかった。
だが、俺も無策で来た訳じゃない。
「フェイさん、ここで新人の蛮行を野放しにすれば、フェイさんのリーダーとしての信頼を失う事になると思います。それが警備長まで伝わると……」
「任せておけ! すぐにあいつを止めて来る」
「流石です、ズバッと言ってやりましょう!」
フェイさんは話の分かる男だった。
フェイさんは立ち上がり、一目散にメリサの前に向かう。
「おいメリサ! お前はルートの妹だか何だか知らんが、飲みすぎだ! あくまで職場の歓迎会だ、調子に乗りすぎじゃないのか?」
「うるっせえ!! 若作り! お前は職場以外で話かけてくんな!!」
「……ご、ごめんな、話かけちゃって」
メリサの容赦の無い一撃に、フェイさんはその場で崩れ去る。
こうなれば、頼れるのはこの人しかいない。
さすがのメリサも優しさには弱い筈だ。
「ゲータさん! お願いします!」
「え、今の見てから行くの?」
「はい、ゲータさんはフェイさんより後輩に優しく出来ると思いますので」
「ゲータ、たまには良い所見せなさい!」
「わかったよ」
ゲータさんは、俺とアーチに背中を押され、嫌々立ち上がる。
「メリサ、ちょっと落ち着こうね。ほら、カーマも困ってるみたいだし」
「はぁ?」
「だ、だからね、迷惑はかけちゃーー」
「黙ってろ薄味!! お前は一生誰かの影に隠れて生きてろよ!」
「ご、ごめん。そうだよね、僕は日陰者だよね……」
ゲータさんは、何かを悟った様に部屋の角で体育座りを始めた。
「最高メリサ! あたしやっぱあの子大好きだわ!」
「喜んでないで止めに行けよ。もうめちゃくちゃだぞ」
「あたしは楽しければ良いからこれでいいの! あっ、そういえばセルド、あんたさー、昼間カッタルにナンパしたらしいじゃん!」
突然の密告にセルドは、でかい体をビクッと震わせ、こちらを振り返る。
「姉御! なんで知ってるんだよ? それに、俺じゃない、俺達だ」
俺の目を真っ直ぐに見て来るが、仲間にされたくないので、暫くは床を見る事にした。
「なんでって言われても、昼間、カッタルのお店に行ってみたら、もうそれはそれは、ぶち切れててさー、プププっ」
「笑うな!」
「そうだ! どういう感じでやったか、今見せてよ!」
「いいぜ、セルドがメリサ相手に再現してくれるってよ」
「さすがセルド! そう来なくっちゃ!」
「言ってねえ! カーマ、お前、後で覚えてろよ!」
たぶん成功しないが、セルドには、メリサを止めて貰う為に一役買ってもらうとしよう。
ついでに、ドーピングもしておこう。
俺は、近くに置いてあった、水の入ったグラスをセルドの頭に掛ける。
すると、いつものモジャモジャが程よいウエーブの掛かった長髪に姿を変える。
彼が言うところの真の姿と言う奴だ。
「水も滴るいい男とは俺の事だ。お前達、俺の勇姿を目に焼き付けておくといい」
本人も覚悟を決めたのか席を立ち、メリサに向かっていく。
「お姉さん、道をお聞きしても宜しいですか?」
「無理」
「……聞こえなかったのかな? なら、もう一度言おう。お姉さん、道をお聞きしても宜しいか?」
「何で先輩のお前に私が教えるんだよ! そもそも、身長ぐらいしか良い所ねぇぞお前!」
「む、無念」
メルテは上半身を濡らし、色気を纏ったまま机に突っ伏した。
すると、ここで予想外の男が立ち上がる。
「メリサ、言い過ぎだ。いつからお前はそんな子になっちゃったんだ!」
「……トーマス、お前こそ何様だよ」
「何だよメリサ、いきなり俺を呼び捨てにして、もしかして、俺ともっと距離を縮めようとしているのか?」
「はぁ? 何言ってんのお前?」
今回ばかりは、メリサが正しい気がするのは俺だけだろうか。
「そう照れるなよ。だが、残念だったな! 俺の女になりたかったら、後五歳は若返ってから出直してくるんだな!」
「ルー姉、こいつ殺しても来週のシフトに影響ない?」
「欠員で応援呼ぶのは面倒だから止めなさい」
「分かった。ルー姉が言うなら……」
「安心しろメリサ、別にお前が悪い訳じゃない。悪いのは時間だ。いつだって、時の流れは残酷な物だからな……」
「…………」
メリサは、相手にするのが馬鹿馬鹿しいと感じたのか、そこからトーマスを無視し続けた。
案外、トーマスは酔ったメリサに勝てる唯一の男かもしれない。
知り合って一週間、初めてトーマスを凄いと認識した気がする。
「おい、着火マン。早くルー姉の火を付けろ。そしてワインをもう一本頼め」
「お、おい、アーチ。メリサの言ってる着火マンって、もしかして俺の事?」
アーチは無言で頷く。
「具現出力、【着火】くっそ―! ニーナさん! ワイン追加でお願いします!」
「かしこまり!」
そんなこんなで、仲を深める事が出来た俺達の歓迎会は、瞬く間に終焉を迎える事となった。
だが、この時は、俺も含め全員が、この焔の間を舞台に大勝負を繰り広げる事になるとは、想像もしていなかったであろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます