第24話 あるバイト門番の宴
午前中の暇つぶしを終えた俺達は、数時間の仮眠を取った。
何の為の仮眠と言えば、来週から始まる夜勤に体を慣らす為でもあり、今から始まる歓迎会を全力で楽しむためでもある。
セルドは夜勤の為に仮眠が必要だと言い張り、先輩面をしていたが、心の中では後者であろう。
そんな俺達が向かう会場は、またも、ヤニー亭だった。
寮に残っていた、セルドとトーマスの三人で会場に向かう。
「何でまたヤニー亭なんだよ、他に店は無いのか?」
「いいじゃねーか、安くて旨いから文句無いだろ」
「安いって言っても、俺達、前回払えなかったじゃねーか!」
「心配すんな、今回は確実にフェイの奢りだから、気にせず飲んで良いぞ!」
「あんな賭博野郎、信用出来るか! 俺は最低限自分の分は払えるだけ持って来たぞ。トーマスは持って来たか?」
「一応な。俺もカーマみたいに借金はしたく無い」
「お前ら少しは先輩達を信用しろよ」
「「出来るかっ!!」」
ヤニー亭の前に付くと、店内からはまだ夕方だというのに、騒がしい様子が店の前まで伝わって来ていた。
相変わらず賑わっていそうでなによりだ。
「ルートさんの名前で予約してあるらしいから行くぞ」
「了解」
今日も明日も仕事のルートさんは、仕事以外の所でも抜かりはない様だ。
俺達は、扉を開け騒がしい店内に入る。
「いらっしゃいませー! お客様は三名ですか?」
「はい、ルートさんの名前で予約出来ていると思いますが……」
「ルートさんですね、それではこちらの階段を上がり、二階にお進み下さい」
店員のお姉さんに案内され、階段を上がると、そこには、多くの人が入り乱れる一階の客席とは異なり、予約客用の仕切られた個室が並んでいた。
奥の一室、焔の間と書かれた部屋に案内された俺達は、どうやら一番乗りだった様だ。
宴会場に相応しい広間には、人数分の食器だけが長机に佇んでいるおり、皆が集まるまでは、暇を持て余してしまいそうだ。
「取り敢えず座ろうぜー」
「だなー、皆も時期に来るだろ」
後から来る人の事を考えて、取り敢えず奥に詰めて座る。
「カーマは一番奥に座るのか、なら俺は入口側に座っておこう」
「俺もトーマスの隣にしとこうかな」
二人はどういう訳か俺を避けるかのように一つ席を開け、入口側に固まって座った。
「何でだよ、後から来る人の邪魔になるだろ」
「まーいいじゃねーか。それに、俺はまだトーマスとあんまり喋れてないからな」
「なら、勝手にしろ、お前らフェイさんに怒られても知らねえぞ」
「望むところだ」
俺達が一つ席を挟んで言い合いを続けていると、ぞろぞろと階段を駆け上がる声が聞こえる。
どうやら、先輩達が到着した様だ。
「おまたせー、早いねー三人共」
「遅いですよ、ゲータさん」
「ごめん、ごめん。アーチが遅れちゃってさ」
「あたしだけのせいにすんなって。さっさと入れよー」
「はい、はい」
いつも通り優しい笑顔のゲータさんを先頭に、残りの面々が到着すると、各々、空いている席を見て、何処に座るかを一人ずつ決めていく。
「あたしは一番奥もーらい!」
アーチは何の遠慮も無く、俺の対面である、まだ誰も座っていない列の奥に座った。
「それじゃあ私はアーチの隣にしようかなー。メリサもこっちおいで!」
「うん、そうする」
ルートさんとメリサは女子で固まりたいのか、アーチの隣に二人で座る。
「じゃあ、僕はカーマの隣にでもいこうかなー」
相変わらず優しいゲータさんは、一つ空いた俺の隣を埋めてくれた。
最後に部屋に入って来たフェイさんは、唯一、空いている入口側のメリサの隣に座るだろう。
だが、フェイさんは、そんな俺の予想を裏切り、真っ直ぐ俺の席に近づいてきた。
「どうしたんですか? フェイさんの席は入口側ですよ!」
「はぁ? 何言ってんだお前、ここは俺の席だぞ!」
「あんたこそ何言ってるんですか? ここは俺の席ですよ! 席ぐらい早い物勝ちでしょ!」
「そうか。それじゃあ、今からお前の食事は、全て凍る事になるが、それでもいいか?」
「いい訳ないでしょうよ!」
「なら代われ、礼儀知らず。お前は上司に空いたグラスを下げさせ、注文をやらせる気か?」
フェイさんの言葉に、メルテとトーマスがクスクスと笑っているのが聞こえる。
まさか、あいつらは最初から分かっていて手前に座っていたのか。
これが、爺ちゃんが言っていた、上手、下手と言う奴か。
これは誰が見ても、世間知らずの俺が悪いのだろう。
だがしかし、メリサが見てる前だ。
少しでも出来る男だと思われたい。
何とか挽回出来ないだろうか。
「大変失礼致しました! 代わりと言っては何ですが、リーダー様のお席を温めておきました! 冷たい椅子ではお体に触ります。どうぞお座り下さい!」
「そうか、ご苦労。……そんな気の利くカーマ君に、一つ忠告がある」
「何でしょう?」
「俺はそうやって、自分のミスを誤魔化す奴が一番嫌いだ」
「「「プっ」」」
「それに今は夏季だぞ、お前の暖かさなどいらん」
「すみませんでしたー!」
性格の悪い同僚達が笑いながら顔を合わせている中、トボトボと空いている席に座る。
俺は、その場の思い付きが全て見透かされた様な気がして、今にも逃げ出したい程に惨めな気分だった。
そして、一番カッコつけたかった相手の隣に座るも、メリサは苦笑いを浮かべていた。
全員が無事に席に着いた所で、宴会の幕が上がる。
「それじゃあ、始めるか、カーマ! 店員さん呼んでくれ」
「わかりました! すいませーん! 注文いいですか?」
俺はフェイさんからの信頼を回復する為に、全力で下っ端に徹すると決めた。
とにかく全力で店員のお姉さんを呼ぶ。
「はーい、すぐ行きます!」
一階から、勢い良く駆け上がって来たウエイトレスのお姉さんが、優しく扉を開ける。
「本日、焔の間の給仕を担当させて頂きます。ニーナともうしま……」
「「「あっ!」」」
「ニーナじゃねーか! お前、親の仕事を継ぐんじゃなかったのか? なんでここで働いてるんだよ!」
「うわっ! セルド、それにリーダー達まで……」
若草色の髪を短く整えた、活発そうな見た目のウエイトレスのお姉さんは、どうやらセルド達の知り合いの様だった。
だが、知り合いにしてはお姉さんの居心地は悪そうで、引き攣った笑顔を浮かべている。
「えっ誰、この人? お前ら知ってるか?」
俺は近くにいた同期に聞いて見たが、二人は首を横に振っていた。
「こいつは、ニーナ・アルト。この間まで、第三警備隊で働いていた俺の同期だ」
頼んでもいないのに勝手に紹介を始めたセルドは、何だか嬉しそうだった。
今日は良く脱警備隊をした人に出くわす気がする。
「うーわ、予約者が常連のルートさんだったから油断したー。そうか歓迎会シーズンだったかー」
「なんで、残念そうなんだよ!」
「そりゃ、前の職場の人に会うの、気まずいでしょ!」
二人は、同期という事もあってか、言葉とは裏腹に仲良さそうに再開を楽しんでいた。
昼間に三連敗を喫していたセルドを、内心、心配していたが、元気そうで一安心だ。
「気まずくてごめんねー」
「ルートさんは良く来るから気まずくないですよー。問題は男性陣ですね。……にしても、今年は新人三人も取ったんですか?」
「そりゃあ、お前を含めて、一年で三人も辞めればそうなるだろ」
「そ、そっか、し、失礼しました」
やはり、入隊時に入れ替わりが激しい職場と聞かされた事は事実の様だ。
「おいニーナ、そろそろ注文いいか?」
「は、はいっ! の、飲み放題もありますが、ど、どうしますか?」
「じゃあ、それ人数分で」
「ニーナちゃん、ご飯はいつものコース、人数分で宜しくねー!」
「か、かしこまりました! さ、最初のお飲み物は、何にされますか?」
ニーナさんは、フェイさんに声を掛けられると、門番時代の癖なのか、ビクッと背中を震わせて注文を取り出した。
この怯え方、たぶんこの人も、理不尽な氷塊を喰らってきたのだろうと、容易に想像が出来る。
「お前ら、乾杯は皆、生でいいか?」
「「「「「オッケー!」」」」」
「じゃあ、生八つ!」
「かしこまりました!」
飲む気満々の連中は、考える前に返事をしていたが、気になるのは隣に座るメリサだ。
俺達は、年齢的に成人を迎えている為、飲酒自体は問題ないが、体質によっては、毒にもなりうる代物だ。
大人しいメリサの事だ、周りの流れに断れないのかも知れない。
「メリサ、酒は飲んだ事あるか? もし、あれなら無理に飲まなくてもいいと思うぞ」
「……だ、大丈夫だよ。ちょっとは飲んだ事あるから」
「そうか、あんま無理すんなよ」
「う、うん。ありがと」
そう言って、はにかんだ表情のメリサは今日も天使だった。
俺は、変人が過半数を占めるこの宴会で、メリサの笑顔を守り切って見せると心に誓った。
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